第54話 狂奔
カーラとスルト・カーラがその場に崩れ落ちた。
「お姉さま!?」
ルリがカーラに掛けより、呼びかけても全く反応がない。
顔を覗くと、カーラの瞳からは光が失せていた。
――カーラの意識は強い光に包まれていた。
光の圧が、身体ではなく意識そのものを押し潰す。
思考の奥に、見えない針が差し込まれるような感覚。
これは、外部からの干渉。
世界の輪郭がほどけ、別の層と接続されていく。
『量子エンタングルメント発生機……介入してきたのね』
自分の輪郭が、白く塗りつぶされた闇に溶け込んでいく。
カーラの中に、別の思考が浮かび上がる。
――違う。
それは、もともと自分の中にあったもの。
『私の記憶……?』
突然、視界がラウルスシティ中央公園の上空に飛んだ。ビルの所々が破壊されて煙が上がっている。
『これは、あの公園』
感情の奥底から憎しみが吹き出し、津波のような破壊衝動に身をまかしそうになった瞬間、右目にルリの光る矢が刺さり爆発した。
激痛が走り、動きが止まる。前方からカーラ自身が赤い剣を振り翳さし、猛スピードで迫ってきていた。
刃が薙ぎ払われる刹那、黒い霧に包まれてカーラが消えた。
『……あいつの意識?』
――違う。
『これは記憶』
黒い霧のベールに包まれると、今度は落下する感覚に襲われる。意識だけが、抗う術もなく、深い闇の中へと落ちていった。
――
『お姉さまが倒れましたわ!』
司令室のスピーカーからルリの悲痛な叫びが、刺さるように響いた。
「スルト・カーラだけじゃないのか!」
「やはり、カーラも停止信号を受けたか……」
司令室に重い空気が漂う。アルケーがルリに通信を返した。
「そこに置いておくわけにはいかない。カーラとスルト・カーラ、二人を連れ帰ってきてくれ」
『わ、わかりましたわ……』
「カーラはともかく、スルト・カーラはどうするつもりですか?」
ハズキが不安そうな顔をしている。
「スルト・カーラはクレードルの中に安置する」
「クレードルですか」
「ああ、外からクレードルを開かないかぎり、再起動はしない」
ノーマンがアルケーを見た。アクパーラ号でカーラと初めて会った光景を思い出す。
「封印……みたいなものか?」
「そうだ」
「カーラの方はどうなる?」
「再起動を試みる」
「わかった」
程なくして、ルリが二人の『カーラ』を担いで戻ってきた。
「ルリ。カーラはメンテルームのベッドに、スルト・カーラは格納庫のクレードルの中に寝かしてくれ」
「わかりましたわ」
アルケー達も格納庫に向かった。
カシューナッツの殻のように口を開いたクレードルの中にスルト・カーラはいた。
眠るように横たわっており、額のオーブはブラックオニキスのような深い黒に変化していた。
右目を覆う黒い霧が消えて、銀色の機械部分が露出している。
「こいつ、カーラそのものじゃないか」
「……どちらもカーラだ」
アルケーがクレードルの前に立った。
「どいてくれ、クレードルを閉める」
クレードルに手のひらをあてると、白く淡い光が波紋のように広がり、ゆっくりとハッチが閉まっていった。
「誰かに開かれたりはしないのか?」
「DNAレベルの生体認証なので、僕以外の人間は開く事は出来ない」
ノーマンはじっと自分の手を見つめていた。
「初めてカーラと出会った時に、俺がクレードルを開けたのだが……まさか」
顔から血の気が引いていく。
「前に言ったはずだが。君にとって僕は先祖のようなものだと」
「DNAを引き継いでいるのか? 一万年も」
アルケーがクレードルを撫でる。
「完全な遺伝配列でないと、これは開かないよ。一万年も先に僕のDNAを完全に引き継いだ個体が自然に現れるのはまずあり得ない」
「じゃあ、俺はなぜカーラのクレードルを開けたんだ?」
「それは、君が僕と同じ遺伝子を持っていたからだ」
「クローン……なのか? 俺は?」
ノーマンは口に手を当てた。胃の奥から何かがせり上がってくる。
「違うな、クローンは複製でしかない。どうやってもコピーエラーが出る。君の場合は胎児の時点でDNAの配列を書き換えたんだ」
「どうやって!」
「ナノマシンだよ」
アルケーが人差し指を上に向ける。DNAの二重螺旋配列のホログラムが指先に浮かんだ。
小さなカニのようなナノマシンが螺旋に群がり、配置が書き換えられていく。
「カーラをルミノイドにした時――ナノマシンを大量散布した。母体に入ってDNAの配列を変えるマシンたちだ。そうか……一万年後も働いていたんだな」
「なぜ……そんなことを……」
「なぜ……だと?」
アルケーは一時天井を見上げてからノーマンに向き合った。
「永遠に近い命を得たルミノイドカーラと共にいるためだよ」
「お、お兄様……そんなことをしてたなんて」
ルリが顔を強張らせた。
「まるでウイルスじゃないか!」
「ふむ、ウイルスとは言い得て妙だな。人類のウイルス進化説の逆をやっていると思ってもらっても構わない――まあ本質的には同じものだがな」
「やっぱり、お前は狂ってる……」
「狂う? 僕は誰も殺しているわけじゃない。現に君もノーマンとしての意識があるだろう?」
「まるでテセウスの船の逆説みたいな話ね」
ハズキが神妙な顔をした。声が硬い。
「面白い事をいうね」
アルケーは楽しそうに話を続けた。
――ノーマンの中で、何かが音を立てて崩れ始めていた。




