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情けない音が響いた。
カシウスの剣は私の首に届く前に、なんと半ばから真っ二つに折れて跳ね飛んだのだ。
折れた剣先がクルクルと空を舞い、地面に刺さる。
「……な、何だと!?」
カシウスが絶句して自分の手元を見つめている。
「カシウス卿」と、私は哀れみの視線を送った。
「その剣、昨年度の軍事予算削減の折、あなたが『見栄えが良いから』という理由だけで、安物の粗悪な装飾用鋼鉄を高く買い取って納入させた業者から仕入れたものではありませんか? 私はあの時、『実用に耐えない炭素含有率の低いゴミ剣だ』と警告し、購入の差止命令を出しました。それをあなたが『女に騎士の剣の何がわかる』と突っぱねて押し通したのです。……自業自得ですね」
「ぐ、ぐぬぬぬ……!」
カシウスの顔が赤から紫、そして蒼白へと変化していく。
自分の不祥事を民衆の面前で暴露され、ぐうの音も出ないらしい。
その時、これまでアウレリウスの腕にすがって「かわいそうな私」を演じていた男爵令嬢フラヴィアが、ヒステリックに声を張り上げた。
「なによそれ! なんなのよこの欠陥処刑場は! アウレリウス様、早くこの女を殺してちょうだい! 私、この女のせいで嫌な思いをたくさんしたのよ! ドレスだって、あの女がケチをつけるから一月に十着しか買えなかったのよ!?」
市民たちから「一月に十着……?」「俺たちの税金で……?」「一着で俺たちの半年分の生活費だぞ」という殺気立ったつぶやきが漏れ始めた。
フラヴィアは自分の発言が墓穴を掘っていることに気づかず、アウレリウスの服の裾を激しく引っ張る。
「早くしてよアウレリウス様! ギロチンがダメなら火炙りにするとか、毒を飲ませるとかあるでしょう!?」
「あ、ああ、そうだなフラヴィア! よし、薪を持ってこい! この女を火炙りにしてやる!」
「お言葉ですが、殿下」
私は呆れを通り越して憐憫の情すら湧いてきた。
「火炙りに使うための薪の備蓄は、一ヶ月前にゼロになっております。王宮の暖房用薪の購入代金が未払いだったため、薪炭ギルドから供給をストップされているからです。現在、王宮の厨房では枯れ枝を集めて調理している状態ですが、ご存知ありませんでしたか? ちなみに、毒薬についても同様です。薬師ギルドへの売掛け金が三百万銀貨溜まっており、現在王家への薬品納入は一切禁止されています」
「な……なんだと……!?」
アウレリウスの膝がガクガクと震え始めた。
「つまり、殿下」
私は一息ついて、決定的な現実を突きつけた。
「現在のアルビオン王家には、私を処刑するための物理的・財務的手段が一切存在いたしません。ギロチンはガタが来ており、剣は折れ、薪も毒もなく、そして何より――この処刑劇を設営するために雇った設営兵士や作業員への本日の日雇い給与、四十万銀貨の支払い期日が、ちょうどたった今、正午をもって過ぎました」
私がそう言った瞬間、処刑台を囲んでいた兵士たちや、ギロチンを操作していた執行人が、一斉に武器や道具を投げ捨てた。
「おいおいマジかよ! 給料が出ねえのか!?」
「やってられっか! 労働基準違反だぞ!」
「俺は帰る! 飯も出ねえ処刑場なんて付き合えるか!」
兵士たちがゾロゾロと持ち場を離れていく。処刑台の警備は一瞬にして雲散霧消した。
広場は完全に混乱に包まれ、アウレリウスは「待て! 戻れ! 処刑を完了させろ!」と虚しく叫んでいるが、給料の払えない雇い主の命令を聞く人間など、この世に存在するはずもない。
「さて」
私はカチリと固定器具の留め金を足で操作した。
実はこの木枠の留め金も錆びついて緩んでおり、少し体重をかければ簡単に外れる構造になっていたのだ。
ギシッ、と音を立てて木枠が外れる。
私は自分の手で木枠を押し上げ、首を引っ込めると、ゆっくりと立ち上がった。
首を少し回すと、ゴリゴリと心地よい音が鳴る。長時間変な姿勢をさせられていたせいで、肩が凝って仕方がない。
拘束から解放された私は、ドレスの塵を指先で払うと、狼狽するアウレリウスとフラヴィアの前に悠々と歩み寄った。
「な、なんだルキッラ! 貴様、自分で脱出するなど不敬だぞ! 控えよ!」
「不敬も何も、処刑手続きが完全に破綻しているのですから、滞在する理由がございません。それよりもアウレリウス殿下。私がこうして囚われている間、王家の台帳の管理はどなたがなさっていたのですか?」
「え……? あ、それは、フラヴィアの父親のフェリシタス男爵に任せてあるが……」
私はパチパチと瞬きをした。
フェリシタス男爵。あの、自分の名前すら漢字で書けない(※この世界では古代文字が書けない)と噂される、無能で有名な呑んべえの男爵だ。
「……なるほど。では、本日正午に返済期限を迎えていた、隣国シロディール帝国からの緊急融資五千万銀貨の借換交渉はどうなりましたか?」
「かりかえ……? なんだそれは。返済期限なら、来月ではないのか?」
「いいえ。私が作成した猶予協定書では、『本日正午までに利息五百万銀貨を支払わない場合、即座に全額の繰上返済を要求し、従わない場合は王家の全財産および領地を差し押さえる』という条件になっておりました。私は先週、殿下に『利息分の五百万銀貨だけは絶対に何が何でも確保してください』と何度も進言いたしましたよね?」
「あ……」
アウレリウスの顔から血の気が完全に引いた。
その隣でフラヴィアが「え〜? 五百万銀貨? それって先週アウレリウス様が私に買ってくれた『星の涙』のダイヤモンドネックレスと同じお値段じゃないですか〜?」と呑気に首を傾げた。
「……」
アウレリウスの口から、ヒッと情けない悲鳴が漏れた。
その時である。
パチン、パチン、パチン。
広場の入口の方から、優雅で、しかし冷酷極まりない拍手の音が響いてきた。
観客の市民たちが割れるように道を開ける。
そこに現れたのは、黒銀の豪奢な軍服を身に纏い、氷のように冷たい青い瞳をした美しい青年だった。
彼の手には、羊皮紙で作られた巨大な「通告書」が握られている。
「素晴らしい手際だ、ルキッラ嬢。処刑台の上でまで王家の杜撰な財務状況を解剖してみせるとは、噂以上の優秀さだな」
青年の登場に、アウレリウスが悲鳴をあげた。
「ル、ルシウス・ヴァレリウス大公……!? なぜお前がここに!?」
ルシウス・ヴァレリウス。
帝国の全権大使にして、このアルビオン王国の最大債権者である「大公」その人である。そして何を隠そう、私の遠い親戚(本家筋)にあたる男だった。
ルシウス大公はアウレリウスを一瞥すらせず、手元の羊皮紙を広げると、響き渡る声で宣言した。
「正午を過ぎた。アウレリウス殿下。約定通り、シロディール帝国はアルビオン王室に対し、貸付金五千万銀貨および遅延損害金の即時全額返済を要求する。……当然、払えないな?」
「あ、う……そ、それは……来月まで待ってくれれば……!」
「却下だ。したがって、本協定第十四条に基づき、アルビオン王家の破産を宣言する。 王室の所有するすべての城、領地、美術品、ならびに王族の身代金価値のある資産を、これより帝国が差し押さえる」
広場に怒号と悲鳴が渦巻いた。
「破産!? 王家が破産したぞ!!」「俺たちの預金はどうなるんだ!?」「国がなくなるのか!?」と市民たちが大パニックに陥る。
「ひ、ひええええ! 助けてアウレリウス様! 破産なんて嫌! 私、貧乏なんて絶対に嫌よ!」
フラヴィアが狂ったようにアウレリウスの服を引っ張るが、アウレリウス自身がすでに泡を吹いて倒れかけていた。
「おい、そこの元王太子と男爵令嬢を拘束しろ。王家の残存資産の目録を作成するため、労働で返済してもらう」
ルシウス大公の冷徹な指示により、先ほどまで私を処刑しようとしていた兵士たち(給料がもらえる方に即座に寝返った)が、アウレリウスとフラヴィアを取り押さえた。
「離せ! 私は王太子だぞ! ルキッラ、助けてくれ! お前が台帳を何とかしてくれればいいんだろう!? 婚約破棄は撤回してやる! だから私を助け――むぐっ!?」
アウレリウスの口には布が押し込められ、彼は惨めに引きずられていった。
処刑台の上には、私と、そして優雅に階段を上ってきたルシウス大公だけが残された。
大公はガタガタのギロチンを一瞥し、フッと呆れたような笑みを漏らした。
「酷い惨状だな。よくこんなボロ機械の下で冷静でいられたものだ」
「慣れておりますので。これ以上に酷い状態の台帳を毎日処理しておりましたから」
私が一礼すると、ルシウス大公は私の前に立ち、その美しい青い瞳でじっと私を見つめた。
「ルキッラ・ヴァレリウス。愚かな王家に使い潰され、冤罪で殺されかけた気分はどうだ?」
「最悪ですね。特に、最後の最後まで無給で働かされた点が納得い行きません。退職金と残業代の未払い分について、破産管財人に請求を起こすつもりです」
「くくっ……ハハハハ!」
大公は声を上げて笑った。その笑顔は、恐ろしいほどに魅惑的だった。
「いい度胸だ。実に気に入った。――ルキッラ嬢、提案がある」
「なんでしょうか、大公閣下」
大公は私の手を取り、その甲にうやうやしくキスをした。
「我が帝国は、この破綻したアルビオン王国を直轄地として再建せねばならない。だが、私にはこの国の複雑怪奇な裏台帳と、腐敗しきった地方財政を紐解く優秀な最高財務責任者(CFO)が必要だ。……私と契約を結ばないか?」
「契約、ですか?」
「そうだ。お前には帝国の全財政権限の一部を与え、破産したアルビオン王国のすべての財産を差し押さえ、整理・再建する指揮を執ってもらう。もちろん、破産した王族どもをいくらこき使おうがお前の自由だ。給与は今の王家の予算の十倍を保証しよう。……そして」
ルシウス大公はふっと顔を近づけ、私の耳元で囁いた。
「この再建事業が完了した暁には、私の『公爵夫人』としての立場を用意している。断罪されるはずだった伯爵令嬢が、国を買い取った大公妃として君臨する……悪くない『復讐』だろう?」
「……大公閣下」
私は最高に完璧な、そして少しだけ邪悪な笑みを浮かべて答えた。
「その契約、喜んでお受けいたします。まずは……あのガタの来たギロチンの鉄くずとしての売却査定から始めましょうか」




