8話 諏訪盆地へ
「こちら、鍵になります」
ディーラーでルーミーの鍵を受け取った。もう一回コーティングをかけてもらったおかげで、今のルーミーは眩しく太陽の光を反射していた。
「どうもありがとうございました」
「いえいえ、車がある生活を守るのが私たちの役目ですから」
……この人はちゃんと『使命感』を持っているんだなぁ。
私は最後に深々と頭を下げ、ディーラーを後にした。
「ねえ、どこ行きたい?」
自分自身とルーミーに質問してみた。バンパーが脱落する恐れもないから、今日はどこへだって行ける。……県内でお願いね?
「そういえば、あの時神社に行きたいって思ってたんだよね。……よし、じゃあ早速行ってみよう!」
決めた。向かう先は諏訪盆地だ。
[諏訪盆地]
長野県中部にある標高約760mの地溝盆地。糸魚川-静岡構造線の活断層群によって形成され、現在も地盤沈下が続いているのだとか。
そこでは時計のような精密機械工業が発達したので『東洋のスイス』と呼ばれている。
諏訪湖の近くには中央本線が通っていて、特急『あずさ』や特急『かいじ』がすぐそばを走っていく。もしも諏訪湖に行くのなら、下諏訪駅や岡谷駅から向かうのがオススメ。
そして……神社も多い。
「さあてと……」
私は諏訪大社本宮へ来ていた。ネットにあるホームページでは『遠方からお越しの際はぜひ四社すべてをお参りください』と書かれている……けど私は既に四社すべてをお参りしてきた。今回本宮にやってきたのは気まぐれである。
諏訪大社の本宮・春宮・秋宮は本殿を持っておらず、自然そのものを御神体としている。
「自然に感謝を。ってことなのかな……」
私は宝殿の前で呟いた。ここは本宮で一番大切な場所だと書かれていた。
「ここ、若干涼しく感じる……気のせいだよね?」
自然と水の神様がいるから……かもしれない。
忘れずに参拝もして私は次の神社へ向かった。
車でだいたい二十分、岡谷JCTの近くにその神社はある。
「ここが、『洩矢神社』……」
今まで行ったことがなかったので少し気になっていた。思っていたよりも人が多い。諏訪大社に比べれば……うん。
ここは先住神『洩矢神』を祀っている。周辺では遺跡が複数見つかっていて、一時洩矢神の住居跡と信じられていたらしい。
言い伝えによれば、元々は天竜川のほとりにあった。藤の木がかなり繁茂していて、それを当時の藩主が蛍狩りをするために伐り払うよう命じた。けれど神様の祟りを恐れて誰も従わなかった。
そんな中、とある人が条件を出して藤を伐採した。すると間もなくして気がおかしくなってしまった。祈祷で少しは収まったけれど、ある日に突然家を飛び出して「半の木」という山腰で突然倒れてそのまま死んでしまった。
人々は神罰を恐れて、その場所に神札を祀って『鎮目大明神』と名づけた。
藩主にも祟りがあったので、お詫びとして城内で祠を作って奉納することにした。ただ、大きすぎたので少し縮めて奉納した。それが今の本殿らしい。
より詳しく知りたかったらウィキでも読んでみてください。
「あの、すみません」
「はい?」
参拝後、駐車場に戻ると声をかけられたので私は後ろを振り返った。そこには前髪がぱっつんと切りそろえられた女の子がいた。腕には白い紙袋を提げていた。
「岡谷駅へ向かうにはどっちへ行けばいいですか?」
「えっと、北東の方向だから……この市道をずっとこの方向に行って……一人で行けそうかな?」
「……恥ずかしながら」
「じゃあ私が送ってあげる」
「い、いえそんな…!」
「いいのいいの。手伝いはしたい側だから」
そんなわけで、女の子をルーミーの助手席に乗せた。歩きだと十分以上はかかる道のりを、車なら五分もあればたどり着ける。
「それじゃあ、しゅっぱーつ」
女の子は『てるよ』と名乗った。
「一人でここに来たの?」
「家族や友達と共に来ました。ただ、気付いたら私だけ違う道に行ってたみたいで……」
「それで神社に寄ったの?」
「はい。あそこなら早く心を落ち着かせられるんじゃないかと思って」
「神秘的な場所だもんね~」
「そういえば、変かもしれないけれど聞いていい?」
「何でしょうか?」
「……何で浴衣姿なのかな?」
それもただの浴衣ではなく、袖の部分が本体(?)と繋がっていないタイプの浴衣。なので肩が丸見えである。
「これ、私の普段着なんですよ。冬以外はしょっちゅう着てます」
「へえ~……そんな浴衣見たことないなあ」
「祖母からもらったもので、タンスの奥から引っ張り出してきたんです」
「……お似合いだね」
「ありがとうございます」
「あれかな?」
「……あれです!」
一般車用の駐車場にルーミーを停めると、観光案内所の前に一つの集団があった。
「本当にありがとうございました。これ、お礼の品です」
てるよちゃんは後部座席に置いていた紙袋から、高そうな箱を取り出した。そのときにチリン、と涼しげな音が箱の中から聞こえてきた。
「え……大事なもののように見えるけど?」
「いいんです。もう一個あるので」
「……なら、ありがたくもらうね」
「ふふっ……では、またいつか」
そう言い残しててるよちゃんはルーミーから降りていった。
そのときの笑顔が眩しかった。
「……さぁて、三十分経つ前に出ようか」
この駐車場、三十分までは無料だからね。
「なんだこれ?」
115系の前に置かれた箱を見て怜太さんが呟いた。
「人助けをしたときにもらいました」
「へえ、中身は?」
「……まだ見てないんで開封しちゃいましょうか」
カッター、カッター……あった。
私は箱に貼られたテープを切り、蓋を開けた。
中身は風鈴だった。……岡谷駅で渡された時から、若干そうかなって思っていた。
「おお、すげえ。透明な黄色だ」
まるで宝石のように風鈴は輝いていた。色は違うけど、ルビーみたいだ。
「で、どこに置くんだ?」
「う~ん……入り口とかはどうですか?」
「自室に飾るよりはいいかもしれないな。風鈴はたくさんの人に涼しさを感じさせるものだし」
その日から、風鈴は博物館の入り口から涼しさを感じさせるようになった。……まだ梅雨も来てないのにね。
あ、てるよちゃんに名乗るの忘れてた。通りすがりのヒーローみたいになっちゃったじゃん私。
「輝夜、心配したのよ!」
「ごめんなさい……」
「歩いてきたの?疲れてない?」
「大丈夫、車で送ってきてもらったから」
「だ、誰に?」
「……優しいお姉さん。確か……かなでさんだったかな」
「そうなの……運が良かったわね。さあ、続きを始めましょうか!」




