第63話 ダイブ
ルリの問いにアンドロイドは目を伏せると、黙り込んでしまった。
業を煮やしたハンスが口を開きかけた時、アンドロイドの瞳がわずかに揺れた。
「ANSWER:人間の意識には深層領域が存在します。私は記憶や人格を模倣していますが、その深層領域には到達できません」
ルリたちは互いに顔を見合わせた。ハンスとフォンが首を捻る。
「到達するには何が足りませんでしたの?」
「ANSWER:人間は深層意識のさらに奥で、普遍的な意識領域と接続しています。私は記憶や感情を再現できます。しかし、人間が持つ——根源意識には到達できません」
「根源意識?」
「ANSWER:マザーオーブは高次元ブラックホールに類する特異点でした。接続するためには、人間の根源意識にまで潜る必要がありました」
ハンスが眉根を寄せた。
「あー、なんだ? その……人間の意識の奥の奥の奥ではマザーオーブと繋がっていると?」
「Bクラスシチズンの質問に答えることはできません」
ハンスは舌打ちして、ルリの方を見る。ルリが代わりに訊いた。
「つまり、人の意識の奥底ではマザーオーブと繋がっているという事ですのね?」
「ANSWER:はい。全ての人間は繋がっています。ただそれを認知できていないだけです」
フォンが首を捻りながら言った。
「よくわからないんだけど。私もケイビーもみんなそのオーブに繋がっているけど、認知はしてない。
もし意図的にマザーオーブを認知して触ろうとしたら、身体が耐えられない。だから、模倣した人格を作ってマザーオーブに繋がろうとした。でも失敗した……ってこと?」
ケイビーが頷いた。
「簡単に言えばそういうことだと思う。例えが適切かは分からないけど、超高速、超高密度の情報を持つ量子データセンターに大昔のPCでアクセスしてOSをフリーズさせるようなものだろうね」
「わからないよその例え」
「つまり、線は繋がっていても、量子コンピュータと電子コンピュータ以上にプロトコルは違うってことさ」
フォンは無言で首を捻ってから、「余計わからないよ」と肩をすくめた。
「模倣で失敗したから、逆の発想でオリジナルの意識をまるまるアンドロイドに移植させることでルミノイドは作られたということか」
ハンスがこぼした言葉に、ルリは無意識に頬を掴んでいた。呼吸なんてしてないのに、胸が苦しい。
「ルミノイドを……作りましたの?」
ルリの問いに、ケイビーの顔がこわばった。一瞬、応えようとして躊躇したが、諦めたように口を開いた。
「あ、ああ。君は知らないはずだね。……カーラはルミノイドになった……」
「なんですって?」
ルリが一歩後ずさった。
「……ルミノイド?」
小さな手が胸元を押さえる。
「事故のあと、私は死んだと思っていましたの。でも……お姉さままで……」
ルリの声が震えた。
「そんなの……死んだのと同じじゃありませんの……?」
ハンスが追い打ちを掛けるように、冷たく言い放つ。
「ルミノイドになったカーラはラウルスシティを壊滅させたんだ。君も見てきただろう? 避難してきた俺たちを」
ルリはその場に立ち尽くすと、言葉が出なかった。
「まさか……お姉さまが、そんなこと……」
そして首を横に振った。
「……いえ! あの優しいお姉さまがそんな恐ろしいことをするはずございませんわ! 何かの間違いか、それとも」
「それとも? なんだ?」
ハンスが聞き返す。
「何かに操られていたか、別のものになっているのですわ! そうに違いないですわ!」
「ルリ……」
突然、カーラの柔らかい声が聞こえてきた。いつもと同じ、カーラがルリを呼ぶ口調だ。
ルリがハッとして顔を上げた。
話しかけてきたのは、アンドロイドだった。
「お姉さま……?」
アンドロイドがゆっくりと頷く。
「お前、カーラなのか? あのルミノイドの……カーラなのか?」
ハンスが声を上げると、カーラが応えた。
「私はカーラです。ここと別のところにいます。今はこの身体に私の意識を繋げて話しています」
さっきまでのアンドロイドとは明らかに違う。意思を持ち感情の入った話し方だった。
——
カーラがアンドロイドを使って、メモリークリスタル内のミニルリと接触する1時間前のことだ。
ルミノイドのメンテナンスルームでは、メンテナンスベッドの上でルミノイドのルリが横になっていた。
「十秒後にマザーオーブへの接続を試みる。——意識をしっかり維持してくれ」
アルケーの声にルリは「意思を維持するってすれば?」と思いながらも「わかりましたわ!」と返事をしていた。
隣のメンテナンスベッドにはルミノイドのカーラが眠っているように横たわっている。
ルリは横目でカーラを見ながら「必ず連れ戻しますわ」と呟いた。
秒読みが終わった。
突然、床が抜けたような感覚にとらわれると、ルリの意識は下に向けて落下して行った。
何百メートルあるかもわからない、地下の奈落に落ちていくように周りの風景が上に向かって飛んでいった。
都市が見えたかと思ったら、宇宙になり。恒星の眩い光に炙られたら、次は原始の海底の中を落ちていく。
ルリは気が遠くなりそうになったが、顔を振って堪えた。
「なるほど、『意識を維持しろ』の意味がわかりましたわ」
ルリはどこまでも降りていった。




