第四話 イケメンの日常は刺激が強過ぎます
クローゼットから制服を取り出してみたものの、ふと考える。
やっぱり――
「ねぇ、ひらりくん? 本当に学校、行くの?」
『行くよ』
「……今日は、休まない?」
『だめ。今日は放課後、彼女とデートの約束があるんだ』
「でも、あなたと入れ替われないとなると、私が彼女とデートすることにならない?」
『……それまでには、何とかする』
ひらりくんに説得され、私は渋々ではあるが、制服に着替える。
両親は多忙な方たちらしく、すれ違いの生活だと言う。これだけの贅沢な暮らしぶりだと、それなりに稼いでいるのだろう。
朝食はシリアルか、ゼリー飲料の選択肢しかなかった。私は牛乳をたっぷりかけたシリアルを食べ、ゼリー飲料を飲んだ。
これだけの立派な体には、充分な栄養素と、バランスの良い食事が必要になる。
もし明日も、この体の主導権が私ならば、明日からは早起きして朝食を準備するつもりだ。
玄関で靴を履き、勢いよく立ち上がると、バランスを崩してしまった。
「……わっ!?」
『おい!何やってんだよ?』
「……ごめんなさい。あなたの体、私より手足が長くてすごく不安定だし、立ち上がると、いつもより目線が高いから、驚いちゃって……」
「……気を付けてよ」
しかし驚くことはそれだけではなかった。
家から一歩、外に出た瞬間、私は通行人の視線に射抜かれたのだ。
すれ違う女子高生たちが「キャッ」と声を潜めてチラチラ見つめ、通り過ぎるおば様方まで、うっとりとした目を向けてくる。
「すごいわね、ひらりくん……。あなた、歩くフェロモンじゃない……」
『だろ? 俺、学校でも一応モテる方だから。……おい変な歩き方すんなよ!猫背になってるぞ!』
「……だって、こんなに見られて、恥ずかしい」
人々の視線に緊張しながら、駅のホームで腰を下ろしていると、背後から突然大きな手が伸びてきて、私の肩を力強く叩いた。
「おはよっ、ひらり! 一緒に行こうぜー!」
「きゃっ!?」
振り返ると、そこにいたのは背が高く、爽やかな笑顔を浮かべた超絶イケメンだった。
「……きゃっ、て。あはは。そんなに驚いたか?」
イケメンくんが、美しいお顔で笑う。とても眩しい。
ドキドキ……。
ひらりくんがシャープ系なら、彼は包容力のある大型犬系イケメンね。
思わず、「カッコいい……!」と、口に出して言ってしまった。
「……は?サンキュ。ひらりもイケてるよ?」
彼も満更でもないようだ。
『コイツは親友のレン。距離感バグってるから気をつけて……って……ちょっと待って!!』
ひらりくんが叫ぶのと同時に、私の体にある「スイッチ」が入ってしまった。
『なんでレンに反応してんだよ!!』
脳内でひらりくんが暴れ回っている。
(えっ!? ちょっと待って、これ……私の意思じゃないわよ!?)
『分かってる! 分かってるけど困るんだよ!!』
(だって私、何もしてないのに!)
『だから俺に言うな!!』
(ご、ごめん……ひらりくん……どうしよう……)
「……? どうしたひらり、顔赤いぞ? お前……立ち上がりにくそうだけど、大丈夫か?」
レンくんが心配そうに顔を寄せてきた。息が触れる距離に、心臓の鼓動は爆発寸前だった……。
『おばさん耐えろ!! レンの奴、距離が近いんだよな! 離れろレン!!』
私は、カバンで必死に前を隠しながら、腰を引いてペンギンのようにヘコヘコと歩き出す。
「プッ! なんだよその歩き方! 朝からなに考えてたんだ?」
面白がったレンくんが、ガシッと私の首に腕を回して密着してきた。
(ああ~っ!! 距離が近い!! イケメンの顔が近い!!)
レンくんと体が密着したことで、私のボルテージが限界突破しそう……
不意にピタリと動きを止めるレンくん。
何か気付かれた……?
「……ひらり?」
「な、なに……?」
レンくんがゆっくりと腕を解き、私の顔をじーっと覗き込んできた。
さっきのおちゃらけた笑顔が消え、至近距離で見つめる真剣な眼差し。
(やだ……めっちゃかわいい♡)
『おばさん、余計なことを考えるな!』
「お前……さっきからずっと変だぞ。奇妙な声出したり、顔を赤くしたり、俺との触れ合いに反応したり……」
レンくんは私の両肩にそっと手を置くと、低い声で囁いた。
「……お前、俺のこと『そういう対象』として好きになっちまったのか……?」
『はあああああああ!!? 終わった……。おばさんのせいで、俺の高校生活、友情のベクトルが事故って完全に終わった……』
脳内でひらりくんが、白目を剥いて絶叫し続けていた――




