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蒼海のシグルーン  作者: 田柄 満
古代都市編
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第58話 小さなルリ

 ケイビーのメモリークリスタルとリンクしたピッキングプレートが青く光り、像を結ぶ。


「なんだ、これは?」


 浮かび上がったのは、一人の少女の姿だった。


 手のひらほどの大きさの少女は、プレートの上で周囲をきょろきょろと見回している。

 ホログラムのはずなのに確かな存在感があった。


 やがて、少女の視線がケイビーで止まった。

『ここはどこですの?』

「こ、ここは地下だ。ラウルス・プリーマの近くにいる」


 ケイビーは答えてから、はっと口をつぐんだ。——相手がどう出るかも分からないのに、喋りすぎた。


 ひげの男が信じられないという面持ちで独りごちた。

「こいつ、本物か……?」

 目を凝らして見る。そこにいるのは、十五、六歳ほどの生身の少女だった。

「本物……といえば本物です。ルリ・マーナーの神経情報パターンをほぼ再現したものですから……」

 ケイビーがルリに聞こえないように耳打ちした。


『ラウルス・プリーマですって?……なぜそんな所にいるんですの? そういえば……事故のあと、どうなったのでしょう……』

 少女は何かを思い出したように、はっと顔を上げた。

『そうですわ! お姉さま! お姉さまはどうなっていますの? あの事故でわたくしを庇って――それから……』


 ハンスが近づき、少女の顔を凝視した。

「この娘……知ってる。ルミノイドのルリだ」

「人の姿をしているが?」

「恐らく、ルミノイドになる前の記憶情報なんだろう……」


 ハンスが小さなルリに優しく話しかける。その声には僅かに緊張が混じっていた。

「君、僕はハンスと言うんだ」

『ハンスさん……ですの?』

 ルリは訝しんで首を捻る。

『わたくしはルリ・マーナーと言いますわ』

 後ろでケイビーが「やっぱりそうだ」と独りごちた。

「君のお姉さんはカーラという名だろう? 大丈夫、ちゃんといるよ。僕たちもお姉さんに会いに行こうとしている……」

 隔壁を指差して言った。

「あの扉の向こうにいるんだが、開けられなくて困っていたんだ。君なら、あの扉を開けられないか?」

『あの扉?』

 ルリは隔壁の方を向いた。

「見えているのか?」

 ケイビーがボソッと言うと、クインが人差し指を立てて「しっ」とたしなめた。

『これは、見た事もない扉ですわね。これを私が開けられるとおっしゃるのですか?』

「そうだ。君自身が鍵になっている」

『釈然としませんが、わかりました。私を扉のそばに寄せて下さいまし』


 ケイビーがルリの乗ったピッキングプレートを隔壁に近づける。

 ルリの小さな手が隔壁に触れた瞬間、ルリの手から光の波紋が隔壁全体に広がって行った。

 光が扉の隅々に行き渡ったとき、スピーカーから合成音声が流れてきた。

『パーソナルパターンを確認。カテゴリグリーン……扉から離れて下さい。扉が動きます』


 空気の抜ける音がすると、扉は一度奥に引っ込んでから左にスライドして行った。

 蒸し暑く、息苦しかった通路に新鮮な空気が流れ込んでくる。

「あ、生き返る」

 クインが大袈裟に深呼吸した。

「気を抜くな、ここは敵地だ」

 ハンスはAKを構えると、周囲を警戒しながら扉から外に出て行った。

「何が出てくるかわからないぞ」


 扉の外のスロープを注意深く上がっていくと、ラウルス・プリーマの居住エリアが広がって見えた。

 ホログラムの空は星空を写し、月の明かりと街灯がビル街を照らしている。

 虫の声ひとつ聞こえない街は、張り詰めたように静まり返っていた。


「出迎えはなし……か?」

 スロープの影から外を覗いたハンスが呟く。

『敵地……とはどういう意味ですの?』 

 ルリの問いに、誰もすぐには答えなかった。

 ハンスがAKを握る手に、わずかに力を込める。


「……ちょっと危ない場所になってしまったんだ」

『危ない場所……何があったんですの?』

「しっ!」

 ハンスが指を口に当てると、プレートの上でルリが慌てたように、口をつぐんだ。

 隊列の動きが止まった。


 ブーンという羽虫の飛ぶような音がどこからか聞こえてきた。


 影から覗くと、球状の警備ドローンが漂うように現れると、スロープの出口で止まった。


 ピッ!


 目のような赤いLEDが点灯すると、球が二つに割れて、何かの発射口が覗いた。


 ピコッ!


 発射口がハンスの方を向いた瞬間、銃声が響いた。

 同時にコンという金属に硬いものが当たる音がして、ドローンが地面に落ちて転がった。

 硝煙の軽い刺激臭が微かに漂う。

「こいつは旧式の警備型ドローンだ、球の上の方に制御装置がある」

 AK47を構えたまま、ひげの男が説明した。

「時間を稼いだだけだ、異変に気づいた他のドローンがすぐ来るぞ」

 

『警備ドローンが人に攻撃?……何がありましたの?』

「君の事故の後、世界がひっくり返るような事があったんだ」

 プレート上のルリにケイビーが説明すると、ルリが不安そうにケイビーの方を向いた。

『ちゃんと説明して欲しいですわね』

「あのビルにカーラがいる。カーラに会えばわかるさ」

 ハンスが街の中央にある、一際高いビルを指差した。

 クインが後ろの列に向かって、叫んだ。

「みんな! ここからが本番だよ、あそこまで走るよ!」

「ばか! 声を抑えろ!」


 隊列の全員が手を挙げてクインに応えた。


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