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第11話 黒い半球 挿絵有り

 橋の欄干が、片側だけなくなっていた。


 レイラは手前で車を止めた。

 アレクが下りる。


 川は浅かった。水の中に、折れた木の柱が二本落ちている。

 橋の板へ足を載せると、靴の下で小さく軋んだ。


「板、沈まない? 車を載せても平気そう?」


「今のところはな。真ん中なら通れそうだ。俺、向こうで見てるから、ゆっくり来てくれ」


 アレクは橋の向こうまで歩き、振り返った。


 レイラが車を進める。

 車輪が板を踏む音を聞きながら、アレクは欄干の折れ口を見た。


 木が、川の方へ裂けていた。


 助手席へ戻り、膝の上に地図を広げた。橋の印の横へ、欄干なし、と書き足す。

 レイラは、渡ってきた橋へ目を向けた。


「帰りも真ん中を通るわ。対向車が来たら、渡る前に待たないとね」


「それも書いとく。……思ったより、書くことが多いな」


「道があるだけじゃ、車は通せないもの」


 橋の先で、道は細くなった。


     *


 崩れた坂は、話に聞いた通りだった。


 土が道路へ流れ出し、片側の轍を埋めている。

 レイラは速度を落とした。


 アレクは窓から身を乗り出しかけ、やめた。

 車を止めてもらい、今度も歩いて先を確かめる。


 木の枝。

 細かい石。

 水を含んだ土。


 向こうまで、車輪の跡が続いていた。


「俺たちだけなら通れるだろうけど、荷を積んだ車だと、きつそうだな」


「車輪が土に取られそうね。帰ってから伝えよう。荷を減らして何回かに分ければ通れるかもしれないけど、雨が降ったら、それも難しいと思う」


「それなら、この土だけ退けとくか? 脇へ寄せるくらい、すぐ済むぞ」


 レイラが斜面を見上げた。


「待って。上も崩れそうよ。下の土を取ったら、残ってるところまで落ちてこない?」


 アレクも顔を上げた。


 斜面の途中に、細い亀裂があった。

 露出した木の根が、土を抱えている。


『ほれ、魔術を使わん者の方が、よう見とる。直すなら上の土から調べねばならんぞ。道を見に来て、道に埋まってどうする』


「……はいはい。崩れかけ、っと。直せそうだからって、触りゃいいわけじゃねえのな」


 アレクは地図へ、もう一つ印を付けた。


 陣を描かずに、鉛筆を動かす。

 どうにも、手持ち無沙汰だった。


     *


 分かれ道の先には、草が生えていた。


 車の腹へ擦れるほどではない。

 それでも、街道より通る者が少ないのは分かった。


 レイラが、木の陰へ車を入れた。

 車体の振動が止まる。


「ここからは歩こう。車は帰る方へ向けておくね。あとで、この狭いところで切り返したくないから」


 アレクは袋を肩へ掛けた。

 レイラも工具袋を持とうとしたが、少し考え、小さな工具と布だけを腰の袋へ移した。


 細い道が、木々の間を上っている。


「こんな道、よく覚えてるな。前にも来てたのか?」


「お父さんと、何度かね。最初は、道の曲がり方なんて見てなかったけど」


 レイラは前を見て答えた。


「ここまで来れば、何か分かるかもしれないって。壁の様子が変わってたり、誰かが外へ出てきてたり……そういうのを、探しに来てたの」


「……そうか」


「でも、毎回同じだった。見えるだけで、何も分からなかった。帰り道ばかり、覚えちゃった」


 足元で、乾いた枝が折れた。


 アレクは何も聞かなかった。

 レイラも、それ以上は話さなかった。


 坂を上り切ると、石で組まれた低い台があった。

 屋根はない。朽ちた柱だけが、四隅に残っている。


 レイラが台へ上がった。


 アレクも続いた。


 枝の間から見えていた空が、開けた。


     *


 黒いものが、そこにあった。


 最初は、山だと思った。


 けれど、山の稜線はその手前で途切れていた。

 森も、畑も、細く光る川も。


 何もかもが、黒い縁で切れている。


 アレクは顔を上げた。


 なだらかな曲面が、空へせり上がっていた。

 その頂は遠く、左右の端は丘と森の向こうへ続いている。


 壁ではなかった。


 大地に伏せられた、巨大な半球だった。


挿絵(By みてみん)


 朝日が当たっているはずなのに、明るいところがない。

 雲の影も映らない。

 表面の凹凸さえ、見つけられなかった。


 アレクは目を細めた。


 奥行きが分からない。

 黒い面を見ているのか、何もない穴を見ているのか。


 風が、草を撫でた。

 すぐ近くで、鳥が鳴いた。


 それだけが、妙にはっきり聞こえた。


「……あの中か」


 レイラが頷いた。


 指で、川の曲がる場所を示す。


「線路は、あそこを通ってた」


 アレクは目で追った。


 川沿いに、細い土手が伸びている。

 草に埋もれたそれは、黒い縁へ行き着いたところで消えていた。


 駅があった。

 その先に道があった。

 母と車に乗って、館へ向かった。


 頭の中では、まだ繋がっている。


 ここからは、その続きが見えなかった。


     *


 胸ポケットが、動いた。


『アレク』


「……分かってる」


 袋へ手を入れ、地図を出した。

 折り目を伸ばす。


 丘の位置。

 川。

 昔の線路。


 鉛筆の先を紙へ置いたが、すぐには動かせなかった。


 レイラが、台の端へ屈んだ。


「下、見て」


 アレクも膝をついた。


 壁の手前に、道がある。

 かつては線路沿いに続いていたらしい。


 その上を、灰色のものが動いていた。


 一匹。

 少し離れて、三匹。


 長い前脚を使い、腹を低くして進んでいる。


「……いるな」


 アレクは地図へ位置を記した。


 レイラが腰の袋から、短い筒を取り出した。

 両端を引き伸ばし、片目へ当てる。


「それ、望遠鏡?」


「宿の主人に借りてきたの。遠くから見るんだから、あった方がいいと思って」


 少し覗いてから、アレクへ渡した。


 灰色の背が、大きくなった。


 首の横にある赤い裂け目。

 その奥が、ゆっくり膨らんでいる。


 昨日、切り開いた体の中にもあった。


 魔力を溜める袋。


 アレクは筒を動かした。


 道の脇に、黒い影が立っていた。


     *


 人のような形だった。


 肩からほどけた靄が、脚へまとわりついている。

 灰色の一匹が、その足元で止まった。


 黒い腕が、下りた。


 指先が、赤い裂け目の中へ入る。

 灰色の体が、小さく震えた。


「……爺さん」


『見とる』


 裂け目の膨らみが、しぼんでいった。


 代わりに、黒い腕の輪郭が濃くなる。

 細く揺らいでいた肩が、はっきりした形を取り始めた。


 灰色の一匹が離れた。

 次の一匹が、その前へ進む。


 同じことが、繰り返された。


「あいつ、魔物から吸い出してるのか? 腹の袋がしぼんだぞ」


『うむ。しぼむたび、あやつの体を巡る魔力が増えとる』


 アレクは望遠鏡を下ろした。


 胸ポケットの白いネズミも、道を見ている。


『昨日、腹を開いて見つけた袋じゃ。あれに溜めて運ばせ、自分のところへ戻ったら取り込む。ずいぶん働き者の手下を持っとるのう』


「……じゃあ、人を襲うのも、こいつに持って帰るためかよ」


『そのための魔物かもしれん。じゃが、今取り込んだものをどこで集めたかまでは、ここからは分からんぞ』


 レイラが、アレクの手から筒を受け取った。


 覗いたまま、口を結ぶ。

 しばらくして下ろした時には、指が筒を強く握っていた。


「昨日の群れも、逃げた分は、こうやって戻っていったのかな」


「どうだろうな。あの黒い奴と一緒に来てたから、そこで渡すつもりだったのかもしれねえ。……どっちにしろ、放っとけば次はもっと溜めて戻ってくるんだろ」


 アレクは地図の端へ書き込んだ。


 灰色、四匹。

 黒いもの、一体。

 魔力を渡しているらしい。


 最後の言葉だけ、書き直した。

 見えたことと、そう思ったことを分ける。


 モルデカイは、帰って話せと言った。


     *


 黒いものは、半球の方へ顔を向けた。


 アレクも、その先を見る。


 黒い面には、何も起こらなかった。

 穴も、扉もない。

 灰色のものがどこから来たのかも、この丘からでは分からなかった。


「もう少し、下から見れば……」


「アレク。約束したの、ここまででしょ」


 レイラの声がした。


 アレクは振り返った。


 レイラは望遠鏡を縮めていた。

 腰の袋へ収める。


「私も気になるよ。でも、下まで行って何かあったら、車へ戻れない。道のことも、今見たことも、誰かに伝えないといけないでしょ」


 アレクは黒い半球へ目を戻した。


 母の顔が浮かんだ。

 祖父の声。

 兄の、肩へ触れた手。


 鉛筆を握る指へ、力が入った。


『お主は、まだ何度でも来られる。今日一度で、十年分を確かめようとするでない』


 アレクは息を吐いた。


「……分かった。今日は戻る。これ、持って帰らねえとな」


 地図を畳んだ。


 立ち上がらず、台の陰へ下がる。

 上ってきた道へ、足を向けた。


 その時、胸ポケットから鋭い声が来た。


『止まれ』


     *


 アレクはレイラの腕を引いた。


 台の奥へ、二人で伏せる。


 さっきまで頭があった場所を、石が通った。

 朽ちた柱に当たり、木片が飛んだ。


 アレクは台の縁から、道を見た。


 黒いものが、こちらを向いていた。


 足元の灰色が、散る。

 黒い影だけが、斜面を上り始めた。


「なんで、ここが……」


『こちらを探る魔力が来た。お主の中身を見つけたんじゃろう』


 アレクは奥歯を噛んだ。


 自分から、大きな魔術を使ったわけではない。

 それでも、見つかる。


「レイラ、先に車へ戻れ。俺もすぐ行く!」


 レイラへ言った。


「あなたは?」


「ここで二人とも止まってたら逃げられねえ。エンジンをかけて待っててくれ。追いついたら、そのまま乗る!」


 レイラは坂の方を確かめ、頷いた。


 アレクが手を上げる。


「阻め」


 指先の円が滑った。

 外周を巡り、次の陣を描き上げる。


 台の上へ、薄い力場を斜めに張った。


 飛んできた砂利が、その面を滑る。

 頭上を越え、背後の木へ当たった。


 レイラが走った。


 アレクも、台から下りる。


     *


 坂を駆け下りる途中で、道が盛り上がった。


 アレクは木の幹へ手を掛け、体を横へ逃がした。

 土が噴き上がる。


 細い根が、切れる音がした。


「こっちだ、馬鹿!」


 黒い腕が、木々の向こうで伸びた。


 アレクは掌を向けた。


「退け」


 小さな陣が二つ、幹の間へ開く。

 繋がった光の線を、魔力が走った。


 空気が押し出された。


 黒い腕が散った。

 枝が揺れ、葉が舞う。


 止まったのは、一瞬だった。


 靄が繋がり直す前に、アレクは走った。


『大きく組むな。道を空けるだけでよい』


「分かってる!」


 木の間から、車が見えた。


 車は、来た道へ鼻先を向けていた。

 レイラが助手席の扉を押し開けている。


「乗って!」


 アレクは飛び込んだ。


 扉を引くより早く、車が動いた。


     *


 窓の外を、枝が流れた。


 アレクは後ろを見た。


 黒い影が、道へ出てきている。

 脚が地面を蹴ったようには見えなかった。

 靄を引きながら、車との距離を詰めてくる。


 アレクは窓から腕を出した。


「阻め」


 車の後ろに、陣を置く。

 次の陣が、その外側を巡った。


 道幅を塞ぐ力場が、一枚。


 黒いものが、そこへぶつかった。


 光が歪む。

 細い指が、面へ沈んだ。


 アレクはすぐに、魔力の繋がりを切った。


 陣が消える。

 黒い指が、空を掴んだ。


『吸われる前に離す。今のでよい』


「長くは止められねえぞ!」


「曲がる!」


 レイラが叫んだ。


 アレクは腕を引き、座席へ掴まった。

 車体が傾く。


 窓の向こうを、土の槍が通り過ぎた。


 曲がらなければ、車の腹へ刺さっていた。


 レイラは道の端へ寄せ、すぐに中央へ戻した。

 ハンドルを握る指が白かった。


「次、崩れた坂!」


 アレクは前を見た。


 朝、鉛筆で印を付けた場所だった。


     *


 レイラが速度を落とした。


 車輪が、残っている轍へ入る。

 斜面の土を避けながら、車がゆっくり進んだ。


 アレクは後ろへ体を捻った。


 黒いものが迫っている。

 肩から伸びた靄が、二本の腕よりも広く道を覆っていた。


 止まって戦えば、追いつかれる。

 車を降りれば、レイラも止まる。


「爺さん、あの根」


『見えとる。一本だけでは足りんぞ』


 アレクは窓から指を向けた。


 露出していた根の下へ、小さな陣。

 その左右に、もう二つ。


 細い線が繋がる。


 朝は、触らずに通った場所だった。


「レイラ、抜けたら踏め!」


 レイラは前を見たまま頷いた。


 後輪が、土の山を越えた。


「今!」


「崩れろ」


 斜面の根が、弾けた。


 土が落ちた。

 抱え込まれていた石が転がる。


 アレクは車の後ろへ、もう一枚、力場を張った。

 飛んできた小石を弾く。


 背後で、重い音が続いた。


 黒い影が、土煙へ隠れる。


挿絵(By みてみん)

 車が速度を上げた。


 アレクは、窓の向こうを見続けた。


 何かを倒した手応えはなかった。


 それでも、道が見えなくなるまで、黒いものは出てこなかった。


     *


 橋へ着くと、レイラはまた速度を落とした。


 車輪が、真ん中の板を踏む。


 アレクは後ろを見ていた。

 掌の中に、小さな陣を残す。


 一枚ずつ。

 必要になったら、すぐ広げられるように。


 橋を渡り切った。


 木々が減った。

 畑が見えた。


 レイラが、長く息を吐いた。


「……もう、来てない?」


『今のところはの』


「今のところ、だって」


 アレクが伝えると、レイラは頷いた。

 速度は落とさなかった。


 アレクは陣を解いた。


 袋の上へ、掌を置く。

 指先が少し震えていた。


「さっき、下で音したよな。車、大丈夫か? 俺が余計なもん吹き飛ばして、巻き込んだとかじゃねえよな」


「石に当たったのは分かったけど、今は止まりたくない。ハンドルも利くし、変な振動はないから、このまま宿まで戻る」


「壊れてても、直せるか?」


「見ないうちから、直せるとは言えないわよ。……でも、車の心配ができるなら、少しは余裕が出たのね」


 少し間を置いて、レイラが言った。


「あなたは、どこか痛くない? 走ってるところ、こっちからは見えなかったから」


「ぶつけてねえよ。ちょっと魔力を使っただけだ。……あと、腹が減った」


 レイラは、笑わなかった。


「じゃあ、帰って食べよう。食べながら、ちゃんと話して。平気ってひと言で済ませないでね」


「ああ」


     *


 集落の門が見えた時には、日が高くなっていた。


 門番が車へ気づき、内側へ声をかける。

 閂が外される音がした。


 車が止まると、アレクは扉を開いた。


 足を下ろす。

 今度は、自分で立てた。


 モルデカイが、食堂から出てきた。

 マリアも、その後ろにいる。


「戻ったな。二人とも、怪我はないか?」


「俺は平気。レイラも、ぶつけたりはしてねえはずだ」


 レイラも頷いた。

 モルデカイは二人の顔を見た。

 次に、泥の付いた車体へ目を向ける。


「車の泥を見るに、道を眺めただけでは済まんかったようだな。何があった?」


「丘の下に、昨日と同じような黒い奴がいた。帰ろうとしたら見つかって、追ってきやがった」


 マリアの足が止まった。


「途中で道を塞いで、引き離した。ここまで追ってくる気配はなかったけど、倒したわけじゃねえ」


 モルデカイは門番へ顔を向けた。


「今の話は聞いたな。車の来た道を、特によく見とけ。何か見えたら、確かめに出る前に知らせろ」


 短い返事があった。


 アレクは袋から地図を出した。

 折り目を伸ばし、モルデカイへ渡す。


「橋は通れる。欄干が片方ないから、真ん中を通れって。坂は……」


 言葉が止まった。


 レイラが隣へ来た。


「崩れて、塞がったわ。逃げる時に、アレクが落としたの」


 モルデカイは地図を見た。


 朝、付けた印。

 その横に、アレクの字が増えている。


「そこはあとで詳しく聞く。丘で見たのは、その黒いものだけか?」


「魔物が四匹いた。腹に溜めた魔力を、順番にそいつへ渡してたんだ。少なくとも、俺たちにはそう見えた」


 モルデカイの目が、紙から上がった。


「そうか。なら、見た順に聞かせてくれ。二人とも、中で座れ。話の途中で倒れられても困る」


     *


 食堂の卓に、地図が広げられた。


 アレクが話す。

 レイラが位置や時間を補った。


 魔物がいた場所。

 黒いものが立っていた場所。

 追われ始めた丘。

 塞いだ坂。


 モルデカイは途中で一度だけ、数を聞き直した。

 あとは、最後まで黙っていた。


 話し終えると、鉛筆を取った。


 迂回路の上へ、線を引く。

 一本では薄く、もう一度なぞった。


「この道は、使わせられんな」


 アレクは、その線を見た。


「……悪い。逃げるためとはいえ、使えるかもしれねえ道を、俺が塞いじまった」


「その先に魔族がおったんだろう。お前らが逃げ切れん道へ、荷を積んだ車を通せると思うか?」


「そりゃ、無理だろうけど……」


「なら、坂のことはあとだ。道を直した挙げ句、次の御者を餌にしてはかなわん」


 モルデカイは鉛筆を置いた。


「まず港へ知らせを出す。この道へ荷を回すな、黒いものが魔物と一緒におる、と。送り出す前に止められる車が、まだあるはずだ」


「でも、昨日の道も駄目で、こっちも駄目なら、次の荷はどうやって届けるんだ?」


「荷を積み替えれば通れる道がないか、別の集落から回せないか。港の者とも相談する。今ここで、私一人が決められることではない」


 モルデカイは地図の別の道へ目を向けた。


「お前らが見てきたことを伝えれば、向こうもそれを踏まえて考えられる。分からんまま人と荷を出すより、ずっとましだ」


 アレクは椅子へ腰を下ろした。


 ようやく、肩の袋を下ろす。


 卓の端へ、小さな皿が置かれた。


 パンが一つ、載っている。


「お兄ちゃん、食べる?」


 マリアが、こちらを見ていた。


 アレクは頷いた。


「食う。ありがとな」


「レイラお姉ちゃんのも、あるよ」


 マリアはもう一つの皿を取りに、台所へ向かった。


 モルデカイが、帳面を開く。


「今日の分は、約束通り払う。レイラさんの分も、もちろんだ」


「いいのかよ。通れる道を見つけるどころか、塞いで帰って来たんだぞ、俺」


「何度言わせる。通れんと分かれば、そこへ人を出さずに済む。お前は見て、覚えて、帰って報告した。頼んだ仕事は済んどる」


 太い指が、地図の丘を叩いた。


「それに、お前らが戻らんかったら、同じ道へ探しに人を出すところだった。そっちの方が、よほど高くつくわ」


 アレクは、帳面をめくる太い指を見た。


「……なんでも勘定にするんだな」


「商人だからな。お前は今のうちに食っとけ。腹が鳴るたび、話が止まってかなわん」


 アレクはパンを取った。


 指先には、まだ鉛筆の汚れが残っていた。

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