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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
名を捨てた星

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216/223

小石になりすました星

 

 希海(のぞみ)は中学時代、まとも授業を受けた事など一度も無かった。

 一年の半分以上は欠席し、受験シーズンとなった時に初めて『自分は高校に受からないのではないか?』と危機感を抱いた。

 本当は大輔(だいすけ)(あかり)がいる公立高校に行きたかった。 ところが、今の学力では逆立ちしても無理である。 困り果てた希海は養母である伊奈(いな)に泣きついた。


 「希海の為に、良い学校を紹介してあげるわ♪」


 伊奈は嬉しそうに希海の唇を人差し指で『チョン』と触れると、おもむろに誰かに電話を掛け始めた――。


 伊奈が受験を勧めた高校は真裕(まひろ)が通っている高校であった。

 『堀翔(ほりとび)女子高校』というその学校は数多くのアイドルや芸能人を輩出する学校であり、推薦入試で無ければ入学する事が難しい『アイドル専門学校』とも呼ばれている高校であった。

 

 希海の凄惨な過去を知る者は伊奈の呪術によって記憶を封印されており、伊奈と仲間達以外は誰も知らない。 ところが、希海が伊奈の養子になってからは特に記憶を封印する呪術を使用しなかったので『森中伊奈の養子』として希海は芸能関係者の間で有名になっていた。

 希海が世間で一躍有名になったのは、彼女が中学生になってからであった。

 

 「夢見が丘中学にとんでもない美少女がいる」


 そんなウワサが全国を駆け巡り、しばしばマスコミが取材に来るようになった。 そして、希海の正体が『森中伊奈の養子』であるとバレてしまってから、(またた)く間に希海の存在が知れ渡るようになってしまったのである。


 それは希海にとって不本意であった。 しかし、伊奈にとっては望んでいた状況であったようだ。

 伊奈は希海と一緒にテレビ出演をし、“親子”で一緒に歌を唄う事が夢であった。 不可解な夢であったが、彼女にとって『遠い過去の約束』を果たす為にどうしても叶えたい夢であったのだ。

 

 希海に進路相談を打ち明けられた伊奈は「これ幸い」と希海に堀翔女子校への入学を勧めた。

 こうして希海は面接をパスし、二次面接に進む事無く晴れて堀翔女子高への入学を果たした。 学長は「100年に一度の美少女が我が校に入学した」とマスコミにリークし、希海が堀翔女子校へ入学したことはあっという間に全国に知れ渡ったのであった。



 ――



 希海が真裕と久しぶりに会った翌日、(ほむら)がアメリカから帰って来た。

 焔が空港のゲートを通過すると、待合室のイスに希海が座っていた。

 白い帽子を深々と(かぶ)り、ブルーのマスクを掛けて人目を(はばか)るように隅っこでチョコンと座っていた希海。 何故かダテ眼鏡を掛けており、白いポロシャツに灰色の長いスカートはいている姿は、焔でなければ誰も希海だと気が付かないほど地味であった。

 

 (――希海――!)


 希海が待合室でスマホを弄っていると、不意に頭の中に焔の声が響いた。


 (帰って来た!)


 希海が顔を上げると、搭乗ゲートから焔が歩いて来る姿が見えた。 希海ははやる心を抑えながら目立たないよう()()()()焔の許へ向って行った。 ……つもりであったが、周りの人々は希海の様子に仰天した。

 人々の目には待合室で座っていた女の子が風のようにフッと姿を消し、突如(とつじょ)として男性の目の前に姿を現したようにしか見えなかったのである。


 度肝(どぎも)を抜く人々を尻目に、希海は焔に抱きついた。


 「お帰り、焔さん♡」


 フロアの真ん中で抱き合う男女に皆の視線が集まると、ふと誰かが「アレ? あの子、篠木希海じゃね?」と希海の正体を看破した。

 

 (やばい……)


 焔と希海はにわかにザワついた空気を察知すると、お互いを「カンイチさん」と「ミヤちゃん」という偽名で呼び合ってその場をやり過ごした。 そして、不審がる群衆を尻目に“猫踊り”をしながらそそくさと空港を後にした――。

 

 空港の駐車場には細木が待っていた。 機械の鷹『イーリス』を肩に乗せながら……。

 細木は二人を屋敷まで送り届けるよう伊奈に指示されていたのである。

 イーリスは空を飛ぶと目立つので助手席に乗り、焔と希海は仲睦まじく後部座席に乗った。


 屋敷へ戻る車の中で、細木は焔に「お嬢様は一体どこに居て、何をしているのか?」と伊奈の行動を細かく聞いていた。

 細木は伊奈から“イェネ・ヴェルト”について何も聞かされていなかったようで、焔からアメリカで起きた事件を詳らかに聞くと神妙な顔を浮かべてバックミラー越しから希海を見ていた。

 

 「……俺はお嬢様から指示があるまで動く気はねぇが……焔、オマエが(そば)にいれば大丈夫だろう」


 希海には細木が伊奈を心配しているような口ぶりに思えた。 ところが、細木は希海の事を心配していたのである。

 焔は細木の言葉の意味に気付いていた。 希海をそっと抱き寄せるとバックミラー越しに後ろを見る細木の目に視線を合わせた。

 

 「承知しています。 俺は“彼女”を護る為にここに居るのですから」


 焔がそう言って細木に目配せをすると、細木は満足そうに目を細めた。

 

 助手席に行儀良く座っているイーリスは瞳を閉じて考え事をしているようであった。

 

 「イーリス、どうしたんだい?」


 黙ったまま目を閉じているイーリスを気にし、焔が問いかける。 すると、イーリスはクチバシから美しい女性の声を漏らし、ある女子大生についての疑念を口にした。


 「焔、“ラヴィニアの書”を持ち去った女子大生について新たな事実が判明したのですが、どうも理解に苦しむのです」


 イーリスは悩ましげに首を(かし)げると目を開き、話を続けた。



 ――



 「私は女子大生がいつ死亡したのか調査していました。 死亡届が役所に保管されていると予想し、役所のデータベースにアクセスしたのですが……。

 彼女の戸籍は役所に登録されておらず、大学にも在籍していない事になっていたのです。 そればかりか、家族全員の戸籍が消えており、誰も彼女の家族の存在を覚えている者は居ませんでした」


 焔とイーリスは憎悪を抱く者に力を貸すという魔術書『ラヴィニアの書』を追っていた。

 涼本翔琉(すずもとかける)の死後、魔術書は警察によって回収された。 ところが、警察署に保管されていた魔術書はある日忽然と姿を消した。

 焔とイーリスは魔術書が涼本翔琉の教え子である女子大生が盗んだのではないかと予想した。 そして、女子大生の名をネット上で検索し、役所のデータベースにアクセスした結果、彼女がすでに死亡している事と、彼女には父親と妹がいた事を確認することが出来たのである。

 ところが、不思議な事にイーリスが再度その女子大生を調査しようとしたら、今まで表示されていた彼女の情報が何も出て来なくなった。 いくらネットで検索しても彼女の情報は全て消えてしまっていたのだ。


 その不可解な現象をイーリスは不審に思い、桑原カエデに協力を依頼して女子大生を知っている者がいないか聞き込みをしてもらった。 すると、誰も女子大生の存在を覚えている者はおらず、彼女の家族すら誰の記憶にも無かった事が判明したのである。


 イーリスはその調査結果に混乱しているようであった。

 女子大生が“ラヴィニアの書”を警察署から盗んだという情報は、まだイーリスのメモリに記録されていた。 にもかかわらず、世間では女子大生は『存在していない』事になっていたのである。


 イーリスの報告を聞いた焔は特に驚いた風も無かった。 「思った通りだ」と頷き、イーリスをさらに困惑させた。


 「これで彼女の妹が“ラヴィニアの書”を用い、呪術を使用している当事者だという裏付けが取れた」


 希海は焔とイーリスの会話について行けずにキョトンとしている。 イーリスは機械の翼を『バサッ』と広げて焔に対して疑問を投げた。


 「それは、女子大生の妹が何らかの呪術を使って世間から自分達の記憶を消したという事でしょうか?

 しかし、その仮説が事実であれば、何故私達だけが未だ彼女の存在を認識する事が出来ているのでしょうか?」


 焔はイーリスの疑問に「存在そのものを記憶から抹消出来ている訳じゃないからさ」と答え、話を続けた。


 「記憶を抹消する呪術は“ラヴィニアの書”に記載されていないはず。 ……“ラヴィニアの書”が創られた目的から考えても、それは間違い無いだろう。

 恐らく、女子大生と家族の存在は別の呪術で隠蔽(いんぺい)されただけだ。 呪術が解かれれば再び世間は女子大生の事を思い出し、彼女の家族も思い出す事が出来る。


 女子大生とその家族を意識していない者達は、呪術によって隠蔽された彼女達の存在を忘れてしまう。 まるで光り輝く星が道ばたの小石になったかのように。

 道ばたに転がる小石は意識してなければ誰も気が付かない。 それと同じで自分にとって関わりの無い者の存在など、常に意識していなければ覚えている方が難しい。


 だがイーリス、君は女子大生とその妹を探している。 常に二人の存在を意識している。 道ばたの小石になりすましている存在に気付いているからこそ、君は彼女達を忘れないでいる事が出来る」


 焔はイーリスが女子大生と彼女の家族の存在を意識していたからこそ、呪術の影響を受けずに済んだのだと主張した。

 イーリスは焔の答えに納得はしていなかったが、実際に自分の記憶は維持されている事からこれ以上疑問を口にする事はなかった。


 「死亡した女子大生の存在は常に意識していなければ、忘れてしまう可能性がある。 とはいえ、彼女の存在を忘れてしまっても俺達にとって問題無い。

 すでに魔術書は女子大生の手を離れ、彼女の妹の手に渡っているはずだから」


 希海は焔とイーリスの会話をボンヤリと聞いていた。 ところが、次に出たイーリスの言葉に希海は目を見張り、飛び上がった。


 「……そうですね。 妹の本名は未だに不明ですが、今のところ妹の存在は『ステラ』という名で認識出来ています。

 彼女が再び呪術を使用する前に、早急に魔術書を回収しなければなりません」


 「――えっ、ステラ!? 私、ソイツと今度会う予定なのよ!」


 イーリスは希海の発言に驚いたのか翼をバタつかせて羽根を舞い上がらせた。 車のハンドルを握っている細木はイーリスの羽根が鼻先を(かす)り、迷惑そうにクシャミをしていた。

 

 「えっ! 何で希海がヤツと会う予定なんだい!?」


 焔もさぞ驚いたようで、目を丸くして希海に事情を聞いた。


 「うん、真裕が『どうしてもステラと会って欲しい』っていうもんだから、仕方無く会うことになったのよ! ねぇ、一翔(かずと)兄ちゃん!」


 細木は希海の声に「あぁ」と一言相槌(あいづち)を打つと、説明下手な希海に代って焔とイーリスに詳しい事情を説明し始めた。


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