『EP-00:14』-『占拠された学園と自由の代償』
都慧学園。
レンは校門を通ることはできなかった。
校門にはずらりと、軍服を着こんだ軍人連中がうじゃうじゃいた。
だが、普段遅刻するので、学校へ入る他のルートを知っていた。裏手にある高い金網を上ると、木々に囲まれた場所へと降りることができる。
ここならば、教師達もめったに通らない。
手薄とはいえ、やはりそこにも軍人達が見回りをしていた。
だが、見つからずに、死角から軍人達を見つけられたらならこちらの勝ちだ。
タイミングを見計らって、軍人達に『時間停止』をかけ、なんとか忍び込むことができた。
どうしてザナドゥ軍がここにいるか分からない。
やはり、自分達のことがばれてしまったのか。
だが、確かなことが一つ。
都慧学園は、完全にザナドゥ軍の掌中に堕ちた。
どこもかしこも軍の監視の目がある。まだ包囲網を敷き始めたばかりのようで、穴が何か所もあるのが救いだった。
校舎からぞろぞろと生徒達が並びながら、外へ出ていく。
それを先導するのがザナドゥ軍人。
目的地はグラウンドだ。
避難訓練でもやるつもりなのかと思ったが、ピリピリと肌で感じる緊迫感はそうでないと告げている。
避難訓練ではなく、避難。
訓練なのではない気がする。
『レンさん! あれ!』
「ああ、ちょうどよかった」
カミシメが不承不承ながら、みんなの後についていっている。
スマホのフラッシュ機能を使って、カミシメに合図を送る。こちらに気がついたカミシメはハッ、とした表情をすると、周囲を警戒しながらこちらに向かってくる。
カミシメの『特異魔法』は念動力のように、対象物に触れずに物体を動かすことができる。カミシメは石を壁にぶつけ、ちょっとした物音を立てさせる。その音に注意を向いた瞬間を狙って、茂みの中へと潜り込んできた。
こちらを振り向きそうだった軍人は、『時間停止』をしてカミシメのフォローをする。
「レ、レン、お前! だ、大丈夫だったのか?」
「まあ、見ての通りな。……それより、どうなってるんだ。これは一体何が起こっているんだ? どうして、ザナドゥ軍の人間が学校に乗り込んで仕切っているんだ?」
「テロリストがこの高校に潜伏しているらしい」
「テ、テロリストぉ!?」
突飛な話に驚く。
ここに来る道中で封鎖などされていなかった。
あくまでこの高校の敷地内を囲うように人員を割いていた。
つまり、この高校にテロリストがいると断定しているということだ。
「ああ、よく分からないが、凶悪なテロリストがいるからグラウンドまで避難しているところだ。だけど、物音ひとつなかったぞ。本当にテロリストが潜伏しているのか?」
「……テロリストは、嘘? だけど、どうしてそんなことを……」
『レンさん、もしかして、とうとう私達のことがザナドゥ軍の上層部までばれてしまったんじゃ……』
「……俺もそれは考えていた」
最近立て続けに襲われている。
これで軍内部に情報が洩れていないと考えるなんて楽観的すぎる。
だが、だからといって。
一個人が、軍そのものを相手にするなど自殺行為だ。
真正面から衝突せずに、ここはなんとか切り抜けるしかない。
「そういえば、おかしなことが一つあったな……」
「どうした? カミシメ」
カミシメは普段よりも顔を真面目に作って、
「お前のお姉さん。マリアだったか? あの人だけ、体育館の方に誘導されたんだよな」
衝撃的なことを言ってくる。
「えっ?」
「どうしてかは分からないけど、あの人だけ個別に案内されてて、どうしてなのかと――」
「本当か? なんで! なんでだよ!」
大声を出してはいけないはずなのに、大声を上げてしまう。
幸い、近くをザナドゥ軍の車がちょうどよくエンジン音を大きく立ててくれたおかげで搔き消えたようだった。
カミシメの首元を絞めるみたいに制服をつかんでしまっている。
ぐらぐら揺らして、彼がきつそうにしているが止められない。
それぐらい動揺してしまっている。
「本当だって! こんなことで嘘ついてどうするんだよ!!」
カミシメは意味のない嘘を、この非常事態につくような男じゃない。
『まさか、人質――!?』
「ちっ。くそっ――」
「お、おい! レン!」
カミシメの制止の声など聴いていられない。
今この瞬間、マリアの身に何が起こっているか誰も保証できないのだ。
なるべく迅速に体育館に向かう。
他の軍人に見つからないよう、小走りになって辿りつくが、
「体育館……には誰もいないな……」
人の気配というものがない。
入口から顔をそろりと出して窺うが、誰もない。
もうどこかに連れ去られてしまった後か。
非常事態なので靴のまま体育館におじゃまするが、やはり誰もいない。
入口の扉を閉める。
体育館の真ん中まで来て、そして、何か違和感のようなものを覚えた。
「……ん?」
『どうしたんですか?』
「ないんだよ」
『……なにがですか?』
テイシアが不審そうな声で聴いている。
見たまんまだ。
この体育館にあるべきものが欠けている。
「ここにあるはずの――バスケットゴールがっ!!」
そう叫んだ瞬間――
眼前にバスケットゴールが現れる。
「なっ――!」
レンは条件反射的にバスケットゴールを時間停止する。
頭の上から落下しそうだったバスケットゴールは凍ったみたいに停止する。だが、
「釣れたみたいだね――テロリストが。思ったよりも小物だったみたいだけど」
背後から忍び寄った声の後に、膝の裏が痛い。
見ると、銃弾が埋め込まれていた。
銃声が――なかった。
隠れる場所なんてなかったはず。
一体どこから撃ったのか。
体育館のドアは閉まったままだ。
もしも侵入者がいるなら、確実にドアの開閉音が鳴るはず。それだけ体育館のドアは重いのだ。だとしたら、最初からいた? そして今の今まで隠れていたのか? どこに?
「ぐっ――」
転がって振り返ると、そこには細身の男が立っていた。
見たことのある顔。
それもそのはずで、そいつはザナドゥ国の皇子だった。
「ニミアム皇子!? テイシアの兄か」
まさか、兄が直々に迎えに来るとは思わなかった。
周囲には誰もいない。
そして体育館の扉は開いてなどいなかった。
一体どうやってこの体育館に入ってきたのか。
「口には気をつけたまえ。本来、君のような小市民が話せるような相手ではないんだ。もっと敬いたまえよ」
胸を張る皇子様の手には、サイレンサーのついた銃。
どうやら敵対する気満々のようだ。
流石に自分の妹の誘拐犯と仲良くする気はないようだな。
『お、お兄様。お兄様に事情を話せば……』
正直、彼と話し合いになるとは思わない。
見下し方が半端ではない。
しかし、テイシアの悲しそうな声を聴いてそんな心ない反論などできるわけがない。
諸手を挙げる。
交渉事をするなら、とにかく抵抗の素振りを見せてはいけない。
「……あんたに話したいことがある。実は――」
「君の中には僕の妹がいる。そう言いたいのかな?」
「……! 知っていたのか?」
ニミアムはフ、と息を吐くように嘲笑すると、
「勿論。カナサとかいう女の眼鏡には彼女自身も知らない機能があってね。音声だろうが映像だろうが、リアルタイムで配信されるようになっているんだ。く――そう全ては僕の懐にね」
胸に手を当てながら、キラリと並びのいい歯を晒す。
こいつ、ただのいいところの皇子ってわけじゃない。
汚いことにも平気で手を染められる人間か。
「あの戦いも全て盗撮、盗聴されていたのか……」
「全く、幸運だったよ。あの女は何かにつけて反抗的な態度が多かった。誇りだとかくだらないものを掲げ、秩序を乱す。そういう危険因子には鈴が必要だった。決定的な犯行を起こしたらすぐ分かるような鈴がね。それがこんなにも役に立つとは思わなかった。全く、僕はやっぱり妹と違って天才だな」
『…………っ』
この兄妹、もしかしなくても仲が悪いのか。
テイシアだって兄や家族が信頼のおける相手ならば縋っていたはずだ。そうしなかったということは、甘えられる家庭環境ではなかったということか。
「だったら、分かっているだろう。俺はテロリストじゃないってことぐらい……」
「なんのことなのかな。君が僕の妹を誘拐しているのは確実だ。一連の犯行も君のものだろう?」
『違います! お兄様!』
「テイシア……」
『この人はテロリストじゃありません! 私を助けてくれたんです!』
テイシアは必死になって叫ぶ。
それはとても悲痛な響きで、きっとこれを聴いてくれたらどんな人間だって心動かされるだろう。
だけど。
血を吐きそうなぐらいに懸命な声は、自分にしか聴こえていない。
「妹が君の中にいるのは確定している。それは『持たざる者』のはずの君の『特異魔法』が雄弁に語っている。だがね、君にしか彼女の言葉は聴くことができない。つまり、いくらでも改竄ができるってことなんだよ。残念ながら、君の言葉に重みなんて感じないよ」
『そ、そんな……』
「……まあ、そうなるよな」
テイシアには悪いが、第三者には酔っ払いの戯言捉えられてもおかしくない。
「カナサとかいう女が拷問しようとしたように、今から君を徹底的にいじめようと思う。――愚かな妹を取り戻すためにね」
ニミアムが手を広げると――
武装したザナドゥ軍が数十人突然出現した。
「い、いきなり人がっ……!」
手品であっても、暗幕の一つや二つ下ろすものだ。
だが、瞬きすらしていないのに、まるでその場にずっといたかのように全ての軍人が銃を構えている。
「ウェンやカナサがどうしてあれほど強いのに、君ごときに負けたのか分かる? 油断や慢心もあっただろう。だけど、一番の問題は『数』の問題だよ。君たちは互いに足りない部分を補うように二人で戦ってきた。彼女達は一人だというのにね。だけど、それが卑怯だとは思わない。数で圧倒するのが、もっとも合理的で効率的な戦い方だからね」
「ああ、そうかもな。だけどな。こんなの――」
左眼を解放する。
「大将さえ叩けばいいだけだろ」
一瞬で、全ての人間の時間を停止させた。
距離を詰める。
他の人間は完全に無視し、ニミアムだけを標的にする――はずだった。
「――消えた!?」
いない。
先ほどまでいた場所には誰もいない。
あたりを見渡すが、ニミアムの姿だけが見つからない。他の軍人は引き金を引いている。
銃弾が中空に静止している。
完全に『黄金の時間』は発動している。
なのに、奴が忽然と姿を消した。
『ど、どういうことですか?』
「テイシア、自分の兄の『特異魔法』ぐらい知らないのか?」
『し、知りません。兄は秘密主義だったので、自分の考えすら他人に話すことはあまりないんです』
「その割には結構おしゃべりだったけどな……」
ブン、と一応ニミアムがいた場所に手を振るが、何の感触もない。
他にも手探りで色んな場所を触る動作をするが、やはりなにもつかめない。
「透明化しているわけでもないな」
時を止めている時間にも限界がある。
顔を歪めながら『特異魔法』を解くと、
肩を撃ち抜かれる。
「ぐっ――!!」
鮮血が飛び散る。
いた。
ニミアムは消えた場所から全く動いていないように見える。
おかしい。
ニミアムが立っているそこは、しっかり調べたはずだ。なのに、どうしていきなり姿を現せたり、消えたりできるんだ。
「どうなってる……。ウェンのように肉体強化系でも、カナサのように条件付きの『瞬間移動』でもない。まさか……無制限に空間を移動できる……これは完全なる『瞬間移動』か……?」
だとしたら、一体どうやって戦えばいい。
こんな『特異魔法』は反則的すぎる。
「……君の『特異魔法』は、欠陥だらけだね。……テイシアとは大違いだ……」
「なに? どういうことだ?」
「その反応、やっぱりテイシア、何も教えていないんだね? 君の真の力を」
『…………』
「テイシア、おい。どういうことなんだよ!?」
だが、返答はない。
「責めてやらないでくれないかな? あいつだって言いにくかったんだろ。まさか自分の『特異魔法』を使えこなせていないのは、君が『持たざる者』のせいだってことを――」
「なっ!」
まさか、劣化しているのか。
自分は彼女の力を存分に使いこなせていると思っていたが、それは思い上がりだったのか。
「『黄金の時間』だったかな? 劣化版の『特異魔法』で得意顔になっている君はあまりにも滑稽だ。君の脆弱な『特異魔法』ごときじゃ、僕を捉えることはできない」
「くそっ!」
時間を止める。
だが、やはりニミアムはどこにもいない。
舌打ちして、扉の前で『時間停止』を解くと、扉を開けて必死になって外に逃げる。
ここで応戦しても勝てるわけがない。
振り向いて扉を閉じようとすると、
バレーコートが降ってきた。
「ぐっ!」
閉める余裕などなく回避する。
だが、ニミアムの攻撃は一撃では終わらない。
次々に体育館の用具や、しまいには扉までもが飛んでくる。
なんとか『時間停止』を繰り返して避けているが、これじゃキリがない。
どんどんニミアムとの距離が遠くなっていく。
攻撃の機会が失われていく。
「君の『特異魔法』は視界に収めたものしか『時間停止』できない。だから、こうやって視界を覆うほどの大きな物体を投げれば君は何もできない」
突如出現したサッカーゴールを避けつつ、茂みの中に入る。
屹立する木を盾にしつつ、ポケットから取り出したのはスマホ。
周りを見渡すが、カミシメはどこかに行ったようだ。
「どこに電話する気かな? 言っておくけど、通信回線は遮断している。外に助けを呼ぶことなどできないよ。もっとも、仮に軍や警察に助けを求めることができたとしても、君の言うことなど聴いてくれないとは思うけれどね」
どうする。
自分に友人などいない。
電話を掛けられる相手などいない。
右往左往していると、頭上に飼育小屋が降ってくる。
「潰れて、死ねぇええええええええ!」
視界の隅に『彼女』は映った。そして――
ニミアムの頬に拳を思いっきり叩き込む。
一瞬で、それこそ『瞬間移動』したみたいに肉薄した。
驚愕に眼を見開きながら、ニミアムは独りごちる。
「な――んで――!?」
死角だった。
絶対に視認できない角度だったニミアムのことを、『時間停止』することに成功した。
かなりギリギリのタイミングだった。
あと数秒『時間停止』するのが遅れていたら、飼育小屋の下敷きになっていただろう。寸前で彼の時間を奪えたので、微妙に飼育小屋を落とす場所がずれたのだ。
「ば、ばかなああああああああ! どうやって僕の時間を停止させていた? あの位置で僕のことを視界に収めることなどできるはずが……」
殴られ、そして吹き飛ばされたニミアム。
グラウンドの土埃で汚れながら、睨み付けてくる。
「ああ、確かにあの角度じゃ何もできなかった。……普通ならな。だが、俺が今まで何の準備も実験もなしにこの一ヶ月過ごしていたと思ったか? あんたみたいな刺客がいつ襲ってくるかも分からないのに、自分の持っている『特異魔法』を理解するのに時間をかけていないとでも?」
手に持っているのはスマホ。
そして、視線の先にいる彼女が手に持っているのもスマホ。
彼女は友人などではない。
だが、つい最近連絡先を紹介してもらった相手だ。
つい最近、自宅前で出会った少女。
半年前助けた少女だ。
手紙の後ろに連絡先――スマホの番号が書かれていた。
今の今まで連絡しなかったが、ついに連絡を取った。
「あれは、スマホ? まさ、か?」
良かった。
最近連絡を交換した相手がたまたま同じ学校の生徒で。
ニミアムが生徒をグラウンドに集めていたおかげで、この手がつかえた。
「色々と試したんだよ、色々とな。俺の劣化した『特異魔法』が一体どれだけ応用が効くのかって。写真、画像では効果がなかった。だが、動画ならば、録画した動画ではなく、リアルタイムの動画ならば、時間を停止できることが分かった」
テイシアと一緒になって、公園や自宅で練習した日々が、今日になっていかされている。
「よかったよ。彼女の連絡先を知っていて……」
「テレビ電話を使い、別の角度から僕の視界を収めただと……? そんな使い方が……?」
そうだ。『特異魔法』は劣化しているからこそ、今みたいな奇襲が成功した。
劣化したことが、全て悪い方向に作用するとは限らない。
そして、今までの戦いで分かったことがある。
「あんたの『特異魔法』はさ、本当は『瞬間移動』なんかじゃないんだろ? さっき『投げれば』っていったな。あんたは物を投げる動作をずっとしていた。『瞬間移動』できるんだったら、そんな動きしなくていいんだ。それに、本当に『瞬間移動』できるんなら、スナイパーみたいに安全地帯から遠距離攻撃をすればいい。つまり、あんたは消えたように見えて、消えていなかった。だが、透明化する『特異魔法』でもない。それなら俺の拳があんたに当たっていたはずだ――ってことは――」
答えはおのずと絞られる。
「あんたの『特異魔法』は、物を小さくする『特異魔法』じゃないのか?」
フッ、とニミアムは鼻で笑うと、
「それはちょっと違うな。小さくするだけじゃない」
サッカーゴールが出現する。
小さくしていたものを元のサイズに戻したものだろう。
いや、違う。
「『自由の大小』」
本来のサイズよりも巨大化したサッカーゴールが降りかかってくる。
瞳で捉える。
「ぐっ!」
瞬時に『時間停止』して、ニミアムに向き直る。
だが既に、
「――消えた!?」
姿が見えない。
そして、『時間停止』を解除してもどこにもいない。
すぐに攻撃に映るかと思いきや、今度は何もしかけてこない。
不気味だ。
「これからは常に小さくなっているとしよう。眼に見えないほどにね。攻撃の威力が低くなるのは仕方がない。じわりじわりと嬲り殺してあげよう」
いきなり、腹部に銃弾がめり込む。
「うっ――」
他の物を巨大化させるよりも、拳銃を使うことに専念するつもりか。
銃弾ならば速度は変わらない。
当たる瞬間、元のサイズに戻せばいいだけなのだから。
「くそっ。これじゃこっちの攻撃が当てられない……」
踵を返して、校舎内に入る。
グラウンドのように広い場所じゃ、砂漠で砂金を探すようなもの。ある程度場所が狭くて、位置を特定しやすいところじゃなければ話にならない。
幸い、生徒全員校舎の外にいる。
戦闘の流れ弾に当たる心配もない。
校舎内で決着を着けてやる。




