第61話 冷たい墓標
ハンスはタラップを下がりながら下を見た。トンネルの中は暗くて先が見えず、地の底まで降りていくいるように感じる。
この薄暗いトンネルの先にあいつがいる。
妻と娘を奪い、ラウルスシティを地獄に変えたあの女が。
そう思うと、冷たいタラップを掴む手に自然に力が入った。
タラップを50メートル程降りたところで通路に出た。
通路は金属パネルに囲まれ、人ひとりが通れるくらいの幅しかない。
300年使われていないはずなのにあまり荒れた様子がないのは、人が入らなかったことに加えて、クリンルーム並みに空気が浄化されているからだろう。
青白い照明が等間隔に並んではいるが、通路全体は薄暗く先に何があるかまでは見えない。
低く小さいゴーッというノイズ音が絶えず聞こえてくる。
「肌寒いし暗いし、控えめに言って通風ダクトの中って感じですね」
静けさに耐えられずにケイビーが軽口をたたく。喋る息が白い。
「レッドカーペットでも敷かれてると思った?」
銃を構えて後ろを警戒しながら、フォンが呆れたように答えた。
ケイビーが不安そうに訊く。
「タワーの位置はわかってるんですか?」
「ああ、ここのマップは把握している」
ハンスはポケットから、ハンドヘルドデバイスを出すとマップを表示した。
画面から複雑な迷路のような通路が浮かび上がる。目的地までの経路がグリーンのラインで示されている。
ラインは回り込むように何度も折れ曲がっていた。
ハンスは暗い通路の先に目をやると、低くうめいた。
「……徒歩三分とはいかないようだな」
ケイビーと小さなルリを挟んで、先頭はハンス、後ろはフォンの順番で狭い通路を進んでいった。
何度目かの分岐を曲がったところで、通路の端に黒い塊が落ちているのが見えた。
「……なんだ、あれ?」
ハンスがライトを向ける。
干からびた皮膚。骨の浮いた腕。空洞になった眼窩が灯りに浮かび上がる。
それは壁にもたれかかるように座り込んだ、ミイラ化した死体だった。
フォンが思わず「ひっ」と言って口元を押さえる。
「なぜ、こんな所におりますの?」
小さなルリのホログラムがケイビーの肩ごしに恐る恐る覗きながら訊いた。
ケイビーが前に出ると、死体の前にしゃがんで観察する。
死体は異様なほど腐敗していなかった。乾ききった皮膚が骨に張り付き、まるで時間だけが抜け落ちたようだった。
「ここで、亡くなったままミイラ化したようですね」
死体の胸元に触れる。
干からびた防護服の内側から、何か硬いものが床に転がった。
キンと金属音がする。
見ると金属製のカードのようなものだった。
ハンスが拾う。
「何かのタグのようだが……」
タグを見たハンスの顔が固まった。
『KENJI TAKAHASHI
Chief Officer
ICS Laurus Prima』
「……まさか」
ハンスが低く呟く。
「チーフオフィサー……航海士長か」
「三百年もここで眠っていましたの?」
ルリが神妙な顔つきで訊いた。
「そうだな……いや、もっと前かもしれん」
ハンスは喋りながら、死体のポケットを漁った。
「え!? 死体から取るんですか?」
フォンが驚いた。言葉に抗議の色が混ざる。
「死んだ人間はもう使えないだろ」
ポケットからは、バッテリーの切れた端末デバイスと薬の錠剤にセキュリティカード、それと複合コーティングされた一枚の写真が出てきた。
地球で撮られたであろう、どこかの海辺で奥さんと娘と思われる2人と一緒に並んで笑っている姿が写されていた。
ハンスはその写真を見ると、砂を噛んだように顔をしかめた。
「命懸けでこの星まで来て、三百年後に街ごと消えるなんて思わなかっただろうな……」
次にセキュリティカードを調べると「ほぉ」と呟いた。
黒地に銀白色のラインが入った、薄い金属製のカードだ。ID番号の横に「Platinum」の文字が刻まれている。
「チーフが持っていただけにセキュリテイカードの権限も高そうだな」
「使えるの?」
「ここのシステムが300年更新されていなければな」
「大丈夫だと思います……多分」
ケイビーが死体に目を向ける。
「この人がここにいるということは、少なくともタワー周辺のシステムには手がつけられていないという事だと思います」
「そうだな」
ハンスは写真を死体の膝の上に乗せた。
そして、ウイスキーの入ったスキットルをポケットから出すと、蓋を開けて死体の前にそっと置いて、黙祷した。
「このくらいしかできないが、これでも飲んでゆっくり眠ってくれ……」
ハンスはぼそりと小さな声で呟くと立ち上がった。
「さあ、いくぞ」
さっきと同じ隊列で通路を再び歩き出した。
狭い通路の何度目かの角を曲がったところでマップを確認した。
「次の角を曲がったところで、タワーへの入り口がある」
「いよいよですね?」
「ああ、ここまで長かったが、この先も何があるかはわからん。気を抜くなよ」
「この中にお姉さまがいますのね?」
ルリが訊くと、数秒の沈黙の後にハンスが答えた。
「ああ、いる。……必ずいる」
最後の角を曲がると突き当たりにはシンプルな鉄の扉があった。ノブに手を掛けて開けようとしても施錠されて開かない。
「試してみるか」
セキュリティカードを扉の横の読み取りセンサーにかざしてみると、カチャリと中で鍵の開く音がした。
「ビンゴのようだ」
小さく扉を開いて、隙間から覗くが、中は暗くて見ることができない。
やむなく扉を開いて中に入ると、突然、照明が点いて明るくなった。
眩しさで目をしかめる。
やがて明るさに慣れて周りを見回すと、中は円形の広い空間になっているようだった
「あれはなんだ!?」
ケイビーが指さす先に部屋の中央で、一体の女性型アンドロイドが保持器具に支えられて立っていた。
ケイビーが気が付いたのと同期するように、アンドロイドが目を開いて、顔を上げる。
ハンスとフォンは反射的にAKを構えた。
「ルミノイドか!?」
ルリがアンドロイドの顔を見て息を呑んだ。
「お姉さま?」
スポットライトのように白い照明に照らされたアンドロイドはカーラに似ていた。




