【番外編】 ケイビー
番外編です。本編21話のケイビー視点での話です。
今日のハンバーガーはやけにマスタードが効いている。
高次物質科学研究機構の食堂でケイビー・ミラーは遅めのランチを咀嚼しながらそんな事を考えていた。
「マスタードが効いている時はろくなことが起きない……」
ぼそぼそとつぶやいていると、テーブルの上に置いたパーソナルターミナルがピコっと鳴って、メッセージが入っている事を告げた。
眉を顰めてメッセージを見る。
『素体の緊急チェックをやるので、可及的速やかにMALに来るように』
「え、MAL? メンテナンスルームじゃないのか?」
もうすでに嫌な予感しかしない。
「とうとうルミノイドの実験体が手に入ったのか?」
ケイビーは急いでハンバーガーを口に押し込むと食堂から出て行った。
MALに入ると、2つのメディカルポッドが並んでいて、その周りを医療チームが忙しく走り回っている。消毒液の匂いに混じって、どこか焦げたような臭いが漂っていた。
「遅いぞ! ケイビー!」
ケイビーを見つけた主任のベイカーが怒鳴ってきた。
「うちは救急病院じゃないですよね?」
「研究機関だ! とにかく運び込まれた重症者二人の命を繋ぎ止めるんだよ」
「繋ぎ止めるって?」
メディカルポッドの中を覗くと、女の人が二人入っていた。
一人は銀髪の若い女性で、もう一人はもっと若い。
「僕より年下じゃないか?」
どちらも全身の損傷が激しく、瀕死なのは見るだけでわかった。
体には幾つものコードやホースが繋がれ、NSF (ニューロステイシス・フルード)という液体に浸かっている。
この液の中でナノマシンが細胞に酸素と栄養の補給をしなければ二人ともとっくに死んでいただろう。
反射的にバイタルモニターに目がいく。ニューロモニターに表示された波形を見た。
「ニューロパターンが崩壊寸前じゃないですか!」
「だからMALに運び込んだんだよ!」
ケイビーは絶句した。
「まさか、今からですか!?」
ベイカーは顔を上げるとケイビーを見据えて、意を決したような声を出した。
「そうだ、今からだ。お前も腹を括っとけ」
思わず心の中で、食堂のマスタードに悪態をついた。自分を情けなく思う。
扉が開くと、メンテナンスベッドに乗ったルミノイドの素体が二体、MALに入ってきた。
マネキンのように無機質なボディがライトに照らされて鉛色に鈍く光っている。
額に嵌められた漆黒のクリスタルが、冥界の入り口のように不気味な存在感を醸していた。じっと見ていると吸い込まれそうな感覚に囚われる。
「おい! ぼっとするな! お前はニューロモニターの監視をしろ」
ベイカーの怒鳴り声で我にかえった。
「あっ、は、はい!」
サブルームに入り、操作盤の前に立った。モニターには立体グラフ化された脳の動きが表示されていた。二人とも微弱ながら動きが見られている。
「昏睡状態……というか、脳死寸前じゃないか……」
グラフの動きが止まったら終わりだ。どんな変化も見逃すわけにはいかない。
ケイビーは初めて自分の行動に人の命が掛かっているのを実感した。
モニターから目が離せない。
「準備完了!」
「こちらも接続良し!」
メディカルポッドの横にはルミノイドの素体が横たわっている。無機質と有機質。機械と生体。鉄と肉。静と動。生と死。
対比する言葉が幾つも浮かんでは消えていく。
上から見下ろすように設置された、メインコントロールルームの窓から室長が覗いている。
重体の二人を眉一つ動かさずに見下ろしていた。
『これよりマインドアップローディングを行う。これは、史上初の人の意識の移植になる、各セクションは心してかかってくれ。最初はカーラからだ、カウントダウンを開始』
室長が手を挙げると、無機質な声で合成音声がカウントダウンをはじめた。
「……3」
「2」
「1」
「ゼロ……」
「接続!」
カーラと呼ばれた女の人の身体がふわっとした白い光に包まれた。
同時にニューロモニターに映るカーラの3Dグラフが激しく上下した。
フラットだった素体のグラフが小さく振れている。
カーラのグラフの振れが少しずつ小さくなると、逆に素体のグラフの振れが大きくなっていく。
漆黒だった素体の額のオーブが徐々に赤へと変化していった。
「……魂が吸われてる」
思わず声に出した瞬間だった。
グラフに変化が起こった。素体のグラフが激しく波打って、カーラのグラフに干渉し始めた。
「しゅ、主任! グラフにノイズが入っています!」
「なんだと!」
ベイカーは上のメインコントロールルームを見上げた。窓の向こうのオペレーター達が忙しなくモニターを見ながら、声を荒げている様子が見えた。アルケーが何か指示を出している。
「……どうやら、メインでも察知したようだな」
赤色灯が点滅して、警報が鳴り響いた。
『移植中止だ!今すぐ止めたまえ!』
アルケーの叫ぶ声がスピーカーから流れた。
サブのコントロールルームにも中止信号が送られてきた。
しかし、素体のグラフの揺れは止まるどころか、激しさを増していっている。
「別の何かが侵入してきているのか……?」
ケイビーはただモニターを見守るしかなかった。
『中止信号が受け付けられません!』
『進行度、60%……70%……80%』
オペレーター達の悲鳴をよそに、AIの無機質なカウントが続く。
鉛色の素体が白く発光しながら、徐々に色が付いていく。逆にメディカルポッドの中のカーラは青くなりながら、ぴくぴくと痙攣している。
「このままだと死んでしまう!」
ケイビーの叫びに氷水のような、室長の冷たく感情のない声がつき刺さった。
『アップローディングは中止する。MALの主電源を落とす』
「今、電源を落としたら、二人とも死にます!」
サブルームのケイビーの言葉は、室長には届かない。
ケイビーは咄嗟に操作盤の予備スロットにメモリークリスタルを差し込むと、もう一人の女の子の意識情報データをコピーし始めた。
「お前! 何をやってる!」
ベイカーが怒鳴る。
「電源が落ちたら全てが終わりです!」
「馬鹿野郎! そういうのはメインの連中に任せておけ!」
「今なら、まだこの子の意識情報だけは取っておけます」
「取ってどうする気だ!」
ベイカーが叫んだと同時に、バツンと音がして、全ての電源が落ちた。
誰も声を上げなかった。MALを暗闇と静寂が包みこむ。
ズルッ……ズルッ……
闇の中で何かを引き摺るような音がする。
「な、なんの音だ?」
「素体の方からします」
ズルッ……ズルッ……
突然、バツン!と音がして、オレンジ色の非常灯が部屋を照らした。
「ひっ!」
ケイビーは薄明かりに浮かんだ光景に言葉を失った。
さっきまで横たわっていた素体が、メンテナンスベッドの上で黒い霧を纏って、幽鬼のようにゆらりと立っていたのだ。
銀色の髪、白を基調にした装甲。
そして、赤い瞳が煌々と光っている。
(この瞳の光は「怒り」だ!)
ケイビーは表情を読むでなく、本能的に察した。
「あああああああああ!」
素体は耳をつん裂くような悲鳴をあげた。
両手を上げると、赤く輝くフィールドバリアーが腕を包み込んだ。次の瞬間、砲弾のような赤い衝撃波が天井へ撃ち放たれた。
轟音と共に破れた天井ががらがらと落ちてきた。
機材やオペレーターが次々とコンクリートの塊に潰されていく。
意識が途切れた。
気がつくと、MALだった所で横になっていた。ビルは破壊されて瓦礫の上に夜空が見える。
周りを見回しても誰もいない。
右手が何かをしっかりと握りしめていた。手を開くと、あの時コピーしたメモリークリスタルだった。
ケイビーはメモリークリスタルを大事そうにポケットに入れると、瓦礫の上を歩き始めた。
(番外編:ケイビー 完)




