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蒼海のシグルーン  作者: 田柄 満
古代都市編
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第62話 試作品

 円形ホールの中央でアンドロイドの長い髪がスポットライトを受けてきらきらと光り輝いていた。

 保持具が音もなく広がり、拘束を解いていく。

 青と黒の空間に白く浮かび上がるボディは、美術館のオブジェのように美しく、見る者全員が言葉を失った。

「あの女の顔は……?」

 ハンスの表情が固くなる。

 アンドロイドの顔はカーラにそっくりだが、纏う空気はカーラとは全く別のものだった。


「お姉さま?」


 小さなルリが戸惑いながら、沈黙を破る。

 アンドロイドは顔を上げると、柔和な笑顔を浮かべた。

「小さな可愛い人……あなたとは何処かであった気がします」

 アンドロイドが今度はハンスの方を向いた。

「あなたはラウルスシティBクラスシチズン、ハンス・セラム。登録番号はBQC1879865。なぜBクラス市民がここにいるのですか?」

 ハンスが戸惑っていると、次はフォンとケイビーを見る。

「あなたはフォン・ファム。同じくBクラスシチズン。登録番号はBRB1653328。そしてあなたは、Aクラスシチズンのケイビー・ミラー。登録番号はACG0428675」

「なぜ、私達を知ってるの?」

 アンドロイドはフォンの質問には答えず、三人を見ると首を傾げた。人間の仕草のようで感情を感じさせない違和感のある動きだった。

「ここは、特別研究区です。Bクラスシチズンがなぜここに立ち入っているのですか?」

 アンドロイドはハンスを見据えると下がって、腰を低く構えた。その瞳は冷たく、一切の感情を感じさせなかった。

 ハンスの背筋が凍った。

 フォンが反射的に銃を取る。

 咄嗟にケイビーがアンドロイドに右手を上げると待ったをかけた。

「まってくれ! これは緊急処置だ! 今ラウルスシティは壊滅的状況にある。彼らは避難してきた避難民だ!」


 アンドロイドの動きが止まり、何度も瞬きをした。

 カチカチとリレーの切り替わるような小さな音がする。


「ラウルスシティが壊滅——データ照合」


 アンドロイドは構えを解いて、また直立すると言葉を続けた。


「現在、ラウルスシティの98.6%が機能停止。538名の生存者を確認、内326名はラウルス・プリーマに集結。——状況を把握」


「理解してくれたの?」

 フォンが銃を構えたまま、不安気にケイビーに訊く。

「恐らく……」

「緊急処置法が適用。避難民の保護が優先されます。しかし、ここは特別研究区です、速やかな退去を要請します」


「幾つか質問させてくれ」

 ハンスが訊くと抑揚のない答えが返ってきた。

「Bクラスシチズンの質問に答えることはできません」

 ハンスは肩をすくめるとケイビーのほうを見た。

「どうやら、ケイビー様の言うことしか耳にはいらないようだな」

 ケイビーがむっとする。

「いやな言い方をしないでください。それより思い出しましたよ」

「なにをだ?」

「今のルミノイドを作る前にプロトタイプ的なものが作られていたと……」

「プロトタイプ?」

「はい、僕も詳しいわけではないですが、ルミノイドはマザーオーブの研究のために作られたものです」

「それは知っている。なぜ人の形をする必要があるかまでは知らんが」

「マザーオーブにアクセスするには人の意思が必要なんです」

「人の意思だと? なら、わざわざ機械人形を作る必要はないだろう」

「マザーオーブが発する圧倒的な情報量に生身の人間は耐えられないんです」

「それでルミノイドか」

「そうです。人間の意識を機械的に再現しようとしていたんです。マザーオーブとの適正値の高い人物を探していたと聞きます」


「それが……お姉さまです」

 小さなルリがアンドロイドを睨んでいた。小さな拳がぎゅっと握られている。

「私のお兄様が、前にお姉さまの適正値が異常に高いことを話していました」

「君のお兄様?」

「私の名前はルリ・マーナー。お兄様の名前はアルケー・マーナーです」

 ケイビーは驚いてプレートを危うく落とすところだった。

「君は室長の妹か!?」

「高次物質科学研究機構の室長のことをいっているのでしたら、それは私のお兄様ですわ」


 ケイビーだけでなく、そこにいる全員が息を呑んだ。


「それよりも、私もアンドロイドに訊きたいことがありますの」

 アンドロイドはホログラムのルリに目を向けると、何度か瞬きをした。

「可愛い人。あなたはSクラスシチズン、登録番号はSRV0098718。ルリ・マーナーの意識を持った『シャドウ』ですね」


 ルリはしばらく黙っていた。


「……そうなのでしょうね」


 小さく俯く。


「事故から先の記憶がありませんもの。今の自分を見れば、大方の予想はつきますわ」


 思わずハンスが唸った。

「驚いた。自分の境遇がわかるのか?」

「今の私の状態よりも我慢出来ないことが目の前にありますの」

 ルリはアンドロイドの方に向き直る。

「あなたはお姉さ……いえ、カーラ・マーナーの何を模倣しておりますの?」

 アンドロイドは瞬きをした。

「ANSWER:私はカーラ・マーナーの意識を模倣」

「何のためですの?」

「ANSWER:マザーオーブへのアクセスおよびコントロールのキーとなるためにです」

「キーとは何ですの?」

「ANSWER:マザーオーブへのアクセスには人間の意識が必要なため。意識をシミュレートした存在として私は作られました」

 ケイビーが興奮気味に言った。

「なるほど! 機械で擬似的に人の意識を作れば、危険を冒さずマザーオーブにアクセスできると考えたんだ」

「暴走してもスイッチひとつで止められるからな、街を壊されずに済む」

ハンスが苦笑いをしながら皮肉っぽく言った。


「それで、アクセスには成功しましたの?」

 ルリの質問にアンドロイドは一瞬俯いたように見えた。

  

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