異常な喫茶店
『オッハー! ミンナのステラだよぉ♡ 今日はついに堀翔女子高の希海ちゃんとコラボするよ! 皆、キラキラ期待しててね☆ #マヒロ #篠木希海 #今日のライブ』
『何の努力もしないで引き籠もっている子は惨めよね♪ ステラのようにキラキラ頑張ろう? #小石 #クズ星』
『ライブは夢見が丘の喫茶店「ユーカリ」でやるから! キモい陰キャは来ないでね♡ #マヒロ #篠木希海 #今日のライブ』
『来れない子はマヒロの“アカ”をチェックしてね! でも、ブサイクはお断りぃ。 整形してから見に来てね♡ “ワイハ”のビーチからでした♪ #バカンス #ブサイクお断り』
『自分をキラキラ出来ない子は死んだ方がマシ? 悩んでないでステラに相談しよ。 カフェから眺めるステラのポルシェは最高ね☆ #自殺 #悩み事』
ステラのアカウントにはそんな煽り文が立て続けに投稿されていた。 大量の絵文字で装飾されて目がチカチカする戯れ言。 焔はスマホを片手にそんな如何わしい言葉の羅列を唖然とした様子で見つめていた。
わざわざライブの開始時間と場所まで教え、煽り文まで挟んでいるステラ。 書き込みのレスには「期待している」というメッセージの他「調子にのんな、ドブス」という不穏な中傷もちらほら見受けられ「喫茶店に乗り込み、ステラをコロス」という殺害予告まで書き込まれていた。
「よっぽど、酷い事を言い続けていたんだな……」
焔はステラに対する誹謗中傷を見て、彼女の過去の発言を見ずとも『散々人をバカにするような文章を投稿していたのだろう』と予想した。
一方で、ステラを応援するレスは彼女を批判するレスよりも多かった。 罵詈雑言を浴びせるユーザーと擁護するユーザーとの間でバトルが勃発し、“いいね”の数は増え続けて“スタチ”は目を疑うほどのスコアを叩き出していた。
イーリスはそんな焔を横目で見ながら翼に付いたゴミを丁寧にクチバシで取り除き、自分の見解を述べた。
「炎上商法と呼ばれる方法ですね。 人々の感情を逆なでする発言をすれば、良くも悪しくも注目度が上がります。 『悪名は無名に勝る』というのは良く言ったものです。
いかに多くの“スタチ”を獲得できるかは、“スタチ”の計算式から『いかに短時間で注目を集めるか?』という方法に帰結します。
注目を集める為には、人の感情を利用する事が最も効率良い方法です。 憎まれようが賞賛されようが、“スタチ”を稼ぐことが出来さえすれば億万長者になれるのです。 他人より裕福な生活を満喫出来るという欲望が彼等をそうさせているに過ぎません。
しかし、そういった者は感情と表情との一致率が低いというデータが出ています。 偽りの自分を演出し続ければ、他人よりも贅沢な暮らしが出来るかもしれません。 ところが、本音を隠す息苦しい仮面を付けたままでいなければならず、その結果『裕福ではあっても幸福では無い』という人間が多いのです」
イーリスはそう言って、ステラの煽り文句を『利益を得る為の当然の行為だ』と指摘した。
……ところが、焔は単にステラのような者は『他人よりも贅沢をしたい』『他人よりも裕福な生活をしたい』という欲望だけで注目を集めようとしている訳ではないのではないかと考えていた。
『誰かにずっと見ていて欲しい』
決して金の為だけではない。 単なる承認欲求だけでもない。
『“孤独”を抱えた者達が闇の中から叫ぶ願い』
焔はそう感じたのであった。
――
穏やかな春の日差しが射している土曜日の午前7時――喫茶店『ユーカリ』の前に何人かの男達が座り込んでいた。 店の開店は午前9時半。 道行く人々は不審そうに男達の様子を一瞥すると、足早に店の前を通り過ぎた。
午前8時――中学生や高校生といった若者が続々とやって来た。 男性の方が割合としては多いが、若い女性やカップルなどもいた。 喫茶店のドアはまだ鍵が掛ったままだ。 店のママがいる気配はない。
午前9時――喫茶店の前は老若男女の人だかりが出来ていた。 まるで喫茶店で何かとんでもない事件でも起きたかのようである。 群衆の中にはカメラを持ったマスコミまで紛れていた。
彼等はこれから開始される大城真裕が主催するライブ配信の開始を今か今かと待ちかねていたのである。
「ステラァ――!!」
我慢出来ずに誰も居ない喫茶店に向って声を張り上げる中年男。 近所迷惑この上ない集団に対し、近所の住民が警察を呼んだのかパトカーもやって来た。
「まだ来ねぇのか!?」
午前9時過ぎても希海はおろか、ステラも真裕も現われない。
喫茶店の中ではママが二階から降りてきて、開店の準備を始めだした。
午前9時半になり、ようやくステラと真裕が現われた。
「オッハー! ミンナ、道を空けて☆」
ステラの元気の良い声が響くと、住宅街は騒然となった。
「ステラァァ! ギャァ、可愛いぃぃ!」
「こっち向いて! 希海より可愛いよ!」
ステラには敵が多いが味方も多いようだ。 中には罵詈雑言も聞えてくるが、そんな輩の声はステラに対する賞賛の歓声で掻き消された。
ステラの前を歩く真裕も男達に人気があるようだ。
今日は比較的大人しめな格好をしていた真裕――白いカーディガンを羽織り、ピンク色のミニスカートに縞々模様のハイソックスを履いている。 胸の辺りまで伸ばした茶色い髪は後ろにまとめてお団子頭になっていた。
「マヒロちゃん! 愛してるよ!」
真裕はあっという間に群衆にもみくちゃにされた。 人混みに紛れてお尻を触られ、胸まで揉まれ、あまりの恥ずかしさに「キャッ!」とその場で蹲った。
すると、真裕の後ろに従っていたステラが前へ躍り出て真裕を庇った。
「コラァ! ミンナ、痴漢は反則だよ!」
金髪をベースに青やピンクの髪をちりばめた派手な髪色をした女の子。 背丈は希海と同じくらいだろうか。 長いツインテールの髪は開けた胸を越えて“くびれた腰”まで伸びている。 薄手のシャツにセーラー服のようなジャケットを羽織っており、左腕には黒猫のタトゥーが彫られている。 上着の丈が異常に短いせいで銀色のピアスを付けた小さなヘソが丸出しになっていた。
クルリとカールした長い睫毛、人形のような蒼く大きな瞳。 ラメを塗ったピンク色のアイシャドーがパッチリとした二重の瞼を彩っている。
艶やかなピンク色の厚い唇から漏れる声は、まるでアニメの声優のような可愛らしい声である。 真っ直ぐな小鼻は白く美しい丸顔のアクセントとなっていた。
その姿は一言でいえば“人形”であった。 一色繭の分身が“市松人形”であるように、ステラの容姿はまるで“フランス人形”のようであった。
……しかし、“フランス人形”のように“上品”ではない。 太股まで伸ばしたグレーのハイソックスから目線を上げると、白い下着がチラリと見えるふしだらな服装であった。
真裕がステラの格好に感化されたことは、ステラの異常な服装を見れば明らかであった。
――
真裕はステラに腕を引っ張られながら人混みをかき分け、這々の体で喫茶店の中へ逃げ込んだ。
喫茶店は真裕によって“貸し切り”になっていた。 何人かのマスコミが図々しく店内へ入り込もうとしたが、小百合によってツマミ出された。
喫茶店の窓ガラスには大勢の人々が張り付いており、中の様子を窺っている。 皆、ステラと真裕の姿を写真に収めようと、二人に向ってスマホを向けていた。
まるで嵐のまっただ中のように店内がガタガタ揺れる。 野獣の群れが奇声や怒号を掻き鳴らし、次に来る獲物を待ち構えていた。
「希海ちゃんはまだ来ねぇのか――!?」
真裕は外から聞えて来た怒声に反応し、スマホの時計を眺めた。 希海との約束は10時である。 今は9時50分。 本来なら9時半には撮影の準備を終え、希海が来る時間までゆっくり待機するはずだった。
「あわゎゎ、もうこんな時間! 早く撮影の準備をしなくっちゃ!」
「マヒロちゃん、私に出来る事があったら何でも言ってネ♡」
真裕が慌ただしくバッグからノートパソコンを取り出すと、ステラは真裕に優しく声を掛けノートパソコンとスマホを接続する為のケーブルを手に取った。
(ふぅん……。 あの子、以外に優しいのね)
小百合はカウンターの奥で二人の様子を窺っていた。 献身的に真裕に力を貸すステラを見ながらステラの真意を訝しがった。
人形のような大きな瞳に目一杯の笑顔を浮かべるステラ。 真裕は彼女の笑顔にすっかり心を許しているようで「はい、有難うございます! ステラさん!」とステラに尊敬の眼差しを送っていた。
……しかし、小百合は彼女の笑顔には騙されなかった。
(彼女から放たれる“黒き炎”が私に教えてくれる)
――彼女が誰かを憎み、誰かに復讐をしようとしている事を――
(その憎しみの炎は真裕ちゃんに向けられたもの?
……いや違うわ。
希海ちゃんに対するものでもない)
小百合の洞察力は恐るべきものがあった。 彼女はステラから放たれる“感情の光”によって、ステラが真裕に近づいた真意を見抜こうとした。
ステラは真裕に向って黄色い光を放ち、真裕を好意的に受け入れている。 しかし、同時に怪しく輝くピンク色の光を放ち、真裕に何かを期待しているようだった。
その光を見て小百合は推測した。
(恐らく、真裕ちゃんの知っている者に対して、復讐をしようとしている)
つまり、ステラは復讐しようとしている者が真裕の知り合いだと知り、真裕を介してその者に復讐をしようとしている……。
希海では無い事は何となく分かった。 もしかしたら、小百合の知らない真裕の知人に対してかもしれない……。
小百合はステラと会ったほんの数分の間に、ここまでの推理をしたのである。
(……それと、彼女の瞳の奥に隠された影……。 あの影は………あの時の私と同じ影……)
小百合がステラの瞳の奥底で揺らめく灰色の影を見た時、二階から『バタ、バタ』と誰かが降りて来る音が聞えて来た。
「――お待たせ――♡」
「――!?」
真裕とステラは二階から降りてきた女の子を見て仰天した。
「の、希海さん! いつの間に!?」
真裕は両手で口を抑え、目を丸くした。
一方、真裕の隣でスマホを持っていたステラは希海を見つめたまま目を見張っていた。 手に持っていたスマホを床に落とした事も気付かずに、息を飲んだまま茫然と希海を見つめていた。




