第56話 情報地平
モニター画面の中で、マザーオーブが白く発光した。だが、数秒でその光は消える。
接続モニターに「REJECTION」の文字が浮かぶと、網の目のようなラインが、次々と赤く染まっていく。
「接続が拒否されていますね……」
「もう一度、やってみよう」
再接続するが、やはりマザーオーブは一瞬光って消えただけだった。
メンテルームが重い空気に包まれる。
「……もう、ダメなのか?」
ノーマンが押し殺すように呟いた。
「カーラの情報位相パターンだけでは難しいか……」
アルケーは身じろぎもせず、モニターを睨み続ける。
「直通で通らないなら、中継を挟む」
「中継?」
「ああ、マザーオーブに情報転移させるような複雑な操作は、やはりルミノイドでなければ出来ないようだ」
「ルミノイド……ですの?」
みんなの視線がルリにゆっくりと集まった。
「ルミノイドなら、カーラとマザーオーブの橋渡しをすることが出来る」
「ど、どうやるんですの?」
「ルリの意識とマザーオーブをリンクさせて、次にカーラとリンクする。あとはカーラの情報をサルベージして戻す。理屈は単純だ」
アルケーは息を吐いた。
「ただ……」
「ただ? なんですの?」
「マザーオーブ内の情報地平は、小宇宙に等しい。カーラの座標特定は困難を極めるだろう」
「手探りということか?」
「全くの手探りではない。――カーラに近い情報源の存在があれば、ある程度は割りだせるはずだ」
「近い情報源?」
「カーラにとって、より親しい人間ということだ」
アルケーは淡々と説明をしている様に見えたが、眉がわずかに痙攣しているのを、ノーマンは見逃さなかった。
「……その近い情報にはなれなかったのか?」
「どうやら、眠り姫を起こす役は僕ではなかったようだ」
ノーマンの表情が、わずかに緩んだ。
安堵してしまった自分に気づく。
アルケーに嫉妬している――その感情に気づいた瞬間、顔が強張る。
「僕でも届くはずは……ないか。――確かにルリの方が可能性が高い」
ルリはメンテナンスドックの上で眠っているカーラを見た。
「私、やりますわ」
ルリが前に出た。
「お姉さまを救い出すのに断る理由なんてありませんもの」
カーラの隣、空いているメンテナンスドックの前に立つ。
「ここに横になればよいですの?」
「ああ」
ルリがメンテナンスドックに横たわる。
「準備はいいか?」
ガラスの向こうのコントロールルームからアルケーが聞く。
「いつでもよろしいですわ」
「では、始めるぞ」
ルリが目を瞑ると、天井からロボットアームが幾つも降りて来て、ルリの体にコードを繋げていった。
「ルリの接続確認、マザーオーブ側のゲート開いています」
「ルリ、繋げる時、位相が変化して意識が別の所に行く。落ち着いて対処すれば心配はない」
ルリは、微動だにしないカーラの寝顔を見つめた。
「待っててくださいませ……」
ルリの意識は暗い闇の中に落ちていった。
――同時刻。
ラウルス・プリーマを目指して、暗い地下の通路をどれだけ歩いただろうか。ハンスは疲労が滲む顔で後ろを見る。
合流組も含めた三百人が、狭い通路を数珠繋ぎになって歩いている。
人の熱気で中は蒸し暑く、足音と呼吸音だけが、湿った壁に反響していた。
「今、通路が崩れたら全滅だな」
不安を思わず口に出して、しまったと思ったが、出した言葉を引っ込めるわけにはいかない。後ろに付いているメンバーが眉を顰めた。
クインがハンスの肩を後ろから叩いた。
「大丈夫、あたしは何度か通ったことがあるんだ。ラウルス・プリーマには必ずたどり着くよ」
口元に笑みを浮かべたクインが明るい声で言う。
「おお、そうだったな」
ハンスも合わせて返事をしたが、クインがこの通路を図面でしか知らないことを、ハンスは理解していた。
「ひとつ借りが出来たな……」
前を向くと、今度は黙って歩き続けた。
しばらく歩くと、四つめの隔壁が行手を塞いでいた。
合金製の隔壁は爆発物くらいで壊れそうには見えなかった。触ると、ひんやりした結露が手のひらを濡らす。
「また隔壁か……ハッキング班前に来てくれ」
後ろから、タブレットサイズのピッキングスレートを持った男が三人出てきて、隔壁の中央にスレートを付けた。
男がスレートを操作すると、スレートの上に数字や文字列が浮かびあがり、目まぐるしく変化していった。
「これは、恐らく最後の隔壁ですね」
男の一人がクインに話しかける。
「前の三枚より遥かに厳重な量子暗号に守られています。この先がラウルス・プリーマでしょう」
「開けられる?」
男はクインの顔を見つめると、にやりと笑って「もちろん」と言った。
「合鍵のように、壊さず静かに開けますよ」
もう一人の男が顔を上げる。
「これは観測で鍵が変わるタイプだな」
「じゃあ、同時に叩いて飽和させるか?」
「いや、叩いても開かないだろう。揺らすんだ」
「なるほど、鍵が確定する前に、複数の観測をぶつけてやるのがベストか……」
「出来るか?」
「まあ、出来るだろう。タイミングはそっちに合わせる」
「こっちもツールは立ち上げてある、いつでもいいぞ」
「同期した、行くぞ」
三枚のピッキングスレートが同時に青い光を放つ。
ハンスやクイン、三百人のメンバーが固唾を飲んで光を見守る。
が、隔壁に変化はない。開く気配はしなかった。
「失敗か、もう一度やろう」
「しっ! 静かに!」
シューッと、何かが漏れるような音が聞こえてきた。
「この音は?」
耳の奥がツーンと詰まった感覚に襲われる。
「これは……通路の空気が抜かれている!?」
ハッキング班の三人の男は不安げに顔を見合わせた。




