『EP-00:16』-『操り人形の門番』
戦闘音が聴こえてくる。
何をしていたのだったか。……そうだ。マリアが実は自分の家族ではなく、テイシアの『特異魔法』を奪いとって、過去の出来事を改竄しようとしていたのだ。
窮地に陥った自分のことを助けてくれた者がいた。
そして、その謎の人物は未だに戦ってくれている。
だったら、助太刀しなければ!
「うっ!」
双眸を光に晒して、勢いよく立ち上がった。
くらりと、立ちくらみがする。
気絶していた状態からいきなり立ち上がったせいではない。
目の前の光景が信じられなかったからだ。
レンは校舎の外にいた。
「ど、どういうことだ……!?」
学校の敷地内は完全に樹で覆われていた。
つまり、あの助けてくれた謎の人物がここまで連れ出してくれたということか。だが、この戦闘音は一体……!?
戦闘が聴こえてくる道の角を曲がると、そこにいたのは――
満面の笑みで学校生徒をぶん殴るウェンだった。
「うわあああああああああ!」
なんで、こんなところにあの人がいるんだ。
何度倒してもゾンビみたいに立ちあがってきたトラウマが蘇る。
相手は強敵だ。
何の準備もなしに相対できない。
相手は彼女だけではない。
応戦している彼女とはまた別に、洗脳された学校生徒やザナドゥ軍の皆様方もいる。
数は、ぱっと見でも二十人以上いる。
それを一人で相手しているのだから、ウェンはやはり化け物だ。
咄嗟に左眼に手をやるが、先ほどの戦いのどさくさで眼帯をどこかに落としたらしい。いや、そもそも、自分は『特異魔法』を使えないことを思い出す。
か、勝てるわけがない。
逃げることすらできない。
「……お前は……」
「うわっ、見つか――」
即座に見つかり、ウェンが襲い掛かってくる。
紙切れ同然だろうが、腕を交差して咄嗟に防御する。だが、ウェンが拳を握って叩いたのは――
卑怯にも後ろから襲い掛かってきていた学生服の人間だった。
「なっ――」
どういうことだ。
これじゃあ、まるでウェンに助けられたみたいだ。
奇襲を受けていたのには気がついていなかった。
放置しておけば、勝手にこちらは重症を負っていたかもしれない。
それなのに、何故?
こちらを攻撃するつもりが、狙いが逸れたのか?
「危なかったネ。状況はつかめないアルが、とりあえず目の前の敵をぶっ叩けばいいだけヨ」
「……助け、られたんだよな。……俺は。どうして助けてくれたんだ?」
「……簡単なことアル。私がお前に負けた時感じた感情が忘れられない。だから、その感情に従って私は動いているだけアルよ……」
「感……情……? 憎しみとか敵愾心みたいなものか?」
「違うネ……」
不敵に笑うウェンに、何故か嫌な予感がする。
そして、その直感は――
「これは――恋アルッ!!」
間違っていなかった。
「ぶっ!!」
思わず唾を噴き出してしまう。
「お前と戦い負けた瞬間、私の身体には電撃が流れたアル。――そして悟ったネ。これが私の初恋だと……!」
「いや、確かに電撃受けてたけどな! 精神的にではなく、物理的にな!」
「未来の旦那様をここで見殺しにするわけにはいかないアル。ここは――背中合わせに戦うアルよ!」
「いきなり、そんなこと――」
と言い終える前に、ウェンの後ろで虚空から刀を生成する軍服の男が見えた。
何らかの『特異魔法』だろう。
彼女は気がついていない。
注意を呼びかける暇などない。
このままでは、彼女が斬りつけられてしまう。
「危ないっ!」
考える前に、刀を振りかぶった男の顔を殴りつける。
カウンターで入った拳はめりこんで、軍服の男は吹っ飛ぶ。
ウェンは感心したように、小さく口笛を吹く。
「なかなかやるアル」
「まぐれだ。熱くなること言ってくれて嬉しいんだが、俺は元の『持たざる者』なんだ。あんたの足手まといにしかならないかもな……」
「足手まとい? 何言ってるアルか?」
ウェンはこちらを一瞥すると、
「その金色の瞳は飾りアルか?」
確かに、左眼を見ながらそう言い放った。
「――――えっ?」
「その左眼に仕掛けがあることぐらい私だって気がついてるアル。そして私がザナドゥ軍だけでなく、ただの学校生徒に襲われていることにも何か裏があることぐらい……。だから、今は何も考えずに戦うアルよ!」
何を言っている。
左眼の輝きは失われたはずだ。
それなのに、嘘をついているようにはとても思えない。
「まさ――か――」
大口を開けた女子生徒が、火球を作り上げる。
あれを発射されたら自分だけでなく、後ろにいるウェンまで焼かれてしまう。
だったら、やれなくても、やるしかない!!
そう思っていたら――
女子生徒に、いつの間にか顎に掌底を喰らわせていた。
「使……える……!? テイシアの『特異魔法』が……。まさか――」
何故かはわからない。
だが、この『特異魔法』が使えるとしたならば、
「テイシア!」
持ち主である彼女が自分の中にいなければおかしいい。
『ん、むにゃむにゃ。……どうしたんですか? レンさん』
「……どういうことなんだ。テイシア! ……寝ていたのか?」
『え、ええ、そうみたいです?』
「どうしてこんな状況になったか直前の記憶はあるか?」
『それはえっ、と……憶えています。レンさんのお姉さんが、その……』
「……そうか。あれは、俺の夢、というわけじゃない。やっぱり現実でおこったことなんだよな。でも、だとしたら、どうしてテイシアが俺の身体に戻っているのか、分かるか?」
『わ、分かりません。私は多分レンさんよりも早く気を失っていますから……』
彼女がどうしてまた自分の中にいるのか。
そして、誰が意識を喪った自分をここまで運んだのか。
その答えを出すためにも、
「とにかく、行くしかない。あの樹の檻の中へ、もう一度!」
樹の壁に向かって走り出す。
こいつらは、門番のような役割なのか。
こちらの動きに、過敏に反応した男が瞬時に追いつく。
そして、氷の刃を出した男の攻撃を避けて、樹の檻へと回し蹴りを入れる。
「壊れろ!」
だが、樹の檻はびくともしない。
「つぅ……」
「その樹……生半可な力じゃ壊れないようにできているアルよ」
先程攻撃をした女性生徒が、今度こそ火球を吐き出す。
吐き出された訳じゃない、わざと吐き出させたのだ。
「だったら、壊してもらえばいいだけだ」
火球の時間を停止し、余裕をもって避ける。
変更された着弾先は樹の壁。
樹と火、相性がいいこともあるが、火球の威力は高い。
爆破するように樹の壁に着弾すると、ぶち抜かれて虚空が開く。
「よしっ! これで――」
これで、檻の中に入れる。
だが、
「なっ――! 樹が元の形に……!?」
瞬時に壁が再構築される。
「その樹、すぐに再生するようになっているみたいアルよ。完全に破壊するのは難しいみたいネ。そして、どうやって再生するかというと――」
ウェンの言葉の続きは、言われなくとも分かってしまった。
周囲の人間達が一斉に呻き始めたのだ。
「ううぅ」
苦しんでいるように見える。
樹の根は彼らの足元から首の後ろまでつたっていて、ドグンドグンと脈打つ。
まるで、血や生命力を吸い取っているようだ。
彼らは一様に首の裏をおさえている。
「どうしたんだ、こいつら?」
「近くにいる傀儡の魔力を奪って再構築しているネ。この術者、これだけの数を操りながら、そんな緻密な魔力操作までするなんてなかなかの使い手みたいネ。一度、手合せ願いたいアル」
酷過ぎる。
手の出しようがない。
「こんなの、どうしようもない。壊せるわけがない……」
『どこか、別の場所を……』
「そんな時間はない。それに、用意周到なあいつが穴を残しておくとは思えない。……くそっ! どうすれば……」
どうしようもなくて。
ただ周りの操られた人達の攻撃をかわし続けるしかない。
だけど――
「そんなの、ぶっ壊せばいいだけアル」
そう思わない奴が一人だけこの場にいた。
何の躊躇いもなく、樹の壁に大穴を一撃の拳で開ける。
「お、おいいいいいいいいいいいいい! なにやってんだああああ!!」
ぐああああっ!! と周りにいる人たちがうめき声を上げる。
こいつ、最悪だ。
「道徳心より、今優先すべきなのはもっと他にあるんじゃないアルか? ここの連中は私に任せるアル。ただし、それ以外は、お前の手にかかってるアル。……正直、私には何がおこっているかよくわからない。だから、お前の手でこいつらを救うアルよ」
ウェンが背中に手を当ててくる。
ただの励ましではない。
「これは――」
ウェンの『加速装置』だ。
もしかしなくとも、そういうことだろう。
「飛んでいくアル」
樹の穴が閉じきるギリギリのタイミングで、ジェットが作動する。
肘とか膝にゴン、ガン、と塞がりつつあった穴に当たりながらも潜入することに成功したが、
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
あまりにも速すぎる。
この速度、いつになったら緩まるのか。
たとえ、『時間停止』しても、速度が緩まなければ無事に着陸できないじゃないのか。
『あの人……』
「あれ、は……?」
テイシアの呟きで、気がつく。
教室の中に誰かがいる。
何故だ。
見間違いじゃなければ、あの人がここにいるはずがない。
「いっ――!」
『ど、どうしたんですか?』
「分からない。勝手に身体が動いて……」
なんだ? ……『加速装置』が勝手に動作不良を起こしているのか。
とにかく、身体が傾いている。
まるで磁力に引っ張られるみたいに、教室へと吸い込まれていく。
「やばい! 墜落する!」
背中の後ろに手をやるが、外せそうもない。
教室の窓が近づく。
方向転換も、速度を落とすこともできない。
だったら、ガラスに映る自分の姿を捉えて、時間を停止する。
無傷のまま教室につっこんだところで、『特異魔法』が解除される。
「何が起こったんだ」
顔を上げると、
「あっ」
そこにいたのは、やはり先ほど窓の外で目撃した人物だった。
「マリア……お前!」
どうして、ここにいるのか。
自分が気絶している間、どれだけ時間が経過していたのかは分からない。だが、彼女がここにいるということは、自分を救ってくれた命の恩人は倒されてしまったのだろうか。
「…………」
マリアは無言で手をかざす。
咄嗟に後ろに下がる。
樹の根を出してくるのであれば、廊下を注視していれば――
「『我夢』」
マリアが言うと同時に、蜘蛛の糸のようなものが、瞬時に張り巡らされる。
樹の根などではない。
もっと細いものだ。
これは、一体……。
目の前の人物は、マリアではない。
「この『特異魔法』は……!!」
見たことがある。
何故なら、この『特異魔法』に自分自身助けてもらったのだから。
よく知っている人物。
彼女ではなく、彼の名前は――
「お前、カミシメか……!?」
そう指摘すると、眼前のマリアがマリアとは似つかわしくない口の端の歪め方をする。
と、まるで蝋燭が溶けるみたいに顔の皮膚がずり落ちていく。
偽者のマリアの顔につけられたのは、ガムだ。
これがカミシメの『特異魔法』――。
カミシメの顔にパックされていたガムは、顔と同じ肌色だった。しかし、張り巡らされた蜘蛛の糸は透明に近い。どうやら、彼のガムはどんな色にでも変化させることができるようだ。
しかも、ガムを使って変装もできるようだ。
『この人も操られて……』
首元に根がはられている。
悲痛そうなテイシアの声を聴くと、より胸が痛くなってしまう。
だが、
「レン、お前には夢があるか?」
カミシメは普通に喋り始めた。
『この人、自我を保っています!』
「お、おい! カミシメ! 俺が分かるか!?」
喜んでかけようとしたが、やはり変だ。
瞳がどんよりと沈殿した泥のように濁っている。
「俺には夢がある。一次元という閉じた次元に行くことだ」
『…………? この人何言ってるんですか?』
「お、俺に訊くな!」
洗脳されているカミシメは、やはりおかしい。
おかしいが、なんだかいつものカミシメとさほど変わらない気がするのは気のせいだろうか。
「誰ともかかわらなくてすむ別次元に俺はいく! そのために必要なのは、煩わしい三次元の人間関係を全て壊すこと! そう俺は命令されたんだ!」
拳を震わせて熱弁するカミシメは、とても操られているとは思えない。
というか、ただ恥ずかしい願望を口走っていると同義。
「ニミアムが操られていた時と似ている……。恐らく、心の内の黒い感情を増幅させたんだ……。だから、ある程度自由に動ける……。だから、これは、完全に本心なんじゃないのか!?」
『……本当に操られてるんですかね? あの人。この前と同じようなこと言っていますけど』
そんな無駄口を叩いていると、身体に異常がきたす。
何か得体のしれないものが身体に纏わりつく感じ。
「うっ! 身体がッ……!」
動かない。
極限まで細めたガムが四肢に絡み付いて離れない。
力を入れても、何故かガムが剥がれてくれない。
「……ふん」
カミシメが腕を持ち上げると、その動作に呼応して椅子が持ち上がる。
手も何も触れていないように見えるが、ガムがくっついて浮かび上がっているのだろう。
ギシギシと椅子が悲鳴を上げる。
どうやら、パチンコみたいに椅子を撃ってくるようだ。
『ま、まずいです! 動かない! 避けてください!』
いくら『時間停止』しても、体そのものが動かせないのなら避けることができない。
「避けられないぞ! レン!!」
「くっ……」
できることといったら、『時間停止』した時間稼ぎぐらいだ。
だが、そんなことをしなくとも――
複数の銃弾によって、身体に纏わりついたガムは取り払われた。
鼻に直撃しそうだった椅子を避ける。
だが、助けてくれた相手に心当たりがない。
「拘束しているガムを見にとまらぬ早打ちの銃弾で……。誰が、こんなことを……」
後ろを振り返ると、
そこには両手に拳銃を持っているカナサがいた。




