23 バンディット
今回ルール説明が下手すぎる部分があると思うので簡易画像入れてます。
遊戯室に一歩足を踏み入れると、そこは驚くほど広い空間だった。
いくつものテーブルが並び、壁際の棚には『キングス』はもちろん、試作中と思われるボードゲームや、びっしりと文字の書かれた資料、古い書物などが整然と並んでいる。
奥の方には、いくつもの魔導基盤はもちろん、あまりにも高価で買えなかったというか、実物が売ってなかった導魔盤までもがそろっている。
そう、まるで、ボードゲームの開発室に迷い込んだかのようだ。
「こちらにおかけになって」
ルイスに促され、俺たちは部屋の中央にある大きめのテーブルへと向かった。
そこには、すでに一台のゲーム盤が置かれている。あれが『バンディット』なのだろうか。
こちら側には俺とフラムのための椅子が二つ。
対面には、ルイスのための椅子が一つだけ用意されていた。ルイスの後方には、先ほどのメイドが静かに控えている。
俺たちが席に着くと、メイドがすぐさま動き出した。
一切の無駄がない動きで、俺たち二人とルイスの前に、温かい紅茶が差し出される。さすがは手慣れたものだ。
「では、早速始めましょうか」
ルイスの言葉とともに、中央に置かれたボードゲームの正体が、ついにその姿を現した。
見たところ、盤面は六角形のマスが敷き詰められた、いわゆる「ヘクサマップ」と呼ばれる形をしていた。正六角形を組み合わせた地図のような構成だ。
基本のマス目は白色で、サイズは5×5×5の六角形で構成されているのが確認できた。
中央の一マスだけが赤色に塗られており、六角形の各頂点にあたる隅の六箇所は黒色。
その一つ内側のマスは灰色になっている。
「うふふ、早速盤面を観察されていますわね。ちゃんと後で説明いたしますわ」
「……そりゃあ見るだろ。こっちはルールの『ル』の字さえ知らないんだからな」
俺が内心で毒づきながら答えると、ルイスは楽しそうに駒を取り出した。
「使う駒ですが、こちらですわ」
ルイスが見せてきたのは、白と黒の二色の駒だった。
白色の駒は全部で七つ。そのうち一つだけ、ドレスを着た女性のような、気品のある「姫」を思わせる見た目をしている。残りの六つは、それを守る「騎士」といったところか。
対する黒色の駒は全部で十二個。こちらはすべて同じ形で、いかにも「賊」といった風貌をしていた。
「このゲームは、森で賊に囲まれた姫を脱出させる物語なんですの。姫側は六カ所ある黒のマスのどこかに到達――つまり脱出できれば勝利。逆に賊側は、この姫の駒を捕らえたら勝ち。シンプルでしょう?」
ルイスは優雅な仕草で盤面を指し示した。
確かに、ルールを聞く限りは単純明快だ。だが、これ……。
「そうですわ。このゲームは『キングス』のようにお互い対等な状態から始まるものではありませんの。勝利条件も違えば、持っている戦力も違う。なかなか面白いと思いません?」
なるほど、非対称型のボードゲームか。
あまりプレイしたことがないジャンルだが、対戦の形としては悪くない。
でも、そうなると一つ気になることがある。
「勝負は二戦やるのか? 姫側と賊側を入れ替えて」
「ええ、その通りですわ。もし番手を入れ替えて両者が勝利した場合は、より手数が少なかった方の勝ちとしましょう。つまり、勝負は二戦のみ。それ以上はいたしませんわ」
この手のゲームには、往々にしてどちらかが有利な設計になっていることが多い。
駒数だけを見れば賊側が十二個と圧倒しているが、出口が六カ所もあるとなれば、姫側の方が逃げ切りやすそうだ。基本は姫側が脱出できる設計になっているのだろうか。
(だったら『キングス』にあやかって『プリンセス』とかにすればいいものを、あえて『バンディット』なんて名前にするあたり、本当になかなか良い性格をしてるな、このお嬢様……)
俺は心の中で毒づきながら、目の前の盤面に意識を集中させた。
「わかった。どちらの陣営でも勝てば問題ないんだろう」
「あはは、なかなか強気ですわね。いいですわ、実にいいですわ」
ルイスは愉快そうに笑うと、指先で六角形のマスをなぞりながら説明を始めた。
「基本として、どの駒も六方向の直線上に、遮るものがない限りどこまででも移動できますわ。ただし、他の駒を飛び越えて移動することはできません。……ですが」
そこでルイスは、いたずらっぽく目を細めて姫の駒を手に取った。
「姫の駒だけは例外ですの。味方の駒である騎士であれば、飛び越えて移動することができますわ。……ふふ、騎士たるもの、姫に頼まれたら道を空けるしかないでしょう?」
「……まあ、確かにそうだな」
お姫様から無理難題を言われたら、家臣は体を張って応じるしかない。
「そして、相手の駒を両側から直線状に挟み込むと、その駒を盤上から取り除くことができます。これで姫の駒が取られてしまうと、その時点で姫側の敗北ですわね」
なるほど。基本は挟み将棋に近いが、六角形のマス目なのがミソだな。
「中央にある赤い玉座は、姫以外は止まることができません。他の駒は通過することだけが許されます。また、もし姫が玉座にいる時に捕らえるためには、通常の二方向ではなく、三角形を作るように三方から囲む必要がありますわ。それから、盤面の角にいる駒に限り、角度をつけた二方向から挟むことで除外できますの」
ルールはシンプルだが、玉座や角といった特殊な場所が戦略の鍵になりそうだ。俺は気になったことを一つ確認した。
「ちなみに、自分の番でわざと相手に挟まれにいった場合はどうなるんだ?」
「ふふ、その場合は除外されませんので安心してくださいな。あくまで相手に『挟み込まれた』時だけですわ」
自爆特攻はセーフってことか。
ルイスが話す内容を頭の中で組み立てていくと、なんとなく戦い方の形が見えてきた。
多勢に無勢の賊側を、少数精鋭の騎士たちがどういなして姫を逃がすか。あるいは、圧倒的な数で姫をじわじわと追い詰めるか。
「……面白いな。理不尽な初見殺しがあるかと思ったが、これなら純粋に楽しめそうだ」
俺は紅茶を一口飲み、目の前の盤面に視線を落とした。
「これがこのバンディットのルールです。ですが……」
ルイスはそこで一度言葉を切り、こちらをまっすぐに見つめてきた。
「実はカイトさん、あなたの魔導基盤と『キングス』の組み合わせには、とても感動いたしましたの」
(ん? 急にどうしたんだ)
いきなりの称賛に、俺は少し拍子抜けした。
「あなたが改良したあのキングス。あれは操作性や視認性が向上し、初心者にもとても取っつきやすくなっていましたわ。実に素晴らしい出来でした」
「……なんだよ、急に。褒めても何も出ないぞ」
思わず身構える俺をよそに、ルイスは熱を帯びた瞳で話を続ける。
「あれには大きな可能性を感じました。魔導基盤をたった一つつけるだけで、これほど設計が変わるものかと。そしてわたくし思いましたの。基盤があれば、ルールそのものの『改変』だって可能になるのではないかしら、と」
「つまり、何が言いたいんだ?」
俺は紅茶のカップを置き、ルイスの真意を探るように聞き返した。
「このバンディット、今のルールだけでは少し物足りないと思いませんこと?」
確かに今のルールだけなら、純粋に戦略性を競う静かなゲームに見える。
だが、それは『キングス』だって同じことのはずだ。わざわざこんな前置きをするからには、このお嬢様、何かとんでもない「追加要素」を用意しているな?
「そこでわたくし、ルールの追加を提案させていただきますわ。賊側はゲーム開始前に、一カ所だけ脱出口に罠を仕掛けることができる……というのはどうかしら? もちろん、姫側はどこに罠があるか確認することはできません。そして、もし姫がその罠の出口にたどり着いてしまったら、その時点で姫側の強制敗北。……うふふ、なかなかいいスパイスだと思いませんこと?」
ルイスはさらに身を乗り出して、楽しそうに言葉を重ねた。
「騎士たちを犠牲にしてまでたどり着いた出口。けれど、そこは希望ではなく地獄への入り口だった……。なあーんて、なかなか刺激的ではありません?」
いい。実にいいな!
おそらくこの『バンディット』自体はシャルロット商会が開発したゲームなんだろう。
だが、この追加ルールはルイスが自分で考えたものに違いない。
ゲームバランスを壊しかねない理不尽さを、あえて「物語」として組み込んでくるそのセンス。
(欲しい。こいつ、俺が作るゲームの開発チームに絶対引き入れたいぜ……!)
俺のゲーマーとしての血が騒ぐ。こいつを仲間にするためにも、ここはなんとしても勝たないとな。




