『EP-00:13』-『この戦いが終わったら果たしたいこと』
裏路地。
カナサはいうことを聴かない身体に鞭打って、どうにかこうにかここまで来た。目的地は都慧学園だ。そこに行けば、必ず再戦のチャンスが転がり込んでくる。
「くそっ……この私が、『持たざる者』ごときに、二度も……」
手榴弾の爆弾を受けた身体は満身創痍。
壁に手を当てながら、ゆっくり進んでいく。
水たまりはすっかり蒸発してしまっている路地。どこか近くに水たまりでもあれば、もっと遠方に転移できるのだが、見当たらない。
と――道を複数人の男達に塞がれる。
「――っ、なんだ!?」
どうやら、待ち伏せされていたようだ。
ザナドゥ国軍の制服を着こんでいる奴らが、狭い裏路地を横に並んでいる。踵を返そうとするが、後ろにもぞろぞろと男達が姿を現す。
挟み撃ちというやつだ。
ざっと見たところ、人数は三十人以上いるらしい。
「なんだ、お前らは?」
「カナサ・イッシュ大佐ですね? あなたには命令違反、情報隠蔽の容疑がかけられています。同行願います」
「ふん。それはお前らのことじゃないのか? 王女暗殺未遂、王女誘拐について何を隠しているんじゃないのか?」
代表格の奴が偉そうに命令してくる。
どうやら、立場というものを理解していないようだ。
「あなたが知る必要はありません」
「ふざけるな! お前らは私よりも階級は下だろう! 私を捕縛する権限を、お前ら如きが持っているのか?」
「ええ、あなたより上の方の命令です。命令に従わなかった場合は、射殺しても構わないと言われています」
「私より、上だと……?」
思ったよりも軍の腐敗は、根深いものらしい。
サ、と代表格の奴が手を上げると、一斉に男達が銃を構える。今、手元にある拳銃では相手にならない数と威力だ。
「早く手を上げてください。――本当に撃ちますよ?」
最終勧告らしい。
これに従わなければ、本当に射殺されてしまうだろう。威嚇射撃をするような物言いではない。
彼らの持っている銃の銃口は間違いなく自分の身体を狙っている。
捕まったら最後、もう自由に動くことはできないだろう。
今まで通り待機というわけにはいくまい。ほとぼりが冷めるまで拘束されてしまうだろう。だが、命を喪失してしまうかもしれない現状とは比べようもない待遇だ。
どうするべきか、はっきりと眼前の奴らに答えてやる。
「嫌だね」
まるで、どこぞの『持たざる者』のような言いまわし。
無意識にこんな言葉を選んでしまうなんて。
不愉快極まりない。
「王女を救うためだけに言っているわけじゃない。私の誇りを貫くためだ。そして何よりお前らの態度が気に喰わないんだよ。手負いの人間一人を大勢で囲んで、さらには武器で脅しをかけるなんて、お前らに誇りはないのか? 明らかに今回の事件はおかしいってことぐらいお前らだって分かっているだろ? いくら上からの命令だからといって、お前ら何も思わないのか?」
「私達にだって私達の誇りがあります。上の命令に従い、素早く確実に遂行することこそが誇りです。下の人間は何も考えなくていいんですよ。あなたのように独断専行する人間は組織に混乱を招くだけの危険因子です」
「そんな誇りは最低だ。……最期にそれだけは言っておく」
「――そうですか。――全員撃て!」
瞼を閉じる。
あれだけの銃で撃たれれば、死を免れることはできない。悪あがきで銃を乱射するぐらいしかできない。だから――
「ちょっと待つアルね」
死なないとしたら、その銃弾全てを受けきれるだけの瓦礫とかが二つ同時に飛来してくるぐらいのものだ。
そして、それは実際に起こってしまった。
即席のバリケード。
瓦礫と、それから自動販売機が投げられた。
そこに軍の銃弾が乱射される。
まだ、カナサは生きている。
自分は何もしていない。
というか、今の自分にそんなことができるはずがない。
この状況下で、こんなとんでもない救い方をする奴を、カナサは一人しか知らない。
「なかなか面白いことしているアルね。私も混ぜるアルよ」
どこからか飛び降りてきたのは、信じたくはないが同じ軍人の女。
近接格闘だけならば、カナサを遥かに超えた戦闘能力を持っている人間。
「貴様――ウェン・メイユウッ!」
周囲を取り囲んでいる男達がどよめきを起こす。
奴らの差し金ではない。ということは、こいつは一体誰の味方なのか。彼女に命を救われるような、深い関わりを持っている訳ではない。
「どうして、ここに? いや、それよりどうして私を助けた?」
「ちょっと訳ありでネ。最近、私は自分より弱い奴に負けたアルが、そいつが言ってたことが気になってネ。それを確かめたかったアルよ。『誰かを守るための力』、一体それがどれほどの弱さと強さを持っているのか、それを確かめるために、私もちょっとあいつの真似事をしようと思っただけネ……」
あいつ、と言葉を発した時、少し語調を強めたように聴こえた。
それに随分穏やかに話すウェンは、昔の彼女とはまるで印象が違う。
「……噂に聞くお前とは随分違うようだ……」
「そうアルか? 私は何も変わらないアル。強くなるためだったら何だってするアルよ。ちょっと遠回りすることを覚えただけネ。いつだって、遠回りが一番の近道なのは武道も人生も変わらないアル。だったら、全力で遠回りするしかないアルよ」
「…………」
どうやら、カナサの知る人物とは全くの別人らしい。
だが、今の彼女の方が、昔よりよっぽど強くなっているような気がするのはどうしてなのだろうか。
「さて、と」
ウェンが瓦礫に手を触れると、ブースターがつく。
噴射された瓦礫は男達へと一瞬で肉薄し、
パッ! と何もなかったかのように消失した。
辺りを見渡しても、瓦礫などどこにも見えない。
そして、それを消した人物の影すら見つけ出すことができない。
この現象、どうやら考えられる限り最悪の人物がこの場にいるようだ。
「この『特異魔法』は……まさか奴がいるのか?」
「……やっぱり、そんなことだと思ったアル」
緊迫した雰囲気の中、自動販売機に拳を叩きこむ。中から零れ出したのは――お茶やら炭酸やら、とにかくそれらは――水。
「ほら、さっさと行くアル!」
「なっ、行かせるか! 総員、撃てっ!!」
ウェンが拳を地面に叩き付けると、畳を反すみたいに地面が抉れる。
底にはジェット噴射機のようなものがついていて、銃弾の雨を防いでくれる。
「確かに、水さえあれば逃げられる。だけど、お前はどうするんだ?」
「私はここでこいつらの親玉を叩くとするネ」
「な、何を言っているんだ?」
「ここまで言って分からないアルか? だったら分かり易くいってやるネ……」
なんとなくだが察しがついている。自分と一緒に逃亡すれば、二人とも捕まる可能性がある。だからどちらかが足止めしなければならないということ。つまりは――
「ここは私に任せていくアル」
ウェンが命を懸ける覚悟があるということだ。
「お前……死ぬつもりか?」
「死ぬつもりなんてないアルよ。死ぬわけにはいかない理由がある。私には、まだ果たしていないことがあるネ」
「一体、何を……?」
どんな理由があるのか、想像だにできない。
「この戦いが終わったら、私は結婚するアルよ」
「なっ――」
正気の沙汰じゃない。
というか、わざと言ってるんじゃないのか。いや、そうは見えない。ということはつまり、こいつは相当頭がおかしい奴だ。
「一対一で勝負し、負けた殿方とは結婚しなければならない。……それが私の家のしきたりアル。ここを無事に切り抜けたら、正式に結婚を申し込むつもりアル」
「……年齢的に結婚できないんじゃないのか?」
「それは扶桑国の話アル。私の国ならば、男子の結婚が可能な年齢は十六歳からアルよ。レンがうちに婿養子に来れば無問題ネ」
「そ、そうか……」
「結婚式には呼ぶアルよ。大勢で祝った方が楽しいネ」
「そうなったら、行かせてもらおう。奴の歪んだ顔を観られる気がするしな」
男達がようやくウェンの作った地面の盾を削りきって押し寄せてくるが、そんなもの間に合わない。
水溜りを使って、安全地帯まで転移した。




