選択
焔は小百合の喫茶店で真裕と会っていた。
「……は、初めまして。 わ、私……希海さんの友人の……大城真裕と申します」
真裕は頬を仄かに紅潮させながら、上目遣いで焔に挨拶をしていた。
焔の事は希海と燈から聞いていたが、実際にこうして会うことは初めてであった。 まさか焔がこんなに“イケメン”だとは思っていなかった真裕は、緊張のあまり昔のようなたどたどしい言葉遣いに戻ってしまったのであった。
(……随分とあか抜けた服装をしているな)
クリーム色のタイトなキャミソールの上に素肌が透けて見える薄いピンク色のシャツを着ている真裕。 ベージュのスカートは相変わらず丈が短く、焔は目のやり場に困った。
「君の事は希海と燈から聞いているよ。 燈は学校が違うから最近あまり会ってないようだね。 君に『よろしく伝えておいて』と言っていたよ」
真裕は茶色く染めた長い髪を指先で弄くりながら「は、はぁ……有難うございますぅ」と曖昧な返事をした。
隣の椅子に置いている真裕のバッグから、スマホの着信音が聞えてくる。 いつもならすぐスマホを手に取っていたのだが、焔を前に緊張している為なのかひっきりなしになっているスマホをバッグに入れたまま焔の話を聞いていた。
「希海から聞いたんだけど、今度君が公開する“IG”のライブ配信に希海も一緒に出るそうだね」
焔から希海の話が出ると、真裕は目を見開いて急に姿勢を糺した。
「はっ、はい、すいません! 希海さんに無理言って私が頼んだんです!
……ス……ステラさんが希海さんと『会いたい』って言うものだから……仕方無く……」
真裕はバツが悪そうに目を伏せると、テーブルに置かれているコーヒーカップを両手で包んだ。
真裕が座るイスの脇にはいつの間にか小百合の娘『ゆかり』が指を咥えて不思議そうな顔で二人を眺めていた。
「ゆかり、コッチへいらっしゃい!」
カウンターの奥で洗い物をしていた小百合がゆかりを呼ぶと、ゆかりは目の前から忽然と姿を消して真裕を仰天させた。
そして、次の瞬間に再びカウンターの前に姿を現して小百合に抱っこをせがんだ。
「俺は希海がライブに出ることを反対する気は無いんだ」
唖然とした様子でゆかりの様子を見ていた真裕に対し、焔が声を掛けた。 すると、真裕は驚いた様子で「えっ、本当ですか!?」と両手を口で覆い、喜びを露わにした。
真裕はてっきり焔が希海のライブ出演に反対し、クレームを付ける為に自分を喫茶店に呼んだのだと警戒していたのである。
意外な焔の言葉に内心『ホッ』と胸を撫で下ろした真裕であったが、焔が次に出した問い掛けで再び慌てふためいた。
「……ところで、君はステラと親しいのかい?」
焔は態とらしく興味深そうな顔を見せると、真裕は血相を変えて両手を突っ張り、首を振った。
「し、親しいだなんて、そんな! ステラさんには私が一方的に世話になっているだけです! 『親しい』なんて言ったら、ステラさんのフォロワーにボコされちゃいますよぉ!
ステラさんは私にとって尊敬するインフルエンサーなんです。 私のアカウントに“小石”が積まれていた時から、私に優しくしてくれていた“恩人”なんです!」
真裕はまさか焔がステラに興味を持っていたとは夢にも思っていなかった。 突然、ステラについて話を振られ、慌てて『ステラとはそれ程親しくない』と否定した。
「……希海さんが“IG”になんて興味が無い事は私も知っています。 でも、ステラさんが希海さんと会いたがっているから、希海さんに無理言ってライブに出てくれるよう頼んだんです」
真裕は正直に『尊敬しているステラを喜ばせたかった為、希海にライブ出演を依頼した』と自白した。
真裕はステラと特別親しいという訳ではなく、“IG”のアカウントを開設した当初にステラからアクセス数を稼ぐ為の方法を指南して貰った恩があったのだ。
「ステラさんのお陰であっという間に“小石”も無くなって、“スタチ”も爆稼ぎ出来るようになったんです♪ 私も今や“クズ星”から“真珠”になったんですから。
それに、ステラさんと出会わなかったら私は未だにオカルト女子の“陰キャ”だったはず。
私を変えてくれたステラさんにはホント、感謝ですね♪」
真裕は難解な“IG用語”で焔を困惑させると、ステラに対する憧れを滔々と語り出した……。
――
真裕が帰った後、喫茶店の屋根に停まって様子を窺っていたイーリスが店内へ入って来た。
「成る程、『飛んで火に入る夏の虫』とはこういう状況を言うのですね」
焔のスマホのマイクから真裕の話を聞いていたイーリスは、ステラが希海と会う予定だと聞いて色めき立った。
「向こうから姿を現すとは都合が良いですね。 希海と接触させる前に店の前で待ち伏せし、ステラを拉致して“ラヴィニアの書”を回収しましょう。
無事、“ラヴィニアの書”を回収出来ればステラなどもう用はありません。 殺害して川にでも捨ててしまいましょう」
ボックス席のイスの背もたれに停まっているイーリス。 向かいに座る焔に対し鋭い目を『パチ、パチ』瞬かせ、悪びれもせず物騒な計画を口にした。
遺体を川へ投げ捨てる点はともかく、焔もイーリスと同じくステラを殺害する事について何の躊躇いも感じていなかった。
ところが、首尾良く“ラヴィニアの書”を回収出来たとしても、ステラを取り巻く問題は解決しない。
(そもそも、ステラは何故“ラヴィニアの書”を姉から奪ったのか? そして、何故彼女は希海に会いたがっているのか?)
希海に会いたがる理由は何となく想像出来た。
希海は今や全国的に有名な女子高生である。 希海とライブに出演すれば当然、注目を集める事は間違いない。 焔は単にステラが『希海を利用してアクセス数を稼ごう』という魂胆なのかも知れないと考えた。
一方、“ラヴィニアの書”を姉から奪った目的が不明であった。
周知の通り、“ラヴィニアの書”は憎悪を抱いている者でなければ力を貸さない。 呪術をつかって『人気者になりたい』『金儲けがしたい』というような欲望だけでは“ラヴィニアの書”は力を貸さないのである。
つまり、ステラは誰かに対して峻烈な憎悪を抱いており、その憎悪の炎を燃やし続けている。 だからこそ、ステラは“ラヴィニアの書”を所持する事が出来るのだ。
(ステラが誰かに復讐をしようとしていることは明白だ。 だが、一体誰に復讐するつもりなのか?)
その疑問を解決しないままステラを殺害して“ラヴィニアの書”を奪っても、結局ステラが放つ憎悪は消える事無く漂い続ける。 本来の目的である“憎悪の消滅”は成就せず、憎悪をエサとする“混沌の女王”を喜ばせるだけである。
焔が腕を組んで悩ましげに俯いていると、イーリスがクチバシを開いて焔に選択を迫った。
「……焔、どうしますか? 選択は貴方に任せますが、私は希海に会わせる前にステラを殺害し、“ラヴィニアの書”を回収する事をお勧めします」
イーリスにとってステラが抱く憎悪など関係無い。 目的である“ラヴィニアの書”が回収出来ればそれで良い。
ところが、焔にとってはそう単純ではなかった。 憎悪の問題だけではない。 真裕が説明したステラの姿に何処かで聞いた事があるような“既視感”を抱いていたのである。
(『彼』に聞いてみるか……)
ステラの素性に思い当たる節があった焔は、今までの経緯を誰かに説明しようと考えていたようだ。
イーリスはクチバシで羽根を整えながら焔の言葉を待っている。 焔は黙ってテーブルに置かれたコップを見つめていた。 すると、焔とイーリスの会話を聞いていた小百合が唐突に口を挟んだ。
「私はステラという女をまだ殺さずに、希海ちゃんに会わせた方が良いと思うわ」
――
洗い物を終えた小百合はイーリスの隣に座り、ステラと希海を会わせた方が良いと提案した。
「焔君も知っている通り、希海ちゃんは不思議な子よ。 希海ちゃんの傍にいると、何故だか憎しみが消えて行く――未来に希望を持てるような気がして来るの。
もし、ステラという子が誰かを憎んでいて、その『ラヴィ……なんちゃら』っていう本を使って復讐するつもりなら、尚更希海ちゃんに会わせた方が良いわ」
確かに小百合の言う通り、希海には他人の憎悪を消し去る不思議な力があった。
しかも、憎悪を消し去るだけではない。 絶望している者に希望をもたらし、孤独に身を震わせる者に温もりを与えるのである。
榊原、島田、細木――そして、小百合。 希海の仲間達は希海と出会う前は復讐による虚無感に苛まれていた。 ところが、希海と出会った事で虚無は希望と変わり、以前のような生き生きとした瞳に戻ったのである。
「ステラが誰かに憎悪を向けているなら、きっと希海ちゃんと会った時に何らかの変化があるはず。 それにステラが不穏な動きをすれば、私が彼女を殺すから心配いらないわ」
イーリスは小百合の話を聞くと、焔に意見を求めた。 どうやら、イーリスは信頼している相手以外の意見はあまり重要視しないようである。
「……そんな事を言っていますが、どうしますか? 私は貴方の意見に従います」
イーリスは焔に選択を一任すると、目を閉じてジッと焔の回答を待った。
「……俺も小百合さんの意見に賛成します。 どのみち、俺はイーリスと一緒に店の近くで待機しています。 もしステラが暴れてもすぐに対処することが出来ますし、希海が危険に晒される事はないでしょう。
確かにステラが憎悪を抱いているなら、希海と会うことで必ず何かの変化があるはずです。 まずは希海と会ったときの彼女の反応を確認しましょう」
焔が小百合の意見に賛同すると、小百合は目を細めて頷いた。




