第二十章 『学びの塔』の地下にあるもの 其の一
第二十章 『学びの塔』の地下にあるもの
マルリオス師が部屋を引き裂いたように思えたのは魔法による幻覚だったようで、以前と変わりない部屋でぐっすり眠り、翌朝はスティーノや宿舎の友人と再会を喜んで食事を一緒に取った。
「知ってましたか? ミリュウがどっかに連れてかれちゃったんですよ。なんでも才能が見いだされたから特別な講義を受けるんだって」
相変わらず大げさに騒ぐがスティーノの情報の速さはありがたい。
「でも、なんか変だって噂もあるんだよなあ。今まで才能のあるって言われた魔法使いでも、そんな待遇は聞いたことないって先輩が言ってたし。それに、連れてかれてから誰もミリュウの姿を見てないんだ」
別の友人も言う。
「そうなのか……」
トゥーリオ師にだまされたことは恥ずかしくて言えない。
「ラジュエルは早くミリュウに会いたいんだろ」
「うん。そりゃ」
「いいですねえ、いいですねええ。僕が変わってあげたいぐらいですよ、まったくもう」
「まあ、そう言うなよ、スティーノ。それにしてもミリュウのこと、心配だよな」
「どういう状況で、誰に連れて行かれたの?」
「たしか、講義が終わったときだったよなあ。サマル師からミリュウが話しかけられてたのを何人かの女子生徒が聞いてる。そのあとミリュウだけ施設長室に呼ばれたんだそうだ。そっから見てないって」
「こいつ、最近彼女できたんですよ。まったくもう、ラジュエルといい神聖な『学びの塔』に何しに来てるんですか」
「彼女できたのはおめでとう。スティーノはあれだろ、故郷へ帰ったら婚約とかあるんだろ、たぶん」
「ええ、まあね。貴族ってのはそういうものですからね」
スティーノは機嫌を損ねるのも早いが立ち直るのも早い。
ともかく連れて行ったのはサマル師だという情報を得られた。薬学のサマル師だったら薬物で眠らせることは簡単にできるだろう。問題はその後どういう魔法をかけられたかだ。
施設長室ということは管理者はケーファ師だ。やさしそうに見えるケーファ師も、やはりマルリオス師の側の魔法使いなのだ。ここに味方はいないと思った方がいい。
師匠たちを怒らせたと思うので、講義を受けられるのか心配だったが、シャボン玉はいつものように降りてきたし、講義は以前と変わりなく受けられる。
以前は退屈でうとうとしながら聴いていた講義だったが、今回の旅で理論も覚えておかないといけないことが身にしみたので、勉強にも熱が入る。
だが実習は、あえて避けた。『風』の力の影響で、何が起きるかわからないからだ。
ミリュウの手がかりがないかと思い、ケーファ師の魔法歴史学の講義や、サマル師の薬学の講義をなるべく取るようにしたが、使えそうな情報は何も得られない。
以前と何も変わりないように見えたが、アンジェニカ師だけは、ラジュエルを見ると意味ありげに、くすりと笑ってみせた。
そして講義が終わると近づいてきた。
「ラジュエル。今日の午後、薬草を取りに行くのですが、一緒に来ますか?」
「いいんですか?」
「ええ。旅をして学んだこともあるでしょう。私もあなたの体験を聞いてみたいのです」
アンジェニカ師と薬草園に行くのは、ずいぶん久しぶりだ。
また竜に乗るのだろうと思っていると、待ち合わせ場所は都の外門のところだという。
「今日は竜じゃないんですね」
馬に乗ってやって来たアンジェニカ師にたずねると、浮かない顔で、
「ええ」
と答え、ラジュエルに引いてきたもう一頭の馬を貸してくれた。
ずっと黙っていたアンジェニカ師がようやく話し始めたのは、都周辺の村を抜けて森の近くまで来たときだった。
「気がついているのでしょう。魔法使いの乗り物の竜のこと」
「あ、ええ。なんとなくは。でも、それは僕の推測にすぎなくて」
「おそらく当たりですよ。あなたが近づいた時点で、竜は飛ばなくなってしまうかもしれません。そんなことをすれば目立ちますからね」
「ご存じなんですか? その……モルジェニカに話したことや彼女の知っていることは、あなたも?」
「そうですね。おそらく、すべてではありませんが、私たちはお互い伝えたいと思うことは、直接会わなくても共有できるのです。心配しないで。マルリオス師には言いませんよ」
「ありがとうございます。モルジェニカがいろいろ助けてくれたのは、あなたから頼んでくださったからですか?」
「頼んだというか、あなたのことは伝えていました。彼女のしたことは、私が決めたことではないと思いますが、気持ちは伝わっていると思いますね」
そう言われてほっとした。アンジェニカ師は味方と言えるかどうかわからないが、少なくともラジュエルをマルリオス師に突き出すことはなさそうだ。
以前ここに連れてきてもらったときのように、何の気なしにアンジェニカ師について薬草の植わっているところに近づこうとした。すると急にアンジェニカ師が足を止めた。
「止まってください。そこからこちらには近づかないで」
「え?」
言われて思い出した。『荒野』でチェルザードの薬草園で起きた変化を。ラジュエルが近づくだけで薬草に変化が起こり、荒々しく素朴な原始の形に戻っていった。
アンジェニカ師の薬草園で同じことをしては迷惑がかかるのだろう。
仕方なく黙って師が薬草畑に近づくのを見守っていると、森の中からガサガサと音がする。
何だろうとそちらを見た瞬間、嬉しくて走り出してしまった。
「ジュート! クマ!」
都に来る少し前に別れた狼とヒグマが、元気な姿でやってきたのだ。
アンジェニカ師はこのために都の外に連れ出してくれたのか。ラジュエルの近づけない薬草園にただ禁止するためにわざわざ連れてきたわけではなかったのだ。
アンジェニカ師は一度ちらりとこちらを振り向いただけで、なにごともなかったように薬草園の手入れをしている。今はゆっくりと二頭との再会を楽しんでいいのだろう。
狼に鼻をこすりつけられたり、ヒグマの毛皮を撫でたりしていると、二頭はラジュエルに森の奥へ来てほしそうな様子なのに気がついた。
アンジェニカ師は変わらず園の手入れを続けている。気がついていないとも思えない。ということは、黙って見過ごしてくれているということか。
「すぐ帰ってくるよね?」
狼に確かめて二頭について森の少し奥へ向かう。
午後の日差しが差し込む木々の間に、今ではもう見慣れた背の高い姿があった。
「来たか」
「どうして僕が来るってわかったんですか。アンジェニカ師は知ってて?」
「彼女の『全きもの』の方の半分、モルジェニカといったか。彼女が手引きしてくれた。俺とおまえは会う必要がある。だが今の状況では都から出るのも思うようにならないだろう。ミリュウはどうなった」
見下ろすチェルザードの目に心配げな色が見える。
「発見できていません。でも死んではいないみたいです。たぶん、どこかに眠らされてるんじゃないかと」
「いつからだ」
「僕が出て行ってからでしょう。まだ何ヶ月も経っていないってアルダムド師がおっしゃってました。なんとか彼女にかけられた術を見つけないと」
「手がかりはないのか」
「『全きもの』の皆さんが『魂を安置する術』を応用したものをマルリオス師が使ったんじゃないかって言ってました。前に『学びの塔』の地下から鼓動が聞こえた話はしましたっけ。竜の魂を閉じ込めているのがその術のもとの形に近いんだそうです。ミリュウにかけられているのはマルリオス師が古い魔法をもとに新たに改良した術じゃないかということです」
「マルリオスか」
チェルザードはいまいましげに足元の小石を蹴った。
「早く助けなきゃ。どうやったらその術を探ることができると思いますか?」
「書物庫の必要な書物は、どうせ禁書とやらにされてるんだろう」
吐き捨てるように言ったあと、チェルザードはふと考え込んだ。
「いや、今の俺ならそのぐらいの魔法は破ることができる。ラジュエル、今のおまえの力ならおまえにもやれるだろう。教えてやるから探せ。マルリオスの使ったのは改良版だから同じではないだろうが、もとの魔法がわかれば手がかりにはなる」
「はい」
教えてもらうのにどのぐらい時間がかかるのだろう。アンジェニカ師をあまり待たせるわけにはいかないが、この先いつチェルザードに会えるのかわからない。ぐずぐずしていないで全力で集中して学んでしまわなければ。
剣術を教わったときのように、いくつかの手の組み方、呪文と精神の集中を教わってお礼を言い、慌ただしくその場を去ろうとした。
「ラジュエル。もしかしたら、おまえの部屋にある荷物入れを通して俺と話ぐらいはできるかもしれない。俺もおまえも生身の身体だからそこを通って移動するのは無理だが、意志の疎通はできると思う。なんならダッジオに訊いてみろ」
「わかりました! ありがとう!」
息を切らして戻るとアンジェニカ師はすでに薬草をかごに集めて待っていた。
「すみません」
「ここに近づかないで、ラジュエル」
「そうでした」
くすりと笑ってアンジェニカ師はかごを地面に置き、自分の方からラジュエルに近づいて、ひとつかみの薬草を渡した。
「これは?」
「持っておいてください。役に立つことがあるかもしれません」
にっこりしたアンジェニカ師はそれ以上何も語らず、そのまま馬で都に帰った。
チェルザードに教えてもらった魔法を試してみない手はない。
次の日は講義の合間に書物庫に行くことにした。受付で申し込みをして二階の竜の書庫に行ってみる。
ところが司書の女性がいつまでもラジュエルの周りを、様子をうかがうようにうろうろしている。以前禁書を盗み読みしたのを知っているのかもしれない。しかたなく禁書の一角から離れ、薬学の棚に行く。アンジェニカ師と薬草園に行ったことだし、薬学の自習をするのは不自然に見えないだろう。
座り込んで分厚い書物とにらめっこを始めると、司書はちらとこちらを見て去って行った。
念のため司書の行動をもう少し観察し、戻ってこないのを確認してから禁書の棚に行く。チェルザードの術はどの段階から使うべきなのだろう。おそらく今のラジュエルには禁書に近づくだけで疑いがかけられるだろう。
棚に近づく前に魔法で『見えない霧』を張り、念のためにその周囲に忘却魔法をかけておいた。これでそもそもラジュエルの姿は見えなくなるし、もし『霧』に近づいたとしても、その事実を忘れてしまうはずだ。チェルザードを越えるようなよほどの魔法使いでなければ。
それだけの準備をして、張られているロープをまたいで禁書の棚に行く。
どきどきしながら、前回マルリオス師が飛び出てきた魔物の書物を手に取る。
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今週も読んでいただきありがとうございます<m(__)m>
来週もよろしくお願いいたします(^^♪
うーん、マルリオス師の『飛び出す絵本』のイメージが頭から離れないのです(-_-;)




