第十三話 君に捧ぐ八本脚
熱したフライパンに油を落とし、全体に薄く広げる。
『じゃあ、卵液を三分の一くらい入れてみて』
「これくらい?」
ボウルを傾けて、ゆっくりと流し入れる。ジュッと卵が焼ける音がする。
『そう。まずは芯を作るのよ』
ひらりくんはフライパンを傾け、卵を端へ寄せていく。箸でそろそろっと丸めながら……ぱたん。
形を整え、また卵液を流す。
できあがった芯を転がすように、今度は少しだけ勢いよく巻いていく。
最初はぎこちなかった手つきも、繰り返すうちに、みるみる調子が出てきた。
そして――。
「できた!」
ふっくらとした、だし巻き玉子が完成した。
『すごいわ! どうしてできるのよ!』
「のばらが寝てる間に、ユウジさんの動画見たから!」
『……動画で予習!? 何時から起きてたのよ!?』
――さすが令和のDK!
プレーンの甘めの玉子焼きと、ネギ入りの玉子焼き。
二種類を完成させると、ひらりくんは端の部分を切り落とした。
『ひらりくん、味見してみたら?』
「うん!」
『……どう?』
パクリと一口食べると、モグモグしながら考えている。
「うっま~!」
味覚も共有しているから、私にも伝わるひらりくんの味。確かに美味しい。
ただ――。
そこまででもない。
……とは、本人には言わないでおこう。笑
「うんまー! こんな美味い玉子焼き、食ったことない! のばらが何と言おうが、間違いなくNo.1だ!」
――ごめんね、ひらりくん。
……考えたら伝わるって、やはり不便ね。
ひらりくんは、自分で作った玉子焼きを頬張りながら、満面の笑みを浮かべている。
まあ、これだけ嬉しそうなら、私が何を考えていようがお構いなしかな?
『それでは……お待ちかねの……』
「タコさんウインナー!」
『ひらりくんは、包丁を使えるかしら?』
「……やってみる」
ひらりくんはウインナーをまな板の上に置いた。
『まず、ウインナーの三分の二くらいまで切り込みを入れて……』
ひらりくんは、ウインナーに、スーッと一筋の切り込みを入れた。早い。
「……入れた」
『次は横にして、三回、包丁で切り込みを入れられるかしら? 無理なら二回でもいいのよ?』
「……え? それじゃ、六本脚じゃね?」
『充分よ』
「いやだね。そこは、こだわる!」
ウインナーを見つめる目が、急に真剣になった。
ひらりくんの指先が、慎重に包丁を運ぶ。
私は思わず息を呑んだ。
器用な子だから大丈夫だとは思うけれど、包丁だけは別だ。
どうか、怪我をしませんように――。
「……で、できた!」
『上手!』
心の中でパチパチと拍手を送る。
「へへっ」
ひらりくんが嬉しそうに笑った。
『袋に残ってるウインナーもお願いね』
「あ、そうだった~!」
残りのウインナーにも、せっせと切り込みを入れていく。
フライパンに油を敷き、箸で転がしながら炒めていると、熱で切り込みが少しずつ開いていく。
一本、また一本。小さな足が、くるんと広がっていく。
「おお……!」
ひらりくんは目を輝かせ、鼻歌まで歌い始めている。すっかり夢中だ。
仕上げに爪楊枝で目の位置に小さな穴を開ける。
『黒ごま、ある?』
「探す!」
ふりかけの袋を漁り、黒ごまを一粒ずつ探し出す。
「これ?」
『そう。それを穴に入れて』
眉を寄せて、真剣な顔で集中している。
そして……。
「……できた!」
赤い身体に、ちょこんと黒い目。
ずらりと並んだタコさんウインナーは、なかなかの出来栄えだった。
「かわいくね?」
『かわいい! 立派なタコさんウインナーよ! 薫ちゃんも喜ぶわ』
「えへへ。……よし!」
ひらりくんは、完成したタコさんウインナーを眺めながら、にこにこと笑っている。
その顔には、お弁当を薫ちゃんに見せるのが待ちきれない、と書いてあった。




