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『EP-00:10』-『籠の中の小鳥と温かな融合』

 一ヶ月前。

 眼球を抉られたレンは、銃声を聴いた。

 終わりを告げるその音を最後に、死を覚悟した。

 実際、世界は死んだように、無音だった。だが、

「…………え!?」

 気がつけば無音どころの話ではなかった。

 全てが静止していた。

 銃口から離れた銃弾が、中空で停止していた。

 額に風穴を開ける寸前で、凍結されている。だが、銃弾だけではない。周りの景色全てがセピア色になって、生命の鼓動を感じなかった。

 銃を発射した女も止まっている。

 冗談やドッキリで、こんな芝居に付き合うような女性には見えない。

 もしも、これが死後の世界じゃないとしたら……。ここがまだ自分が生きていた世界だというのならば、話が違ってくる。こんなことができるのは、『特異魔法』しかない。それも、とんでもない魔力を内包した人物。それは――


「すいません。予断を許さない状況みたいだったので、勝手に時間を止めちゃいました」


 ギョッ、と目を剥く。

 後ろで気絶していた王女だった。

 ちょろっと、舌を出し、軽口を叩く彼女は可愛いが、一体全体これはどういうことなのか。

「おい! これは、あんたのやったことなのか?」

 停止した世界。

 そこで動くことができているのは、今たった二人だけだ。

 少なくとも、レンの視界に映る範囲ではそうだ。

「そうです。すいません、ついさっき起きたばかりでして……。もっと早く意識を取り戻せていたら、あなたがそんな傷を負うこともなかったのに……」

「いや、それはいい。それはいいが、眼球に……痛みがない……? どうして?」

 左眼に手を当てる。

 だが、どうしたことか、左眼の激痛が綺麗さっぱり消えている。

「あなたのその左眼だけ、時間を凍結しました。それで痛みを感じないはずです」

「……そんなこともできるのか。なんか……自分の左眼の感覚がなくて、ちょっと気持ち悪いな……」

 この感覚には慣れそうもない。

 そうやって、恐る恐る左眼の眼球に手を触れていると、

「――提案があります」

 重々しくテイシアは呼気を吐き出す。

「どうしたんだ?」

 ふぅ、と自身を落ち着かせるように、もう一度息を吐くと、


「私があなたの左眼になっていいですか?」


 たった一言だけだが、とんでもない提案をしてきた。

「……どういうことだ?」

「今日初めて会ったあなたにこんなことを頼むのは、図々しいでしょう。そんなことは百も承知ですが、私は今何者かに追われています。だから、助けてくれないでしょうか? 目的は私の『特異魔法』が関係していると思いますが……」

「助けることには助けるつもりでいるが……。『特異魔法』っていうのは、この?」

「ええ。『時間を支配できる』……それが私の『特異魔法』です。年々魔力が増大すると共に強大になってきた私の『特異魔法』に危機を覚える方が、どうやらたくさんいらっしゃるようです」

 時間を停止できる。

 暗殺なんかにはもってこいの『特異魔法』だ。

 本人にその意思はなくとも、肉親を人質にとられたらどうだ。人質の所在を隠し、脅しつければ時間停止の『特異魔法』も意味はなさないだろう。

 組織のトップを苦も無く殺せそうだ。

「確かに、使い方によってはとんでもないな、この『特異魔法』は……。戦争の引き金になってもおかしくない」

「その通りです。強大な『特異魔法』は、強大な武器と同じです。強大な『特異魔法』保持者は、そこにいるだけで他国への抑止力となると同時に、戦争への引き金にも変わってしまう」

「危険なものは排除するって、誰もが思うもんな。それで、あんたが自国を離れた好機を狙ったってわけか。それにしても……。どうしてあんた、この国に来たんだ? もっと護衛が大勢いる自分の国にいれば、安全だったろうに……」

 テレビのニュースで放映された時からの疑問をぶつけてみた。

 眼前の王女様は、こういった軽率な行動は今までなかったはずだ。

「私はずっとこの国に来てみたかったんです。私の国にはない文化がたくさんある。それを自分の眼で見て、聴いてみたかった……」

「つまり、観光か……」

 何をいうかと思いきや。

 籠の中の小鳥さんは、お外ではばたいてみたかったのか。

 ただそれだけの理由でこの扶桑国に足を運んだのか。

 随分と頭の軽い小鳥のようだ。

「それに、私達の国が扶桑国にしてしまった過ちがどんなものか、眼に刻みこむために……」

「は、はあ!? あんた、そんなこと言っていいのか?」

 そんなこと、口が裂けても言ってはいけない。

 特に扶桑国の人間にそんなことを口走ったらどうなるか。いくら王女といえども、いや王女だからこそメディアに吊し上げられるかもしれない。

「立場上許されるような言葉じゃないことは分かっています。私のこんな性格を知っているから、公に発言できるような場所に立たされたことはあんまりないんです……。だけど、今ここには、あなたと私しかいません……。王女だって、たまには本音で喋りたくなる時だってあります……。それに、あなたは他の人に漏らしたりしないでしょう?」

 そんなことを言われたら、何も言えなくなる。

 王女というのだから、もっと偉ぶっている奴だと思っていた。

 ザナドゥ国の人間は、もっと扶桑国の人間を見下しているかと思っていた。

 だが、少なくともこいつは対等に話そうとしてくれている。

 何の魔法も使えない『持たざる者』に対して。

「……あんた、随分変わっているな」

「よく言われます……。ですが、あなたもそう言われるのでは?」

「あ、ああ。よく分かったな」

「だって、あなた私のこと嫌いなのに助けてくれましたよね? それってやっぱり変ですよ」

「…………どうして、分かった?」

 嫌悪しているなんて、一言も口走っていないはずだが。

「態度で丸わかりです。私のこと、もっと言えばザナドゥ国そのものに恨みを持っているような気がしましたが……」

「まあ、な。だけど、そんなことは今関係ない。俺はあんたを守りたいって思ったんだ。自分でもよく分からないけど、あんたの涙を止めたいって衝動にかられたんだ……。だから、協力できることならなんでもしてみせる」

「『なんでも』……その言葉に偽りは?」

「――ない」

「……でしたら、お願いがあります……」

 念入りに訊き過ぎではないのか。

 そこまで危険な橋を渡らせようとしているのか。だが、


「私と一緒になってください。肉体をまじらわせてください」


 テイシアの発言は予想の斜め上をいきすぎた。

「…………は? そうか、ザナドゥの女は結構すすんでいるんだな……」

「なっ――そういうことではありません! あなたの身体をちょっとお借りしたいと言っているんです! どう聞いたら、そんな誤解をするんですか!? あなたの身体と私の肉体を融合させれば、あなたのその左眼もある意味では復元できます! それに、私の『特異魔法』を使えることだって!」

「――な――。そんなこと、可能なのか?」

 いくら魔法でも、そこまで万能ではないはず。

 人間と人間が融合なんて、そんなの『特異魔法』でしかありえないはず。

 だが、彼女の『特異魔法』は『時間停止』なはずではないのか。

「できます。私には王族の血が流れていますから、それぐらいのことだったら。――それに、あなたの身体を隠れ蓑にすれば、時間が稼げます。あなたには王族の魔力が通うことと、私の肉体と融合することで常人を超えた身体能力をも手に入れることもできるでしょう。……ですが、あなたにも危険が及びます。それでも――」


「それでも、いいよ」


 テイシアの言葉を継ぐ。

「どうせ顔ばれしているんだ。だったら、あんたを置いて一人で逃げようが、あんたと融合しようが関係ない。どっちも同じだったら、お互い力を合わせるっていうのも悪くはない案だな」

「…………扶桑国に来てから、色んな収穫がありました。風土や文化の違い。両国間の確執。部屋に引きこもっているだけでは分からなかったたくさんのものが見えてきました。ですが……」

「ん?」


「あなたと会えたことが、この国に来た一番の収穫です。本当にありがとうございます」


「……ふん」

 目線を逸らして鼻を鳴らす。

 そんなこと言われても、何もでやしない。

「それじゃあ、いただきます」

 テイシアはパシン、と何故か両手を合わせる。

「え?」

 グイッ、と引き寄せられると思ったら、後ろに倒される。こけさせるために、足首に足をかけられる。柔道の投げ技の要領だ。

「うおっと!」

 もろに後頭部を地面にぶつけられ、砂利にこすられて痛い。

「な、なにを――」

「わ、私だって恥ずかしいんです! 目を瞑っていてください!」

 そして、


 強引にキスをされる。


 覆いかぶさってしまって、髪の毛が流れているせいで表情が分からない。

「――んぐっ」

 塞がれた口から、何か温かいものが流れ込んでくる。

 これは魔力か。

 ぼんやりとだが、二人の身体が光りはじめる。

 そして時とともに、光が段々強くなっていく。

 これはきっと、融合するのに必要な儀式だ。だったらもう少し事前に言ってくれればいいのに、彼女は顔を赤く染めたまま目を瞑っている。

 温かな渦が口を中心に全身を回っていく感覚がする。

 意識が薄くなっていく。

 まるで停止した世界で、自分達をも停止したような気さえしてくる。

 そんな永遠のような時間を感じながら、ゆっくりと二人は一人になっていた。

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