『EP-00:18』-『持たざる者の黄金の時間軸』
グラウンドにいるレンは、首を絞められている。
樹の根に縛られている彼を助けるために、校舎の屋上から飛び出す。
そのまま、彼の首を絞めつけている樹の根の上に落ちた。
「――誰ッ!? 私の『樹創天蓋』は確実に学校敷地内にいる者全てを支配下に置いたはずなのに……いったい誰が……!?」
土煙が巻き起こる。
視界が全て塞がれた。
だが、そんなものは関係ない。
マリアの身体を『特異魔法』で硬直させる。
「手が、腕が、それどころか……身体が動かない……!? この『特異魔法』は……まさか……!?」
レンはこちらを見やる。
だが、半分ほど閉じた目蓋ではほとんど見えていない。
「……誰……だ……?」
ガクン、と顎を落として意識がなくなった。
よし、これまではシナリオ通りだ。
「あなたは……」
マリアが眼を剥く。
信じられないだろう。
この短時間で樹の檻を破り、そしてカミシメを破れるはずがない。
だが、瞳に映るのは真実。
彼女が目撃しているのは、闖入者の顔がどろどろに溶けているところ。
溶けているのは、ガム。
変装だったのだ。
しかし、彼女の動きを封じたのはガムではない。
ただ、時間を止めただけだ。
「俺はこの『特異魔法』で、止めてみせる。時を――そして、女の涙を――」
倒れ伏して気絶しているテイシアの瞳には涙がしたたっていた。
また、泣かせてしまった。
気絶している彼女を、今度こそ守りきってみせる。
より強くなったこの力で。
「絶対にできると確信していたからこそ、こうして時を超えることができた。時間を止めるだけじゃない。時間を完璧に操ることができる『特異魔法』。失われたものを、取り戻すための魔法。そう、これはテイシアの『特異魔法』。劣化版ではなく――完全復刻版の――」
あのままこの場所に来ていれば、ここに間に合っていない。
ということは、こうやって過去に遡るしかなかった。
初めてやったが、うまくいってよかった。
一度成功したと確信していたからこそできた奇跡。
「『黄金の時間軸』」
今度は左眼だけじゃない。
双眸が黄金色に輝く。
そして、視界に映るものだけしか時間を止められなかった時とは違う。
死角に入っているものも、時間を止めることができるようになった。
「……ああ、そう。過去に飛んできて、また妨害しようっていうのね。……だけど、強くなったのは自分だけだと思うのは間違いよ。――レンくん」
マリアが視界から消える。
だが、それは一瞬。
まるで『瞬間移動』したかのように、離れた場所に一瞬で移動した。
この現象はまさに、時を止めた時のもの。
「どうやら……。『持たざる者』のあなたよりも、私の身体の方が『黄金の時間』は馴染んでいるみたいね」
「……ほんの少ししか、時間を止めることができない……。同じ『特異魔法』だから、きき辛いのか?」
相手がどれほどテイシアの力を奪い取ったかは定かじゃない。
だが、さっきまでの自分よりかは、遥かにテイシアの潜在能力を引き出している。
マリアが視界から消える。
また、時間を止めたのだ。
数秒後に、今度は離れた場所に移動した。
だが、今度はこちらが時間を止める。
それを交互に繰り返していく。
お互いが、お互いの時を止めあう。
その度に攻撃し合うが、有効打をどちらも与えることができない。
操り人形と化した者達が周りには大勢いるが、手を出せないでいる。
時間を操作する者同士の戦いに介入できるものなどいない。
「それに私には『樹創天蓋』がある」
ドバッ、と樹の根が狂ったように襲い掛かってくる。
確かにマリアの方が手数は多い。
だが、こちらの方が時を止められる時間が多いようだ。
それに、静止時間時の移動範囲はこちらの方が上。
樹の根の猛攻を避けながら、拳を繰り出す。
が、その一瞬で時を止められ、後ろに回り込まれる。
今度はマリアが火球を吐き出す。
「なっ、これは――」
これは、校舎の外で他の生徒が使っていた『特異魔法』だ。
大規模な戦闘となると、操っている人達が邪魔になる。
だから、操り人形をさがらせ、『特異魔法』だけをもらい、自分自身を強化させるつもりだ。そっちの方が効率的に強くなれる。
「くっ――」
幅広い空間の時を止めて、なんとか横っ飛びに跳躍する。
攻撃にバリエーションがありすぎる。
「他の人間から吸い取った魔力で、時運自身の魔力は増やせる。それに、時間が経過すればするほどに、私の『特異魔法』は増えていく。さらに――」
マリアの首の後ろがチラリと見える。
そこには、
「こうして自分自身を操作すれば、魔力の絶対値を引き上げることができる」
樹の根がまるで、マリアの肉体を貪るように巣食っていた。
魔力ブーストで自分の肉体強化を?
どうりで、『時間停止』だけでは説明できないほど、先ほどから動きが俊敏だとは思っていた。だけど……。
『血が……。魔力の器となる肉体が悲鳴あげています。あの状態で魔法を使い続けるなんて、なんて精神力……』
マリアの穴という穴から、血が流れている。
血管が千切れているのか。
完全に、キャパオーバーだ。
「その精神すら、自身の心を操って手に入れているってことか……。テイシア、教えてくれ。このまま長時間戦っていたら、マリアは……どうなる?」
答えは分かりきっている。
だが、自分自身では出したくなかった。
『器が壊れる。……肉体そのものがバラバラになります……』
そんな、死刑宣告みたいな答えを。
「どうして、そこまでして……」
このままドーピングを続けていれば、待っているのは破滅しかない。
「やめろ! もう十分だろ! これ以上はお前の身体が――」
頭上から氷の刃が降り注ぐ。
これもまた、奪ったものだろう。
地を這う樹共々、時間を止めてやる。
近づけない。
マリアは、とにかくこちらから距離を離そうと先ほどからしている。
遠距離になればなるほど、こちらが不利になるのを知っているのだ。
遠距離から戦える飛び道具がなければ話にならない。
「どうでもいい。私の身体がどうなろうと構わない。ただ私は過去をなかったことにしたい。私は涙を止めたいんじゃない。涙を流したことをなかったことにしたいだけ」
だが、こうなることはある程度予測できていた。
カミシメとの戦い。
結局、自分は何もできなかった。
だから、頼んでおいたのだ。
顔パックのために使っていたガム。
それを一定時間、使えるようにしておいてくれと。
「だって、辛い想いをした人と同じぐらい、それを見ていることしかできない人だって辛い。……そんなの悲しいだけよ」
避けた樹の根が体育館を破壊する。
倒壊する体育館の砕けた天井に、ガムをくっつける。
一番大きい瓦礫を選んだ。
「――それでもきっと乗り越えられるんだよ」
瓦礫をガムで投擲する。
マリアは樹の根で応戦する。
お互い最大の攻撃が激突する。
この瞬間を待っていた。
「マリアが思っているより俺は、弱くなんてない。俺みたいな『持たざる者』だって、ここまで強くなれた。――だから、マリアだって、過去を改竄するんじゃなくて、過去を乗り越えられる強さを持っているって信じている」
激闘し、砕け散った瓦礫と樹の根の中。
死角を生み出し、その中を走りぬく。
「だから、俺が止めてやる」
ずっと逃げようとしたマリアは虚を突かれる。
だが、すぐに時間を止めようとする。
だが、そんなことはさせない。
全く同じタイミングで、時間を停止させる。
お互いが時間を停止し、やがて時計の針は動き出す。
まるで『特異魔法』の発動をキャンセルさせたような現象。
だが、ほんの少しだけこちらの方が長い時間、時を止められた。
だから、こちらの拳が届く。
マリアが覚醒した時にはもう時すでに遅し。
木の根を手繰り寄せようにも、間に合わない。
徒手空拳で応戦するしかない。
交錯する拳と、拳。
もう、『特異魔法』など互いに出す隙などなかった。
常に逃げ続けていた者と、常に追い続けていた者。
咄嗟にとった動き、どちらの拳が先に届いて、どちらが拳で相手の身体をブッ飛ばしたのか。
そんなもの、最初から分かりきったことだ。
頬骨を折らんばかりの打撃音。
そして、糸の切れた人形みたいに転がる奴を睥睨する。
ただ、これだは最後に言いたかった。
「辛い想いをしているお前を見ていることしかできない。……そんな悲しい想いをしないためにもな」




