7 これツクールでやったやつだ。
「へえ……これが魔導基盤ね。間近で見るのは初めてかもしれないわ」
フラムが興味深そうに視線を落とす。
「どうです? 綺麗でしょう。このフォルム、そしてエメラルドのような深い光沢。このエッジの利いた鋭利な側面も素晴らしいですよね」
テラは魔導基盤の端を指先で愛おしそうになぞりながら、うっとりと頬を緩ませていた。
「え、ええ……そうね……」
あまりの熱量に、フラムがわずかに後ずさる。
「さらに、この刻印を見てください! 一分の隙もなく敷き詰められた、緻密な知性の結晶――魔導文字! もはやこれは芸術ですよ、芸術!」
「……そ、そうね。すごいわね」
なんだかんだでフラムとテラは仲良くやっているようだ。
一方、俺はというと。
クレイマン先生の横で、魔導基盤の前に腰を下ろしていた。
「いいですか、カイトくん。魔導基盤に文字を組み込むときには、この導魔盤とセットで使うのです」
導魔盤に魔導基盤をセットし、導魔盤側の文字をなぞると、魔導基盤にその文字が転写される仕組みらしい。
指先で入力する感覚は、前世のキーボード操作にとてもよく似ている。
「どんな文字を刻印しても構いませんが、ルール通り正しく記述しないと、たとえ魔力を通してもゴーレムはピクリとも動きません。ここに基本ルールをまとめた書物を用意しました。まずはこれを読んで理解してください」
先生はさらに、導魔盤の一部を指し示した。
「もし間違えて刻印してしまっても大丈夫ですよ。ここをなぞれば、刻まれた魔導文字を消去できますから。安心してくださいね」
クレイマン先生は、実に見事で丁寧な教え方をしてくれる。……本当に良い先生だな。
「ありがとうございます。さっそく試してみます」
俺は参考書のようなその書物を広げ、期待に胸を膨らませながら導魔盤に手を触れた。
しばらく導魔盤を触ってみた。指先を滑らせ、文字が転写される感覚を確かめる。
……これ、まんま前世でいうプログラミングじゃないか。
正直なところ、俺は前世ではただのゲーマーだった。
職業としてのプログラマーではない。
だが、ゲーマーを自称するからには、当然「ツクール系」にも触れたことがある。
ツクール系とは、直感的な操作で自分だけのゲームを作れるソフトのことだ。
俺はどちらかといえば、そのツクール系で作られたゲームを「遊ぶ側」ではあったが、中身を弄ったり、簡単なイベントを組んだりした経験はある。
つまり、プログラムの基礎的な心得くらいは持ち合わせているつもりだ。
俺は、手元の参考書と、目の前の魔導基盤、そして導魔盤を交互に見つめた。
さらには、すでに命令が刻印されている別の基盤とも見比べていく。
「……ん?」
違和感に手が止まった。
もしかしてこれ、全ての挙動を逐一、力業で書いているのか?
「変数」を使っていない。
ということは、当然「関数」の概念もないのか。
いや、待て。
この世界では、そういった論理構造を定義しても、式として成立しない可能性だってある。
だが、もし使えるのだとしたら――。
俺はごくりと唾を飲み込み、実際に手を動かして確かめてみることにした。
「なんかカイトが、さっきからぶつぶつ言ってるわね」
「ゴーレム学はここが一番楽しい時ですから。温かく見守りましょうよ」
フラムとテラがそんな会話をしているのが聞こえるが、今の俺の耳には入らない。
よし、できた。
一枚の魔導基盤に、びっしりと文字を刻印し終えた。
もしこれで意図した通りに動けば、この世界でも「変数」や「関数」の概念が通用することになる。そうなれば、一気にできることが増えるはずだ。
「クレイマン先生。早速動かしてみたいんですけど、教室にあるゴーレムに組み込んでもいいですか?」
俺が指し示したのは、備え付けの小型ゴーレムだ。研修用ダンジョンにいた奴に比べれば二回りほど小さい。
構造上、魔導基盤がむき出しになってしまうが、今はテストだし構わないだろう。
「ほう、もうできたのかね? よろしい、では早速取り付けて動かしてみようじゃないか。さあカイトくん、魔導基盤に魔力を充填してくれたまえ」
「カイトが作ったゴーレム? ちゃんと動くんでしょうね。私も見てあげるわ」
フラムがどこか上から目線で言ってくる。
むしろ、フラムがいないと動かないんだがな。
俺はフラムの目をまっすぐ見つめて、真剣なトーンで切り出した。
「さあフラム、頼む。君の力を借りたい。君じゃないと駄目なんだ!」
魔力というのは一種の生命力だ。
もちろん、魔導基盤一枚を充填する程度で命の危険なんて全くない。だが、それでもまだ出会って間もないテラや、ましてや先生に俺の代わりに魔力を注いでくれなんて頼みにくい。
気心の知れたフラムだからこそ、頼めることだった。
「えっ、それってどういう……」
フラムは一瞬、戸惑ったように言葉を詰まらせた。
「ああ。俺には魔法の才能がないだろう? だから、魔力の充填をお願いしたいんだ」
俺はフラムに、深々と頭を下げてお願いした。
「…………ああ、そうだったわね。そうそう、あんたはそういう奴だったわ。はいはい、魔力ね、魔力」
フラムはどこか投げやりな様子で、魔導基盤に魔力を充填し始める。
なんだかんだ言いつつも、結局は引き受けてくれる。フラムも、やっぱり良い奴だ。
「カイトさんって、魔法を使えないんですね。意外でした。私に言ってくれれば、いつでも協力しますよ」
テラが小首を傾げて申し出てくれる。……テラも良い奴だ。俺は本当に友人に恵まれているらしい。
「ああ、ありがとう」
俺がテラにお礼を伝えると、なぜかフラムがすかさず割って入ってきた。
「あー、テラさん。私がいる時は、魔力の充填は私がするから大丈夫よ。これでも魔力が尽きたことなんてないし、心配しなくても余裕だから」
「ふふふ。そうですね。では、カイトさんのことはフラムさんに任せますね」
テラは優しく微笑みながら、フラムの言葉に答える。
「ええ、任せなさい」
フラムは胸を張って請け負った。
まあ、俺としても長い付き合いのフラムなら、変に気を使わなくて助かるし、それでいいかな。
おそらく今後、果てしない数の魔力充填をお願いすることになるだろうしな。
「では、準備はいいかね」
クレイマン先生が、落ち着いた声で場を引き締める。
「はい。メインシステムオールグリーン……ゴーレム起動!!」
俺は年甲斐もなく、少し恰好つけて大きな声で叫んでいた。
「…………。ねえ、なによそれ。……だっさ」
静まり返った室内で、フラムの冷ややかな声が響く。
「ダサくないだろ! これが様式美なんだよ!」
俺が食い気味に言い返した、その時だった。
カチリ、と基盤の奥で何かが噛み合うような音が響き――俺の書いた「論理」を元に、小型ゴーレムが静かに、しかし力強くその瞳を灯したのだった。
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