10 冒険者ギルド
足を踏み入れた冒険者ギルドは、良い意味で予想を裏切る場所だった。
カウンターの前には男女が整然と並び、自分の順番を待っている。
身なりも全体的に清潔感があり、床にゴミ一つ落ちていない。
話し声などはあちこちから聞こえてくるし、わいわいがやがやと活気はある。だが、乱暴な言葉遣いをする者は見当たらず、隅には警備員らしき姿もあった。
これなら、柄の悪い男に絡まれる心配などまずないだろう。
「新規冒険者受付」という分かりやすい表示を見つけ、俺とフラムはその列に並んだ。
俺たちの前にも数人、同じように登録を待つ者たちがいる。
順番が来るまでの間、俺はフラムと他愛のない話をしながら、物珍しく周囲を眺めていた。
「お前、冒険者になりたかったんだな」
列の順番を待ちながら、俺は隣のフラムに話しかけた。
「わ、悪い?」
フラムは上目遣いで聞き返してくる。
「いいや、全然。ただ、フラムは一応貴族のお嬢様だろ? 親に反対されたりしないのかと思ってな。ほら、冒険者は危険も多いだろ」
「まあ、心配はされたけどね。でも反対まではされなかったわよ。それに私、末っ子だから結構自由にさせてもらっているの」
この世界では、冒険者の社会的地位は驚くほど高い。
未踏のダンジョンを制覇したり、貴重な素材を持ち帰るなどの功績を上げれば、平民でも爵位を授かることがあるほどだ。
だから、貴族の子弟が冒険者を目指すのも、この国では珍しい話ではないらしい。
……とはいえ、俺からすれば、常に死と隣り合わせの仕事なんて真っ平ごめんだが。
だが、ふと思った。
「ダンジョンシミュレーター」のようなゲームなら、需要があるのではないか?
安全な場所で疑似的な探索を楽しめて、レアドロップを狙う快感も味わえる。
実際のダンジョンをモデルにして、モンスターの動きを忠実に再現すれば、実戦の訓練にもなるはずだ。
思考の海に沈みかける俺の横で、列はじりじりと進んでいく。
「ちょっと、聞いてるの? ねえ、カイト?」
思考の海に沈んでいた俺の耳元で、フラムの尖った声が響いた。
「ああ、聞いてる、聞いてるって」
「それ、絶対聞いてないでしょ」
フラムがジト目でこちらを睨んできた、その時。
「次の方、どうぞ」
カウンターの受付嬢から、タイミングよく声がかかった。
「ほら、呼ばれたぞ。行ってこい、フラム」
俺は一歩引いて促したが、フラムは俺の腕をがっしりと掴んで離さない。
「何言ってるのよ。あんたも来なさいってば」
半ば無理やり引きずられるようにして、俺もカウンターの前へと立たされた。
「新規の冒険者登録でよろしいでしょうか?」
受付の女性が、慣れた様子で微笑みかけてくる。
「はい。お願いします」
フラムが元気よく答えた。
「では、年齢や身分を確認できるものはありますか?」
言われるがまま、フラムは学園証を取り出し、差し出した。
どうやらこの国は、冒険者という職業を国策として推しているらしい。
そのため、王国民であれば初回の登録料は無料だ。
ただし、カードを失くした際の再発行には、それなりの手数料がかかるという仕組みのようだ。
こうして、俺たちは冒険者ギルドライセンスを手に入れた。
……そう、何を隠そう俺までもが冒険者登録を済ませ、ライセンスを発行してしまったのだ。
これについては、受付の女性とフラムの二人がかりによる波状攻撃が悪い。
彼女たちは代わる代わる、登録のメリットを俺に提示してきたのだ。
曰く、学園を卒業した後の公的な身分証になる。
曰く、他のギルドへの登録もスムーズに進む。
曰く、素材の買い取りや取り寄せが格段に便利になる。
曰く、王都を出て他の街へ行く際、通行証代わりとして使える。
そして極めつけは、受付嬢の放ったこの一言だった。
「こんなに可愛い彼女さんを一人にして、心配じゃないんですか?」
……いや、彼女じゃないから。
まあ、なにはともあれ登録するだけならタダだ。持っておいて損をすることはない。
ライセンスを手にしたからといって、絶対にダンジョンへ潜らなければならない義務もないし、行かなかったからといって剥奪される心配もないのだから。
フラムは発行されたばかりの冒険者ギルドライセンスを両手で掲げ、満面の笑みではしゃいでいた。
「やった、やったわ! ついにライセンスゲットよ!」
「ああ、そうだな」
喜びを爆発させるフラムの横で、俺は自分のカードを適当にポケットへと放り込む。
冒険者ギルドを後にした俺たちは、せっかく外出したのだからと、そのまま王都をぶらぶらすることにした。
足を向けたのは、一番街の中央にある巨大な噴水の近くだ。そこには、街の人々が思い思いに腰を下ろしてくつろげる、開けた広場のような場所があった。
広場を通りがかったとき、フラムが足を止めて俺の袖を引いた。
「ねえ、カイト。あそこで『キングス』をやってる人たちがいるわよ。あんたの好きな娯楽じゃない?」
フラムが指差す先では、広場の一角を使って、二人の男女が盤面を囲んでいた。互いに一歩も譲らぬ様子で、駒をにらみつけている。
「……珍しいな」
俺は思わず呟いた。
キングスは、前世でいうところのチェスのようなものだ。
どちらかと言えば貴族の遊びだが、市民でもやる人はいる。
ただ、大体は家の中で遊ぶもので、外で指しているのはあまり見かけない。
ルールも複雑で、プレイ人口も少ないと聞いている。
「うちにもあるんだけどね。一応ルールは知ってるけどあまりやってないわ、家で埃被ってるんじゃないかしら」
フラムがそう言う。
「そうだよな。ルール微妙に分かりづらいし、どう動かしていいか分からない所もあるしな」
俺はそう返した。
「でしょー? でも、あんな風に指せたら格好いいわよね」
ボードゲームか。
遊戯盤と魔導基盤を組み合わせれば、案外色々なことができそうだ。
キングスを改良するのもいいし、すごろくのような形式にしてもいい。
複雑な計算を魔導基盤に任せれば、プレイ中の手間も大幅に省ける。
プレイヤーが考えることだけに集中できる環境を作れるなら、それは大きな強みになるはずだ。
しかも、ターゲットを貴族に絞れば大きな利益が見込める。
魔力不足の問題にしても、金持ちの貴族ならお抱えの魔法使いがいるだろうから、魔力充填もそう困らないはずだ。
「なあ、フラム」
俺は思考を切り替え、隣を歩く彼女を呼び止めた。
「ん? どうしたのよ、いきなり」
フラムが不思議そうに足を止める。俺は彼女の目を見て、はっきりと告げた。
「商業ギルドに行くぞ。俺は……金持ちになる!」
「はあ? さっきから黙ってたと思ったら、急に何を言い出すのよ」
フラムはあきれたように肩をすくめたが、その瞳にはどこか楽しげな色があった。
「まあ、意味はわかんないけど。あんたがやる気になったならいいわよ、付き合ってあげるわ」
意気揚々と歩き出す俺の横を、フラムが軽い足取りでついてくる。
俺たちはそのまま、商売の拠点となる次なる目的地、商業ギルドへと向かった。
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