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第82話 僕が行くしかない

 ショルスさんたちを雇用してから数日、共同棟の補修工事が終わったと報告があった。個室棟の方はあと数日かかるらしいのでまだ住むことはできないけど、とりあえず工房の仕事はできるようになった。

 補修工事が進む一方で、僕たちもただ待っていたわけではない。工房で使用する製糸機などの道具を買ったり、増員に向けて真綿器を追加で作ったりしていた。

 また、衰弱していたリニちゃんはポーションの影響がまだ残っていて、ベッドから起き上がれないけど、イェレくんの方は日常生活が送れる程度には元気になった。

 そこで、リニちゃんの看病をイェレくんに任せて、ケフィンさんに蜘蛛の解体を教えるために、カチャを連れて工房へとやってきた。


「まずはここからナイフを入れて――」


 共同棟の裏にある小さな庭で、カチャが蜘蛛の解体を実演しながらケフィンさんに解体の手順を説明していく。


「んで、次はこっちを持って――」


 相変わらずカチャは手際がいい。薄くて破れやすい糸袋をきれいに剥がしている。ただ、説明の方は感覚任せで、お世辞にも分かりやすいとは言えない。

 まあ、カチャは基礎教育を受けていないから言葉足らずなのは仕方がない。だけどメイドの仕事もあるから、レーヴェンスタットへ戻ったら読み書きの勉強時間を増やした方がいいかもしれない。


「――これで終わりだ!」


 僕がそんなことを考えている間に、カチャは解体作業を終えていた。

 テーブルの上には2つのトレーがあり、それぞれにエシルとビシルの糸袋が入っている。


「できそうですか?」


 少し離れた場所で見学していた僕は、手順を思い返しているケフィンさんに声をかけた。


「解体の手順は分かったけど、この糸袋ってのは扱いが難しそうです」


 ケフィンさんはトレーに入れられた糸袋を、指先で軽く触れて感触を確かめている。


「そこは慣れてもらうしかないですね。一応、失敗しても大丈夫な程度の数を確保できたので、まずは試してみてください」


 今日、冒険者ギルドで確認したら、前回の27匹分から少し増えて34匹分が納品されていたので、半分ぐらいが使えなくなっても、事業の検証に支障はない。


「分かりました。とりあえずやってみます」


 ケフィンさんは麻袋から蜘蛛の腹部を取り出し、テーブルに置くと、カチャに手ほどきを受けながら解体を始めた。

 最初は強く引っ張ってしまい失敗した。次は持ち上げたときに指が糸袋を突き破り失敗。その次は取り出すことができたけど、他の臓器の一部がくっついていた。

 それから何度か失敗と成功を繰り返し、どうにか取り出せるようになった。


「仕事を終わらせるには1時間ぐらい早いけど、今日は終わりにしましょう」


 慣れない作業を続けたせいで、ケフィンさんの指先が小刻みに震えている。

 本来は4時までが仕事の時間なんだけど、疲れているところを無理に続けて苦手意識を持たれても困るので、仕事を切り上げることにした。




「アルテュール様!」


 後片付けを済ませて、少し気が抜けたところで、突然大声で名前を呼ばれた。誰かと思い、門へ向かうと、そこには息を切らしたロドルフが立っていた。

 僕を見つけると、ロドルフは慌てた様子で走ってきた。


「どうしたの?」

「2人が連れて行かれたっす!」

「は?」

「だから! イェレとリニが連れて行かれたんすよ!」


 意味が分からず呆然としていると、ロドルフはもう一度同じことを言った。


「それはどういう――」

「どういうことだよ!!」


 何が起きたのかを聞こうとした、その瞬間、カチャがロドルフに詰め寄った。

 カチャの怒鳴り声に驚いて、プラスト工房の職人たちが何事かと興味深そうにこちらを見ていた。

 僕はルジェナに目配せをして、これ以上注目を集めないように、カチャを共同棟へ入れるように促した。


「それで、何があったの?」


 ルジェナとカチャに続いて僕たちも共同棟へ入り、玄関ホールにて改めて何が起きたのかを聞いた。


「おいらは馬の世話をしに放牧場へ行ってたんで現場は見てないんすけど、宿屋の人の話だと、突然スラムの住人がやってきて『ガキどもを渡せ』とか言って、2人を連れ去ってしまったそうなんす」


 宿屋の主人はスラムの住人が店で暴れるのを恐れて、2人の部屋を教えてしまったそうだ。

 確かに宿屋には宿泊客を守る法的な責任はないけど、売り渡すような行為は信用にかかわる問題だ。ダミアンさんに勧められた宿屋だけど、次は別の宿屋に泊まることを心に決めた。


「衛兵には?」


 衛兵は治安維持隊の所属で、町の治安を維持するための警察権を持っている。


「言ったっすけど、スラム内のトラブルは管轄外だって言われたっす」


 スラムについては半ば放置されていて、スラムの住人が領民へ危害を加えたりしなければ、干渉しないことになっているそうだ。


「そんなはずねぇだろ! あの2人は領民登録したんだぞ!」

「いや、それをおいらに言われても……」


 おそらくその衛兵はスラムに手を出して報復されることを恐れたんだろう。道理を知らないスラムの住人には、何をするか分からないという恐ろしさがある。いや、もしかしたら政治的な配慮もあるのかもしれない。

 まあ、今は答えが出ないことを考えるよりも、2人のことを考えよう。


「……そういえば、どうして2人を連れ去ったんだろう?」


 正直なところ、スラムの子どもを連れ去る理由が分からない。いくら何でも家族が取り戻しに来たとは考えにくいし、何かしらの組織に所属していたとか、誰かにお金を借りていたとも聞いてない。身代金が目的なら言伝なり手紙なりを残しているはずだけど、それもない。


「それを言うなら、昼間に連れ去った理由も分からないです。普通は夜だと思うです」

「なるほど、確かにそうだ」


 ルジェナが言うように、昼間に宿屋へ乗り込んで連れ去るなんて、捕まえてくださいと言っているようなものだ。


「もしかして、連れ去った人たちは2人が領民登録したことを知らない?」


 普通に考えれば、出会ったばかりで大して役に立たないスラムの子どもを領民登録する理由がない。僕たちも公言してないから、スラムの住人が知らない可能性は高い。

 つまり、スラム内のトラブルだから、治安維持隊が介入してこないと考え、昼間に連れ去った、ということかもしれない。


「んなことはどうでもいいだろ! 早く探さねぇと!」

「カチャ! 落ち着くです」


 ルジェナがカチャの肩を押さえて落ち着くように言っているが、カチャはルジェナの手を振りほどこうと暴れている。手を離せばすぐにでも飛び出しそうな勢いだ。

 カチャが焦るのも分かる。イェレくんはまだしも、リニちゃんはまだ体調が回復していないから、悪化する前に見つけたい。


「しかし、探すにしても、どこを……」


 暴れるカチャをルジェナに任せて、僕は2人の行方を考える。

 スラムの住人が連れ去ったということは、スラムにいると思うんだけど、さすがに当てもなく探すのは時間の無駄だし、現実的じゃない。

 それに、連れ戻す手段も考えないといけない。今後もこの町で工房を運営したいから、できれば将来に禍根を残すような手段は避けたい。


「なあ、スラムに詳しい人を知ってるから、紹介しようか?」


 どうしたものかと思案していたら、ケフィンさんから提案があった。


「いつから聞いていたんですか?」

「いつからも何も、そんなところで話してれば、嫌でも聞こえるぞ?」


 それもそうだ。共同棟は大して広くないし、後片付けのために扉を開けっぱなしにしていたので、聞こうと思わなくても聞こえるだろう。迂闊だった。

 まあ、秘密にしたいわけじゃないから構わない。それより――。


「スラムに詳しい人って?」

「ああ、俺が冒険者登録した時に冒険者のいろはを教えてくれた人でな。長いことスラムに住んでいるから、探す当てぐらいは付けてくれると思うぞ」


 詳しく聞いたところ、全盛期はDランクの冒険者だったそうで、怪我で戦えなくなってからはGランクまで落ち、今は町中の雑用仕事をしながら、スラムで細々と生活しているらしい。

 ケフィンさんに限らず、登録したばかりの新人は世話になることが多いらしい。


「……そうですね。その人を紹介してください」


 本当なら正規の手続きをして治安維持隊に動いてもらうべきなんだろうけど、衛兵の態度を考えると、簡単に動いてくれるとは思えない。ヴェッセルさんの名前を使えば動いてくれるかもしれないけど、ヴェッセルさんとの関係を証明するにも時間はかかる。

 リニちゃんの体調を考えると、あまり時間をかけたくない。

 信用できる保証はないけど、何の当てもなく探すよりはいいだろう。


「そろそろ冒険者ギルドに戻ってくる時間だから、早く行った方がいいな。スラムに戻られたら探すのが面倒になる」

「分かりました。ルジェナとカチャは護衛の準備、ロドルフは宿屋に戻って荷物が盗まれたりしていないか確認をしておいてね」

「おう」

「はいっす」


 カチャとロドルフは返事をしてすぐに行動に移ったけど、ルジェナは僕の方をじっと見ている。


「もしかして、アルテュール様も行く気です?」

「もちろん行くよ。というか僕が行かないと対応を決められないでしょ?」


 もしもここに母さんがいたら、僕がスラムへ行くことを許さないと思う。とは言え、2人の保護者になったカチャは、感情を抑えられないので何をしでかすか分からないし、ルジェナは奴隷身分なので相手に舐められる。ダミアンさんとショルスさんは挨拶回りに出掛けていて、どこにいるのか分からないので、頼るどころか相談すらできない。となると、僕が行くしかない。


「それは、そうですが……」


 ルジェナは母さんとステファナに僕の面倒を見るように言われているので危険な場所へ行くことを渋っている。だけど、他に選択肢がないことも分かってるはずだ。


「面倒をかけるけど、しっかり守ってね」


 一応、僕も訓練は続けているけど、戦うどころか逃げることすら苦労するレベルなので、しっかり守ってもらうつもりだ。


「分かったです」


 ルジェナにも納得してもらい、カチャとケフィンさんが解体で汚れた服を着替え、装備を整えるのを待ってから工房を後にした。

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― 新着の感想 ―
ふぅむ……助けに来た兄貴分(兄気分)の可能性も……? ベテランおっちゃんを味方につけたら、人手も指導もらっくらく? (……やはり、戦力少ないのは気になるな……) ショタ主人公「え? 僕何かやっちゃ…
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