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『君と風の国で』


【2008年 秋・ソウル】


KBO(韓国プロ野球)・斗山ベアーズ所属の投手、**安川傑すぐる**は、人生の岐路に立っていた。


楽天、阪神を経て海を渡り、韓国球界に挑んで2年目のシーズン。

言葉も文化も違う中、周囲に溶け込む努力を重ねていた。


「今日のヒーローインタビュー、通訳ナシでいくって?」


「ええ。韓国語、勉強してきたから」


そんな冗談交じりに答えた傑の前に、スタッフが彼女を連れてきた。


「紹介します。今日のインタビュアー、朴成旼パク・ソンミンアナウンサーです」


――その瞬間、時間が止まった。


長い黒髪、鋭い知性を宿した瞳、穏やかな微笑み。

どこか日本人にも似た気品を漂わせる彼女は、当時斗山の専属アナウンサーであり、

元・チアリーダー出身の“球場の顔”だった。



【距離感:インタビューのあとで】


「質問、少し難しすぎましたか?」


「いえ。すごく綺麗な発音でしたよ。……ちょっと、緊張しましたけど」


「私もです。……あなた、日本語話せると聞いて、少し勉強してきました」


「じゃあ、今度、交換しましょう。僕が韓国語教えるので、あなたが日本語を」


それが、全ての始まりだった。



【5年の時:愛と葛藤】


交際はすぐには公にはしなかった。

野球選手とアナウンサー。

しかも国籍も、文化も、母語も異なる。


成旼は家族からも「一過性の感情じゃないか」と言われた。

傑もまた、日本の球界復帰の話を前に、揺れていた。


それでも、離れなかった。


ある冬の深夜、ソウルの南山公園で。

傑が初めて流暢な韓国語で言った。


「나는 너 없이 야구를 못 해.(君がいなきゃ、野球できない)」


成旼はその場で泣きながら抱きしめた。


「그럼, 같이 던져줘요.(なら、私のためにも投げて)」



【結婚:そして家族に】


2013年、ソウル市内の教会で家族だけの結婚式が行われた。


指輪の交換のとき、傑は日本語でこう言った。


「これからは、国籍じゃなくて、心で一緒に生きていこう」


成旼は韓国語で答えた。


「당신과 같이라면, 어디든 집이에요(あなたとなら、どこだって家です)」



【その後の人生】


成旼はフリーアナウンサーとして活動を続け、日韓の架け橋となる存在に。

傑は日本球界に戻り、楽天、阪神で再び活躍しながら、家庭を守り続けた。


そして、二人の間に生まれた娘・祐美子がホルンを吹くその日――

傑は、甲子園と東京ドームで“最後の投球”を見事に締めくくった。


それは、15年前に風の国で出会ったふたりの、

“あの一歩”の延長線上にある、確かな奇跡だった。


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