『EP-00:12』-『結婚式場で爆発しろ』
待ち伏せに選んだ場所は、古びた結婚式場。
鉄の錆びたシャンデリアが吊るされていて、その下にはずらりと椅子が並んでいる。
教会のような見た目で、くすんだ色をした十字架やステンドグラスは、元々は綺麗なものだったのかもしれない。
だが、ここは使われていない。
ウェン戦と同じだ。
ひと気のないところなら、何の憂いもなく戦える。
入口は二つ。
正面玄関からか、裏口からか。
そのどちらから来ようが、すぐに対応できる場所で息をひそめる。
屋内ならば水たまりなどないし、雨が降ってきたとしても関係ない。ここならば『飛行魚』も全く機能しない。だが――
ドォンンンンンッッッッ!! と、天井が爆破される。
こんな強硬策にでてくるなど、予想していなかった。
「爆弾、か? しかもこれは――」
爆発した天井からは、どんどん水が流れてくる。
天井を水びたしにして、爆破させたのか。
「蛇口を捻ればいくらでも水はでる。むしろ、屋内の方が私にとってはホームだ。……しかし、こんなもの、本来使いたくなかったんだがな。あまり使い慣れていない武器は、プロとして使いたくないのだが……」
カナサの声が上から響いてくる。
水がこの階に広がっていき、靴も水で濡れてしまった。その瞬間――黒い物体がいきなり飛び出てくる。銃口――ではない。
「――手榴弾!!」
手榴弾は光の帯を発しながら、爆散する。
爆発する直前に、手榴弾の時間を停止させたおかげで被爆はしなかった。
爆発の余波である土埃が、足元に広がっている。
「やはり……使いづらいな。ここは使いやすい拳銃で……」
「くそっ――」
拳銃から大量の銃弾が撃たれる。
今までと違う点は、天井から零れる水があるということ。
水が転移する場所が増えたせいで、軌道がより読みづらくなった。
「くそっ! 防ぎきれない!」
目の前の銃弾を『時間停止』してもまるで意味がない。
水の中を跳弾するように転移した銃弾が、予測不能の軌道を描いて襲ってくる。
肉体が削られながらも、後方に下がる。
長机の影に隠れる。
お互いに姿が見えず、水溜まりも傍にいない。
カナサも、本来ならば即座に距離を詰めて一気に勝負を決めたいところだろうが、そうはいかない。
こちらの視界におさまれば、『時間停止』させられることが分かっている。
カナサもおいそれと姿を晒す愚行は犯さないだろう。
顎のラインを汗がなぞる。
「ここなら銃弾は反射できない。だが、天井の水が落ちれば落ちるほどに、安全地帯は減っていく……」
『一時撤退して、水気のない場所におびき出すっていうのは、どうですか?』
「そうしたいのは山々だが、出入り口に出るためには、射線上にでないといけない。逃げる前にやられる……。だから、もう……ここで迎え撃つしかない」
退路は断たれた。
カナサ攻略のために、屋内で戦うことを選択したが、完全に裏目にでてしまった。
どう戦う。
こちらは遠距離から攻撃する武器などない。
ならば、近づくしかない。
しかし、カナサは遠距離から銃を扱い、そして仮に近づけたとしても相手は即座に転移する。
策もなしに突っ込んでも、触れることすらできない。
バスの時のように、攻撃を当てられるのはあちらが近づいてきた時だけぐらいなものだが、そんなチャンスはもう二度とこないだろう。
「王女との相談は終わったか? どうやって王女を騙したのかは不明だが、貴様を捕縛して拷問すればいいだけだ……」
どうにかして隙を見つけるしかない。
探ってみるか。
「……あんた、どうして俺達を追っているんだ……。本当に王女を保護するためなのか?」
「当たり前だ。王女を助けるのは、ザナドゥ軍の仕事。扶桑国の一般人が連れまわすことの方がおかしい。何か致命的な間違いが起きる前に、さっさと貴様が降参して王女の身柄を渡してくれれば、これ以上不毛な争いをせずにすむんだがな」
「……何言ってんだ。そもそもあんたらに預けて安全なわけないだろ!? ザナドゥ軍の中には裏切り者はいないのか!?」
「……王女が来日する際のパレード……。あの時の警備は万全だった。だが、王女は狙撃されかけた。狙撃できるような高い場所は全部封鎖していたはずだった……。それに、逃げ場所もなかったはず。……それなのに、犯人は見つからなかった。これが、どういう意味か、子どもにだって分かるはずだ……」
一ヶ月前の来訪パレード。
それこそが全ての始まりだった。
王女が狙撃されかけ、犯人を追いかけようとした時、爆破事件が起きた。両国の民衆はパニックを起こした。その混乱に乗じて犯人は逃亡し、今も見つかっていない。
「やはり、ザナドゥ軍の内部に実行犯がいる? もしくは内部に協力者がいる? ……あいつもそのことに気がついたから、逃げ出したのか……」
「そう考えるのが妥当だろうな。恐らく、我が軍は完全なる白ではない。だからこそ、私は単独で、逃亡した王女様を追ったのだ。誰も彼もが敵として疑わしいのならば、私が王女を救うしかないだろ。そのために立ちはだかる障がいは全て排除すると決意するしかないだろ」
王女の『特異魔法』ならば単独で逃げることも簡単。
それを追いかけてきたザナドゥ軍の人間は全て敵に見えた。
だから、無関係である自分に助けを求めたのか。
「あんた、単独行動をとっていいのか?」
「今、ザナドゥ軍は皇子直属の部下しか動かしていない。私には待機命令がでている。だが、私には軍の大佐としての誇りがある。一度失敗した汚名は、成功をもってすすがれるのだ。上の命令を順次するだけが誇りだと思うな。自分の正義を貫く姿勢こそが、誇りなのだ」
規則を守るだけの堅物だと思っていたが、そういうわけでもない。
これなら、王女を任せてもいいのかもしれない。
「……正直、俺はあんたの考えは立場上理解できない。だけど、嫌いじゃないよ。あんたみたいに一本の筋を通すような人間は……。だけど、どうしてだ。どうして、俺達と協力してくれないんだ。あんた、仮に俺が王女を預けたとして、その後どうするんだ?」
「無論、私が保護し、王女暗殺の実行犯を突き止めよう。私一人だろうと造作もない」
「あんたが俺と協力することは、絶対ないのか? 協力した方がやりやすいはずだ」
「ないな。貴様は我が軍とは無関係の人間。信用には値しない」
「俺が王女を使って何かをするつもりだったら、とっくに何かやっているつもりだ! それでも信用できないのか!?」
「私の誇りの問題だ。扶桑国の……しかも、『持たざる者』ごときに助力を乞うなど……私の誇りが傷つくだけだ」
誇り、誇り。
カナサの口から出るのはそればばかりで、きっとそれが一番彼女にとって重要なことなのだろう。
「俺はあんたになら預けてもいいかもしれないって思った。だけど、あんたが守りたいのは自分の誇りであっても、王女ではないんだな」
「何を言っている? どちらも同じことだ」
「同じじゃない。あんたのその誇りとやらは、あんたの気紛れでコロコロ変わるような実体のない理想だ。もしも王女を救わないことこそが、あんたの誇りだと心変わりしたら、どうなる?」
「…………無論、私は自分の誇りを貫くだろう……」
そうか、やはり、そういう考えなんだな。
だったら、交渉決裂だ。
「俺はどんなことがあっても、あいつを守り抜く。それが俺にとっての誇りだ」
そう言い放った瞬間、頭上のシャンデリアが複数の銃弾によって落下してくる。
話し続けていたせいで位置を把握されてしまった。
そして角度的に銃弾が当たらないと安心していたが、こちらの肉体に直接銃弾を当てない攻撃を仕掛けてくるとは――。
「そうか。だったらその誇りもこれで終わりだ……」
『レンさんっ!!』
シャンデリアのガラスが刃のように降り注いでくる。
まさか、ここまで、ここまで――
予想通りに事が進むとは思わなかった。
思いっきり振りかぶった拳を腹に炸裂させる。
「が――にぃ――!?」
時間を停止し、一気に距離を詰めたのだ。
「どうやって、時間を――!?」
シャンデリアのガラス。
それこそが狙いだった。
こうなることを予測してシャンデリアの真下で待機し、落下させてくれるのを今か今かと待ち構えたていたのだ。
「あんたが落としたシャンデリア、それに瞳を反射させたんだよ……。あんたが水面を反射させた銃弾の射線上に必ずあんたはいるはず。だからシャンデリアとその水面を反射させれば、あんたの時間を停止させることができる」
シャンデリアの落下のタイミングを見計らって、ちょうどいい角度になった時に『時間停止』させた。
落下してくるシャンデリアは、完全に予想していたので傍に合った長机を倒して盾代わりにつかったってわけだ。
「罠にかけていたのは、私じゃなく、お前だったのか……」
そういうことだ。
瞳に映ったら時間を停止させられる。
それを知った敵のとる行動パターンは少ない。
ウェンのように強靭な肉体を持つ者はガンガン前にでてこられるだろうが、他の人間は隠れるしかない。
決定打を欠く状況になれば、周囲の物を利用するしかない。
だからこの場所を選んだのだ。
シャンデリアのように瞳を反射させられるものを。
レンは消耗が激しい。となれば、長期戦になればこちらが不利。だからこそ、敢えて場所を教えて隙をつくってやったのだ。
「じゃあな」
「ふざけるな! 私のような誇り高い者が、二度も『持たざる者』に後れをとるなど、許されることではないっ!!」
いつの間にか、水が完全に足底を湿らせていた。
水面から手榴弾が飛び出てくる。爆発寸前のそれは、防ぐ手立てなどない。きっと――レン以外ならば。
「『時間停止』……そして……」
手榴弾が爆発する直前で、手榴弾の時間を停止。
安全になったのを視認すると、出てきた場所に帰るように蹴りで押し返す。
「しまっ――」
「使い慣れていない武器といったな……。一発の殺傷力は拳銃よりも高いはずの手榴弾を、どうしてあんたが使わないのかが疑問だった。だけど、気がついたんだ。あんたが手榴弾を使った時、俺のところに巻き上がった土埃が、あんたのところまででていた。その時気がついたんだ」
手榴弾の『時間停止』を解除する。
「あんたの『飛行魚』の通り道はこちらからもアクセス可能だってな」
カナサに肉薄した手榴弾は轟音と共に爆発する。
「だからあんたは自分の手元に戻ってこない拳銃を愛用していたんだろ? 最後の最後に爪を誤ったな。まあ、移り気なあんたらしい負け方だったな……」
「く――そっ……」
黒煙を分けるように上げていたカナサの手が、水しぶきを上げて床に落ちる。
どうやら気絶したようだ。
『……これから、どうしますか?』
「学校に戻ろうと思う。あいつが本当に安全かどうか確かめるために」




