第五話 体は高校生、心はおばさん
レンくんが私の脚の付け根に視線を落とし、目を細めた。
「……そんなに俺のこと、好き?」
耳元に息を吹きかけるようにレンくんが囁く。
甘い匂いが脳内を駆け巡る……。
「す……好き……」
『オイッ!!』
ひらりくんのツッコミで我に返る。
ぽすっ!
「んうっ!!? やっ!」
レンくんが、股間のあたりを軽く叩いてきた。
私は思わず体をひねり、口元を押さえる。
「マジになんなよ……照れるだろ」
レンくんが頭を掻きながら微笑む。
……かわいい!
でも今は、それどころではない。
脳内では、二人でパニックになっていた。
(この子、触ったわ!!? すごくエッチよ!)
『こいつのノリだ! 気にしなくていいから、おばさん耐えてくれ!! レン!!お前は、触るなマジで!!』
脳内でひらりくんが、必死で落ち着かせようとしてくれている。
だけど――
(んぅ……ひらりくん……。ちょっと、ヤバいかも)
悶えながらゆっくりと床に座り込み、顔を膝上に伏せる。
「……え? なんだよ急にマジになって……あ、マジでヤバい感じ? 爆発する的な?」
レンくんが私を見下ろして笑っている。
「……ううっ!」
意地悪な笑みを浮かべるレンくんを、私は涙目で見上げることしか出来なかった。
「ははは! なんだよそれ! お前、今日めっちゃかわいくね?」
レンくんは面白がって私の横に座ると、さらに肩を組んできた。
(やめて! 密着しないで! 私、こう見えてイケメンに免疫ないんだから!!)
顔が火照るのを感じて、思わず顔を伏せる。
『詰んだ……俺の高校生活!』
ひらりくんが脳内で、膝から崩れ落ちた。
(ひらりくん……すごく、ヤバいわ……)
『俺の高校生活は、おばさんに掛かってるんだ……頼むから耐えてくれ!
(そんなこと言われても……)
『別のことを考えるんだよ!』
(無理よ、脳が働かないわ!)
『スクワットは?足踏みとか!』
(いま動く選択肢は無謀よ!)
『しっ、深呼吸!』
「……すぅーはぁ……すぅーはぁ」
レンくんがニヤニヤして見ている。
『どうだ!?』
(……だっ、だめみたい!)
『意識を完全にそらせ!』
(どうやって!)
『別のことを考えて!』
(別のこと……)
『円周率!!』
(円周率……)
『3.14159……』
「3.1415926535……」
『8979323846……』
「2643383279……」
ひらりくんと二人で、声を揃え復唱を続ける……。
やがて――
すうっと楽になる。
まるで賢者のような、研ぎ澄まされた感覚。
『……おさまったな!?』
(お、おさまってきた……)
どうにか教室にたどり着き、席に座る。
(……ひ、ひらりくん。男の人の体って、こんなに一日中……?)
『んなわけねえだろ!! おばさんがいちいち反応するから!!』
(わかった。……反応しないように頑張るわ!)
しかし、ホッとしたのも束の間――。
校舎の廊下を、私は腰を引いて、ペンギンのような奇妙な腰つきで歩いていた。
朝の登校時だけだと思っていた。
しかし、甘かった。
廊下で女子生徒のスカートが翻った瞬間……
「……うっ!」
若い女性教師に「ひらり君、おはよう!」と肩を叩かれた瞬間……
「おふっ……!」
いちいち反応してしまう。
『……』
授業中、親友のレンくんが「ノート見せて~」と身を乗り出して密着してきたときも……
(……! 良い匂い!)
ドキドキした瞬間、また反応……。
『……おばさん、あんた異常だよ。無差別に反応して……』
呆れるひらりくん。
結局、私は朝から放課後まで、一日中「フルパワー状態」のまま過ごす羽目になった。
「疲れた。もう嫌……腰をまっすぐ伸ばして歩けないわ……」
『こっちのセリフだよ!! 噂になってんぞ!「今日の黒崎、ずっと腰引けてて歩き方がヘコヘコしてる」って! 俺のキャラが崩壊していく……!』
ひらりくんが、脳内でうつぶせ寝になり脚をバタバタさせていた。
(ごめんね、ひらりくん……)
私は少なからず責任を感じずにはいられなかった……。
『いや、責任感じて! しっかり反省して!』
脳は共用でした……。




