『魂が交わる場所で ―呉昇桓とOBたちとの再会―』
秋の神戸。
懐かしい浜風が、スタジアムの外野席をすり抜けるように吹いていた。
そこは、阪神タイガースの旧本拠地・甲子園からほど近い、
OB戦・イベントが開催されるために改装された鳴尾浜球場。
「久しぶりだな、このマウンド……」
傑――安川傑、50歳。
今は地元・茨城に戻り、ゲストハウス経営と楽天の育成コーチを務める彼が、
かつて所属していた阪神のOB戦に招待されたのだ。
「安川さーん! 久々っすね!」
手を振って駆けてきたのは、現役投手の才木浩人、村上頌樹、門別啓人。
彼らはみな、少年時代に“安川傑の背中”を見て育った世代だ。
「うわー、本物だ……握手していいですか?」
「お前ら、握手求める年齢じゃないだろ。もう、お前たちが見せる番だぞ」
傑が笑いながら肩を叩くと、3人はこどものような笑顔を見せた。
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「おいスグル、痩せたんじゃないか? 家でちゃんと食ってるか?」
「あれ……その声は……」
振り返ると、そこには韓国から遠征参加した元守護神――**呉昇桓**の姿があった。
「昇桓……!」
かつて、KBOとNPBの両リーグで“鉄仮面”と呼ばれた守護神。
彼と傑は、阪神時代にバッテリーを組んだ一瞬の時期があった。
「韓国の若い連中が“傑と会ってみたい”ってうるさくてな。久しぶりに、日本の空気を吸いに来た」
「お前が来たら、空気が引き締まるよ」
2人は、言葉を超えた“ベテランの握手”を交わした。
⸻
その日のOB戦は、スタンド満員。
ベンチでは現役選手たちと、歴代の猛虎戦士が談笑しながら準備を整えていた。
岩崎優、岩貞祐太、西勇輝、大竹耕太郎、湯浅京己――
現役の豪華リリーフ陣に交じって、OBの藤川球児や能見篤史、そして安川傑も姿を見せる。
「安川さん、今投げたらどれくらい出ますか?」
「球速? たぶん110キロ。肩はもう孫抱く用になってる」
「孫じゃなくて、ホルン吹く娘さんでしょ?」
「祐美子か。あいつは今、ホルンで“引退式の曲”作ってるよ。マジで」
ベンチは和やかな笑いに包まれた。
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そんな中、ベンチ裏では――
「俺が阪神にいたとき、日本語も野球も不安だった。でも……お前がいたから、安心して投げられた」
呉昇桓がぽつりと話す。
「昇桓……俺、お前が投げる姿、ほんとに好きだったよ。
顔には出さないけど、背中が雄弁だった。ファンのために生きてるって感じがした」
「いま、若い子たちはすぐに答えを欲しがる。でも“耐える時間”があると教えるのは、お前の役目だな」
「そう言ってくれると、俺もまたマウンドに立ちたくなる」
「……じゃあ、今日、1球だけ投げてみろ」
「は?」
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試合中、サプライズとして急遽「1打席だけの再現」が組まれた。
バッター:佐藤輝明
ピッチャー:安川傑、50歳。
「おいおい、マジでやるのかよ……」
スタンドも、どよめいた。
マウンドに立った傑は、昇桓から借りた黒い手袋をはめ、ゆっくりと一礼する。
(これが、俺の“最後の1球”かもしれない)
キャッチャーは坂本誠志郎。
初球――
ストレート、外角低め。
佐藤は軽く見逃し、ストライクの判定。
観客からは拍手と歓声。
傑は深く息を吐き、帽子を取った。
「もう十分だ」
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試合後、OB・現役混合の交流会。
傑は呉昇桓と並び、グラスを片手に語る。
「……なぁ、昇桓。お前、次の人生は?」
「まだ考えてない。でも、“引退してからが本当の野球”だと今は思う」
「同感だな。俺もようやく、野球が“教えるもの”になった気がしてる」
「ならまた、韓国でも投げようか? 娘のホルンつきで」
2人は笑った。
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帰り道。
傑は昇桓に言った。
「お前とマウンドに立てて、よかった」
「こちらこそ。じゃあ、また“あの頃のように”」
2人はがっちりと握手を交わした。
――夜の神戸に、再会の余韻がしみ込んでいく。
傑は今日もまた、ひとつ“過去の光”を未来に繋いだのだった。




