『EP-00:11』-『血だまりに反射するのは』
そして、停止した時間から一ヶ月後。
今、ここに二人で一人の人間は対峙している。
二人を融合させた引き金となった敵の前に。
「そういうことか……。どんな甘言で王女を騙したかは知らないが、貴様を痛めつければ王女は姿を現すということでいいのか?」
「そうかも――な!」
くるりと踵を返す。
くそっ、という悪態とともに、後ろから銃弾が連射される。
『な、なんで逃げるんですか!? 全開放したら戦うんじゃ――』
「全開放したからこそ、逃げられるんだよ。あの手数の多さと正面からぶつかるよりは、逃げた方が得策だ! 銃弾を反射することのできない……水面がない場所を探すんだ! それに――ウェンの時と違って、今度はこっちの方が身体能力は上だ! 今度こそ逃げまくってやる」
走りながら後ろを振り返ると、やはりぐんぐん距離を引き離している。
河原をでて、小道がなくなると大通りにでる。
街中の中を走っていると、
「なんだ、なんだ」
「おい! あぶねぇだろうが!」
と、非難めいた声が響く。
速めの昼飯タイムなのか、人の姿がちらほら見えてくる。
「くそっ、人が……」
邪魔な人垣を避けるため、歩道橋の階段を駆け上がっていく。
下から見上げたら時にはカナサのそれらしい影はなかった。しかし――
「だが、私には『飛行魚』がある」
歩道橋の上には水たまりができていた。
先回りされ、拳銃をつきつけられる。
「ぐっ……!」
バン、バン、と発砲が虚空に木霊する。
「きゃああああああああ」
近くにいた女性が悲鳴を上げる。
脇腹から大量の血が流れだした。
「人ごみを盾にすれば私が撃たないとでも……? 私の射撃の腕ならば、いくら人がいようが関係ない。貴様のような卑怯な手しか使わない奴は、ここで蜂の巣にしてやる」
二挺とも弾切れになったのか、水たまりに拳銃を落とす。
カナサは最後までキッチリと使い切ってから次の拳銃を使う癖がある。
それに、規則正しく交互に銃を撃つ癖もある。
だが、そこに僅かながら隙ができる。
本当に間隙なく攻撃したいのなら、例え片方の拳銃の弾丸を使い切らずとも、交換した方がいい。交換している内に、片方の拳銃で撃ちっぱなしにすればいいのだ。
「卑怯な手? だったらもっとその期待に応えてやろうかな」
「なにを……?」
グラリ、と身体を後ろに傾ける。そして、そのまま――
歩道橋の空を仰ぎ見ながら、ひっくり返る。
重力の法則に従い、自然落下していく。
ポケットの中からスマホを取り出し、そして真っ黒な画面に映し出されたのは自分自身の左眼。黄金色に輝くそれと、下を走ってくる車。
両方を見つめ、時間を計算し、自分自身の時間を『二秒間だけ停止』させる。
そして計算した時間が過ぎ、レンの身体は時間を取り戻すと、
「――ぐっ」
ぴったりのタイミングで、走行していたバスに飛び移ることに成功した。
バスのでっぱりに手をかける。
常識はずれの握力でしがみつく。
「あっぶねええええええええ!!」
『でも、血が……』
ボタボタと落ちる血。
撃たれたところが、めちゃくちゃ痛い。バスに落下した衝撃で、さらに傷口が開いてしまったらしい。
「ああ、でもしばらくは追ってこれない。周りに水たまりは見えないし、それに瞬間移動したとしても、この速度に追いつける訳もない。だから――」
傷口の時間を停止させれば、この血も止まる。だけど――
「だから、どうした?」
バスの上にカナサが出現していた。
二挺の拳銃の乱れ撃ちによって、皮膚が穿たれる。
「がああああああああ!!」
『レンさん!』
どういうことだ。
バスには水たまりなんてなかった。それなのに、ここに移動しているってことは、発動条件は水じゃないのか? いや、しかし、よく見ればレンが立っているところに、水はちゃんとあった。さっきまではなかったものが、そこにはできていた。
「まさか、俺の血だまりから瞬間移動して……」
そんなことまでできるのか。
「血だろうが、液体ならばどこへだって私は瞬間移動できる。逃げたつもりだったろうが、逆にここならば逃げ場がないな」
「ぐっ――」
こうなったら、このバスから飛び降りるしかない。
だが、
「おっと、顔を上げないでもらおうか」
それを素直にさせてはくれない。
至近距離から肩を撃ち抜かれる。
「ぐっ!」
「貴様の『特異魔法』……。確かに強力だが、弱点がないわけではないな。眼帯を常につけていたのは、魔力消費量を少なくするため。お前の身体が、王女の魔力についていけないためではないのか。つまり、長時間の連続使用が難しいため? 当たりか?」
大当たり。
使っている間、肉体的にも精神的にも結構しんどい。
「それに、貴様が本当に『時間停止』の『特異魔法』を万能に使えたのなら、もっと傷を負わないでいられたはず。銃弾をそこまで受けるということは、発動条件がある。例えば――」
カナサは二挺拳銃をただ連射していただけではない。
身体を万遍なく撃つことによって、反応速度を見極めていたらしい。それは――
「その左眼で捉えたものでしか『時間停止』の魔法をかけることができるとか?」
仮説が的中するぐらい正確な見極めだった。
王女の左眼で捉えたものしか、『時間停止』はできない。
「つまり、こうしてバスの天井に這いつくばっている状態では、お前は何もできないとういことだ。こんなことをしても! こんなことをしても!」
背中を数発撃たれる。
「がっ あ、がああああああああああああっ!」
「妙なことは考えるな。お前が上を向いたら、即座に頭をぶち抜く。どうやら回復能力も尋常ではないほどに跳ね上がっているようだが、頭をぶち抜かれればゾンビだろうと死んでしまうだろう」
「くそっ……」
「貴様は私のプライドを傷つけた。ならば、ただ殺すだけではなく嬲って殺してやろう」
身体を動かすことすらできない。
動いた瞬間撃たれる。
しかし。だったら、動かずに――
カナサの時間を停止させればいいだけだ。
カナサが停止している間に、血液を靴底で散らす。
それだけで、彼女はここに瞬間移動はできないはずだ。
走る最中、小さな水たまりはあった。だが、そこから瞬間移動してくることはなかった。つまり、自分の身体の横幅よりか狭い水からは瞬間移動できないということだ。
そして、カナサの身体を、肩で突進するようにしてバスから落とす。
瞬間、彼女は自身の時間を取り戻す。
「…………がっ! 馬鹿な――! こいつに私を視ることはできなかったはず――」
バスの後方車両のフロントガラスに激突したカナサ。
身体が埋まっているが、エアバックとかで命は助かっているように見える。
周りの車と一緒に、バスも異常に気がつき急停車する。
「おい! 貴様!」
「待ちなさい!」
カナサから一刻も早く逃げ出そうとするが、周りの車から出てきた大人達が立ちはだかる。
説明している暇はないので、時間を少しの間だけ停止させて脇をすり抜ける。
『ど、どうしたんですか? どうやって、時間停止させたんですか?』
「あいつの戦い方をまねたんだよ。ぶっつけ本番だったがうまくいった……。俺も血だまりを使ったんだよ。血だまりに映っていたアイツに向かって、時間を停止させた。時間を止められたあいつは、前方不注意でブッ飛ばされたって訳だ……」
直接見なくとも、条件が揃えば対象の時間を止められる。
色々試していたが、血は初めてだった。
それを知れたのは僥倖だったな。
「さて、と。問題はここからだ。奴がまだ追ってくるなら、どこで迎え撃つか。それが勝負の分かれ道ってとこだな……」




