16 カイト・ブランド
権利の話。
それは、開発者である俺にとっても避けては通れない、極めて重要な問題だ。
実を言うと、俺はこのプログラムを自分一人で独占したいわけじゃない。
むしろ、これをきっかけに色々な娯楽が広まってほしいし、なんなら俺のコードをベースに、もっと面白い改良版が出てきてほしいとすら思っている。
もちろん、次のゲームを作るための開発資金は必要だから、相応の利益はしっかり確保したいけれど。
何より一番避けたいのは、不完全な「偽物」が出回ることだ。
特に安全性を無視した粗悪な類似品が世に出て、もし暴発や事故でも起きたら目も当てられない。せっかくの新しい遊びが、安全性の問題で禁止されてしまうのは本意ではないからな。
とはいえ、俺は王国の法律に詳しいわけでもない。
餅は餅屋、こういう複雑なことはプロに任せるのが一番だろう。
俺はカーセルさんの目をまっすぐ見て、今抱いている素直な考えを、包み隠さずぶつけてみた。
「なるほど、そういうお考えでしたか……」
カーセルさんはしばらくの間、顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて名案を思いついたように顔を上げた。
「カイト様、いっそのこと『カイト・ブランド』を立ち上げましょう!」
「え? 俺の、ブランド……?」
思わぬ提案に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いいじゃない、カイト・ブランド。響きも悪くないわよ」
ミリーさんと対局中のはずのフラムが、横からさらりと言ってのける。
……お前、ゲームに集中してるふりして、こういう時だけ妙に耳が良いのはなんなんだよ。
「カイト様、これは非常に良い落としどころだと思うんです」
カーセルさんは熱を帯びた口調で続けた。
「カイト様自身がプログラムし、最終調整まで行った最新型キングス。これには『カイト・ブランド』専用の銘を刻印しましょう。これにより、最高級の品質と安全性が保証されていることを証明するんです」
ふむ、なるほど。ブランド化による差別化か。
「そして、カイト様のプログラムをライセンス利用して作られた他社製のキングスには、その銘は付けません。ですが、そちらは商業ギルドが責任を持って動作確認を行い、粗悪品を徹底的に排除します。もちろん、プログラムの使用料として、売上の一部をカイト様に支払う形にしましょう」
なるほど、前世でいうところの『ロイヤリティ』的な仕組みだな。
俺が直接手を下さなくても、技術を提供しているだけでジャラジャラとお金が入ってくる……。開発者としては、これ以上ないほど理想的な契約内容だった。
「カイト様ご自身も、このキングスを広めるにあたって、すべて自分の手で作ろうとは思いませんよね?」
図星だった。
俺の本音を言えば、もっと色々な娯楽を、いや「新しいゲーム」を次々と作りたいんだ。
今回のキングスも広まってほしいとは思うが、これに時間を取られすぎるのは、本望じゃない。
(一から十まで俺が作っていたら、次のプロジェクトに進めないからな……)
「どうでしょうか。このお話で進めてもよろしいですか?」
俺は少しだけ考えを巡らせたあと、迷いを断ち切って頷いた。
「はい。その条件でお願いします」
「ありがとうございます。……では次に、具体的な取引金額と各種の手数料についてですが……」
カーセルさんとの打ち合わせはまだ続く。
カーセルさんと話し合った結果、契約の内容は以下のような形でまとまった。
まず、俺が直接手がける『カイト・ブランド』の価格設定だ。
一般普及用が金貨三枚、貴族向けの高級仕様が大金貨六枚。
そして王族への献上品については、今後の便宜を図ってもらうための先行投資として、今回はあえて無料でお渡しすることにした。
次に、俺のプログラムをライセンス利用して他社が作った場合。
これについては、一つ売れるごとに販売価格の三パーセントが、使用料として俺の懐に入る。
そして肝心の利益配分だが、商業ギルドの取り分が四割、俺の取り分が六割という比率になった。
(四割も持っていかれるのか、と思うかもしれないが……)
この世界の相場からすると、これは破格と言っていいほど良心的な条件らしい。
話によれば、力関係によってはギルド側が七割を掠め取っていくケースも珍しくないそうだ。
それに、この「四割」には正当な理由がある。
俺自身が商品を売り歩く必要はないし、もし不具合などのクレームが発生しても、窓口はすべて商業ギルドが引き受けてくれる。さらに、この四割の中には王国に納める税金も含まれているのだ。
つまり、俺の手元に残る六割は、税金も手数料も支払い済みの「純粋な利益」になる。
開発に専念できて、面倒な事務手続きやリスク管理をすべて丸投げできると考えれば、四割の手数料なんて安いものだと思う。
「あ、それとカイト様。本日、何か身分を証明できるものはお持ちでしょうか?」
唐突な問いに、俺は手近なカード類を思い浮かべる。
「学園の学生証と、冒険者ギルドのライセンスならありますが……」
「はい、カイト様専用の『商業ギルドライセンス』をこちらで発行しようと思いまして」
俺はすぐに察した。
これだけの好条件で契約を結んだのだ。カーセルさんはこの商品が確実に売れると確信している。
そうなれば、俺への利益やロイヤリティを振り込むための「口座」のようなものが必要になる。
商業ギルドのライセンスは、そのための身分証兼、報酬の受け取り先になるわけだ。
「お願いします。確かに、これからのやり取りを考えれば持っておいたほうがいいですね」
俺が頷くと、カーセルさんは満足そうに手続きを進めてくれた。
「カイト様、楽しみにしていてください。これは間違いなく一世を風靡しますよ。ギルドを挙げて大々的に宣伝しますし、いずれは王国中でこのキングスを使った大会を開くのもいいですね」
カーセルさんは未来の展望を語り、子供のような無邪気さと商人の鋭さが混ざった笑顔を見せた。
その後、詳細な取り決めを改めて確認し、俺は立ち上がってカーセルさんと力強い握手を交わした。
「本日はありがとうございました、カイト様。商品ともども、よろしくお願いします。また何か新しいアイデアが浮かんだら、今度は事前連絡なしで受付に申し付けてください。私がいれば、直接対応させていただきますから」
「こちらこそ、ありがとうございました。まずは基盤の微調整と、商品の作成に取り掛かります。一応一週間以内には用意できると思います。はい、また何か思いついたら相談させてください」
VIP待遇とも言える言葉に恐縮しつつ、俺は深く頭を下げた。
ミリーさんと遊び終えたフラムを促し、俺は心地よい疲れと確かな手応えを感じながら、商業ギルドの重厚な扉を後にした。
カイトたちが去ったあと、応接室には静寂が戻った。
ミリーは片付けをしながら、ふと思い出したように隣のカーセルへと視線を向けた。
「それにしても、副ギルドマスター」
「ん? なんだい?」
「ギルドマスターを通さずに、あんなに話を進めてしまって良かったんですか?」
ミリーの問いに、カーセルは窓の外、カイトたちが歩いていく背中を眺めながら小さく笑った。
「ああ。むしろ、私が先に対応できて良かったと思っているくらいさ。ギルドマスターなら、今回の話は頭ごなしに断っていただろうね。あの人は、新しいものを受け入れるには少し考えが古すぎる」
「まあ……それは否定できないですけど」
ミリーは苦笑いしながら、空いたティーカップをトレイに載せた。
「大丈夫だよ。これは間違いなく金になる。それどころか、商業ギルドをさらなる発展に導く起爆剤になるはずだ。たとえギルドマスターが反対したとしても、無理やりにでもねじ込んでみせるさ」
カーセルの言葉には、確固たる自信が満ちていた。
「そうですね。私もキングスがあんなに面白いものだとは、今日まで知りませんでしたから」
「キングスだけじゃない。これからカイトくんが、どんな『娯楽』を世に生み出してくれるのか……。今から本当に楽しみだよ」
カーセルはそう呟くと、満足そうに目を細めた。
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