第59話 会敵
誰もいない都市を300人が往く。
見上げると、高層ビルの隙間からスクリーンに映し出された星空が見えた。
ケイビーはなんだか井戸の底にいるような気持ちになった。
ビルの谷間の広場に到着すると、四方に見張りを置いて小休止した。
ハンスが噴水のような階段の上に立つと注目するように促した。
「出発前の打ち合わせ通り、ここで五つの班に分ける」
全員の顔を見てから、話を続けた。
「俺とタカハシ、アーサーはそれぞれ戦闘班を受け持つ。キムは技術班、クインの班は退避路の確保とバックアップ。いざというときは一般人、子供、老人を優先しろ」
ハンスの視線が全員の顔を見回した。
「戦闘班は3つのルートを進む。タカハシは東側、アーサーは西、俺は中央のルートを進む」
タカハシとアーサーは頷いた。
「タワーまで400メートルの進軍だな 」
「撃ち合いになったら、無理に英雄になるな。生き残れ。中央ビルで合流だ」
「了解!」
戦闘班はそれぞれ20名程の小部隊に編成された。ハッキング班の3人とケイビー、小さなルリもハンスと行くことになった。
『これから戦争でも始まりますの?』
ルリが不安そうにケイビーの顔を見る。
「うん、これから君の姉さんを“取り戻し”に行くんだ」
『お姉さまは閉じ込められてますの?』
「ああ、閉じ込められている……」
ケイビーは中央タワーを見上げた。MALで見た、あの魂が吸い取られていくような光景を思い出す。
「解放しなきゃ……」
ケイビーは誰に言うでもなく呟いた。
400メートルの距離を監視カメラの死角を縫い、物陰ごとにドローンを警戒して、一時間近く掛けて歩いた。タワーが目前に見えるところまで来た時、ケイビーの真後ろで何かが倒れる音がした。
振り向くと、背の高い男が倒れて痙攣をしている。
ケイビーが男に駆け寄った。
外傷はないが、白目を剥いて、筋肉が弛緩している。
「この状態は……パラライザー?」
「敵襲だ! 前!」
ハンスの叫ぶ声に反射的に物陰に隠れる。
一緒に物陰に隠れようとしたひとりが、ケイビーの目の前でうめき声をあげて倒れ込んだ。
『だ、大丈夫なんですの?あの方』
ケイビーの小脇でルリが心配そうな声をあげた。
「死にはしないよ、半日動けなくなるだけだ。でも、ここで麻痺したら終わりだ……」
「どこから撃っている?」
周りを見渡しても、ドローンらしいものは見当たらない。
「音どころか気配すらしないぞ!」
言っている間にまたひとり地面に倒れた。
「このままだとじわじわ全滅させられる!」
ルリが向かいのビルの隙間を指差した。
『あの階段の向こうのビルの隙間を狙ってくださいませ!』
「何?」
『いいですから、早く!』
ケイビーはAK-47を手に取るとビルの隙間に向けて構えた。
『壁の排気口が見えますでしょ?その辺りを狙って撃ってくださいまし!』
「わ、わかった」
ビルの隙間から覗く、換気扇ほどの大きさの排気口に向けて引き金を絞った。
乾いた銃声の直後に金属に弾かれるような硬く甲高い音が響くと、球状のドローンが姿を現すと細い煙を引きながら、コンクリートの階段を転がり落ちていった。
「あれは?」
「見えない奴までいるのか?」
「可動ドローンが少ないとはいえ、油断できんな」
「あれ!見てください」
ケイビーが指差した先のタワーの入り口が開くと、コンコースから3台の人型ドローンが出てきた。
「中ボスのお出ましか」
「散開しろ、固まるな!」
ハンスが叫んだ。
ビルの陰や壁を盾に散開したメンバーが、一斉にAKを構える。
「左の奴から狙え! 撃て!」
号令と共にいくつもの銃声がビル街に響いた。
三方からの銃撃が左の人型ドローンに浴びせかけられる。
キンキンと金属音と銃声が激しい雨音のように耳を貫く。ルリが思わず両手で耳を塞いだ。
「おい!」
ハンスが驚きの声を上げた。
人型ドローンが弾を弾きながらこちらに向かって歩いてきたのだ。
「浮遊型と違って装甲が厚い!」
誰かが悲鳴のような声を上げた。
「AKじゃ歯が立たん!」
「どうするんですか!?」
一機の人型ドローンが、道路の反対側で陸橋の柱に隠れている数人に狙いをつけた。人型ドローンが迫る。
柱に近づくにつれてドローンに当たる金属音が高くなっていく。
あと5メートルまでというところでドローンの動きが止まった。
「やったか?」
「まさか」
バチッ!と高圧電流が弾けるような音がして、ドローンの周囲を青白い光が覆った。
一瞬の出来事だった。
柱の影にいた全員が無力化されていた。
「範囲攻撃か!」
「奴を近寄らせるな」
「おい、どうする?」
ハッキング班のヒゲがハンスに迫る。
「ハッキングはできるか?」
「やってはみるが、時間はかかるぞ」
「どのくらいだ?」
「15分……いや10分か」
「かかるな」
無線機で連絡を取っていたメガネがハンスに耳打ちする。
「別働隊も人型ドローンと戦闘に入り苦戦しているようです」
「応援も望めなさそうだな」
ケイビーが道路上にあるマンホールのようなハッチを指差した。
「あの、ハッチから一層下に入れませんか?」
タワーと今いる遮蔽物の中間ほどのところに、黄色と黒の警戒色のテープに囲まれた黒く四角いハッチがあった。
ハンスがハッチを見て、ふっと笑った。
「あれはインフラ用のメンテナスハッチだな。なんとかなるかもしれんぞ」




