変貌
艶やかな桜咲き誇る温かい春の陽気の中、制服姿の希海が住宅街を駆けていた。
太陽に照らされた金色の髪が踊る度、キラキラと毛先が光る。 銀色の瞳は彼方に見える喫茶店の看板を見据えており、通り過ぎる人々はその瞳の美しさに目を見張った。
『チリン、チリン!』 ドアに掛ったベルが鳴り、希海が喫茶店のドアを開ける。
「いらっしゃい、希海ちゃん!」
いつものように喫茶店のママ『立花ユリ』こと『立山小百合』が希海を出迎えた。
希海は「ニシシ♪」と笑顔で応え、店の奥のボックス席に目を遣った。 ボックス席には希海の仲間『細木一翔』が小さな女の子を膝の上に乗せ、女の子をあやしていた。
「ゆかりちゃん、久しぶり!」
細木の膝の上に乗っていた女の子は小百合の娘『ゆかり』であった。
今年四歳になるゆかりは希海を見るや否や細木の膝から飛び上がる――。 そして『クルリ』と空中で一回転して華麗に着地すると、両手を広げて希海の胸に飛び込んだ。
「お姉ちゃーん♡」
希海の服に顔を擦りつけて甘えるゆかり。 希海はそんなゆかりを愛おしそうに撫でながら抱きかかえると、カウンターの奥で飲み物を用意する小百合の方へ顔を向けた。
「小百合お姉ちゃん、もう少ししたら真裕が来るから、お客さん入れないでね♪」
希海が自分勝手なことを小百合に頼むと、ボックス席に座っている細木が希海を咎めた。
「おい、おい、勝手な事言って小百合を困らせるなよ」
希海は細木を一瞥するなり「別に困ってなんか無いわ」と小百合の気持ちを(勝手に)代弁した。
「大体、一翔お兄ちゃん、毎日店に来過ぎよ! よっぽど小百合お姉ちゃんの事が好きなのね。 ストーカーしてると嫌われるよ!」
ガミガミと喧しくがなり立てる希海に細木は「あー、はい、はい」と耳を塞ぐ。 小百合はそんな二人の様子に苦笑しながら、オレンジジュースをテーブルに運んで来た。
「安心して、今日はもう店じまいよ」
小百合はそう言うと希海に席へ着くように促し、ゆかりを希海から引き継いだ。
「一翔君、貴方は二階でゆかりを遊ばせておいてね」
小百合はそう言ってゆかりを床へ降ろすと、細木はおもむろに立ち上がった。
「……しょうがねぇな。 それじゃ、オジさんと二階でゲームでもしようか」
口では文句を言いながらも、ゆかりに対して笑顔を向ける細木。 ゆかりは細木の事を気に入っているのかその場から忽然と消えると、次の瞬間には細木に抱かれていた。
「じゃ、お兄ちゃん! ゆかりちゃんを宜しくね!」
希海は上機嫌でオレンジジュースを飲みながら、二階へ上がる細木に向って手を振った。
――
『カラン、カラン――!』
喫茶店のドアが再び開くと、一人の少女が店の中へ入って来た。
カウンターの奥で皿を拭いていた小百合はその少女の姿に唖然とした。 同様に希海もオレンジジュースを飲む手を止めて、店内へ入ってきた少女の姿に目を丸くしていた。
「希海さん、やっほー♪」
少女はボックス席に座っている希海を見つけると、満面の笑みを浮かべて希海に向って手を振った。
「……あ、貴方……もしかして、真裕……?」
「もう、何言ってるの? 真裕に決まってるじゃない! 久しぶりだからって、私を忘れないで!」
希海の最後に見た真裕はベッコウ色のフレームの眼鏡をかけたおかっぱ頭の女の子であった。 チェックのフランネルシャツを着てジーンズを履いた地味な服装であったはず。
……ところが、目の前にいる女の子は茶色に染めた長い髪をレイヤーカットにしたお洒落な髪型であり、眼鏡などしていなかった。 そればかりか、服装も今時の女の子らしく、大胆になっていた。
黒いベレー帽を頭にチョコンと乗せていた真裕。 襟ぐりが深いベージュのニットは華奢な両肩を露出している。 スカートはグレーのチェック柄で大人し目であったが、大人しいのは色だけであり、太股を露わにした淫靡なミニスカートであった。
「小百合さん、お久しぶりです!」
真裕は後ろを振り向くと、カウンター越しに立つ小百合に向ってお辞儀した。 すると、彼女が被っていたベレー帽が床に落ち、真裕は慌ててベレー帽を拾おうと深々と腰を屈めた。
「キャッ!?」
希海は真裕の様子を見て思わず赤面した。
彼女が腰を屈めると、白い下着を付けたお尻が丸見えになったのである。
「ア、アータ、何て格好してんのよ!?」
希海は顔を両手で覆いながら真裕を咎めた。
ところが、真裕はベレー帽を被り直すといたずらっぽい笑みを浮かべて「大丈夫よ、希海さん――」と不可解な釈明をした。
「これは“見せパン”なんだから」
「……ハァ?」
意味不明な真裕の説明に戸惑う希海。 小百合も真裕の能書きを聞くなり、持っていた皿を思わず落としそうになった。
「……“ミセパン”だろうが“ミソパン”だろうが、関係無いでしょ! お尻なんて見せて、痴漢でもされたらどうするの!?」
希海は猛然と真裕に食ってかかるが、真裕は希海の怒鳴り声などどこ吹く風でチョコンと向かいの席に腰を降ろした。
「ふふっ、希海さん、相変わらず優しいね! 私を心配してくれて」
何を言っても“柳に風”といった様子の真裕。 希海は真裕のあまりの変貌ぶりに気が変になりそうであった。
――
「インスター・グラムぅ?」
希海はグラスに注がれたオレンジジュースをストローで飲みながら、訝しげな顔を真裕に向けていた。
「うん、最近ハマっててね♪ 頑張れば頑張るほど“フォロワー”が付くから“やりがい”があって、楽しいんだ♪」
真裕はニコニコしながらコーヒーを口にしているが、希海は『努力する方向性が違うんじゃないのか?』と目を窄めた。
「……ふぅん、それでアータ、なんで私に会いたいなんて言って来たの? 大体、その気になれば学校で会えるじゃない? 何も畏まって喫茶店なんかで会わなくても……」
希海が真裕と会った理由は、真裕の方から希海から連絡があり「相談をしたい」と言って来たからであった。
つまり、真裕から希海を誘ったのであったが……。
「……」
「ちょっと、アータ人の話聞いてる?」
真裕は希海が話をしている間、しきりにスマホに目を向けて何かをチェックしていた。
「えっ!? う、うん。 聞いてるよ!
学校じゃ学年も違うし、それにA組の希海さんの教室にC組の私が行く訳にもいかないよ」
希海と真裕は同じ高校へ通っていた。
『堀翔女子高』――その高校は言わずと知れたアイドル養成学校であり、推薦でしか入学出来ないと言う特殊な女子校であった。
クラスはA組からF組まで存在し、A組はすでにアイドルとして活動している生徒達が多数在籍するエリートクラスである。 A組の生徒は校内でも特別な存在であり、B組以下の生徒達はA組の生徒と話をする事すら禁じられていた。
希海は一年A組に所属しており、真裕は二年C組であった。 学年による年功序列は存在せず、如何に上位のクラスに配属されるかが学校生活において大事である。
B組以下の生徒達はA組にクラス替えするべく、日々ライバル達としのぎを削っているのであった――。
「C組の私がノコノコA組なんて行ったら、みんなにボコされちゃうよ!」
真裕はそう答えながらも俯いたままであった。 スマホを一生懸命指で撫でており、ついに希海を怒らせた。
「もう、アータ全然人の話を聞いてないじゃない! 私もこう見えて忙しいの! 用が無いなら、もう帰るから!」
希海は真裕の態度に不満を漏らし、席を立った。
すると真裕はようやく険悪な雰囲気に気付いたのか、慌ててスマホを座席に放り投げると、希海に不可解な頼み事を願い出た。
「ま、待って、希海さん! 『頼みがある』と言うのは嘘じゃないの!
私……希海さんに、私の“IG”に出て欲しいの!」
「……はぁ?」
希海は呆気に取られた。 真裕の言っている意味が全く分からず、立ち上がったまま首を傾げた。
すると、真裕は顔を紅潮させながらその不思議な願いを説明し出した――。
真裕が夢中になっている“インスター・グラム(Instar Glam)”――通称“IG”――と呼ばれるSNSサイトには動画配信機能が実装されている。 アカウント開設者がホストとなり、スマホのカメラを経由してリアルタイムに動画を配信出来るのである。
その機能のお陰で“IG”は爆発的に登録者数を伸ばした。 同じ動画投稿サイトには“ミー・チューブ”というサイトがあるが、“IG”の方がスマホ上でアプリを起動してカメラを向けるだけでライブ中継が出来る手軽さがあった。
その手軽さ故に様々な『キラキラした瞬間』を発信出来るという事で、承認欲求が強い中高生――特に女性達に圧倒的な支持を得ていたのであった。
希海は“IG”上で真裕が主催するライブ配信に出演を依頼された。 ライブには最近爆発的にフォロワー数を伸ばして人気を博している『ステラ』という名のインフルエンサーも出演するそうだ。
「……うーん」
悩ましげに声を上げ、真裕の頼みを受け入れるかどうか思案する希海。 すると、真裕は希海の手を握り、子犬のように目を潤ませて希海に助けを求めた。
「お願い、希海さん! 私、希海さんのお友達だとフォロワーに言っちゃったの! そしたら、皆希海さんに会いたがって……」
「ハァ!? なんで、そんな事言うのよ!」
「……うぅ……ゴメンなさい……」
希海が仰天して声を上げると、真裕は申し訳なさそうに悄然と項垂れた。
(……うーん、メンドクサイ。 でも、真裕が変わった理由が何となく『ステラ』っていうヤツにあるような気がする……)
「……むぅ。 ……分かったわ。 アータがそこまで言うならライブに出てあげる」
困り果てた様子の真裕に同情した事もあったが、何よりもステラというインフルエンサーの存在が気になった。
「本当!? ヤッタァ♪ 嬉しい、ありがとう希海さん――!!」
真裕はミニスカートから白いパンツを見せながら希海にヒシッと抱きついた。
希海はそんな破廉恥な格好をしている真裕に複雑な思いを抱きながら、真裕が変わった原因であろうステラという女をこの目で確かめようと銀色の目を光らせた。




