第十九章 都に戻ってくるな 其の三(イラストあり)
(iwajun様からトゥーリオ師イラストいただきました。急いで仕上げてくださったとのこと、ありがとうございます<m(__)m>)
ミリュウはこんな子だっただろうか? お土産にこだわるより二人きりの時間を持ちたいと願ってくれるのだとばかり思っていた。自分の考え違いだったのか。それとも。
「あなたは『谷間の風のはじまるところ』に行ったって聞いたわ。どんなところだったの?」
「うん、その……」
だんだんと疑う気持ちが強くなる。どこまで話していいのだろう。
ふと、本当に信頼できる相手にだけ打ち明けなさいという、出発前にケーファ師に言われたことを思いだした。あのときミリュウは、ただ自分のことを信じてくれたと思った。
「それとも行かなかったの? 行ったって師匠たちがおっしゃってたから、私、てっきり本当にたどり着いたんだと思った」
「行ったよ。力は僕の中にあるって言われた。じっさい不思議なことがいくつかあったし」
「あなたの中に?」
よくわからないというようにミリュウは首をかしげた。その仕草がなんともかわいくてラジュエルはこんな場所にもかかわらず思わず手を握ろうとした。
「あっ!」
柔らかい手に触った、と思った。
次の瞬間、その手の感触が変わってくる。小さくてほっそりした色白の手はみるみる大きくなりがっしりした手に変化する。
「ミリュウ……じゃなかったんですね!」
「まいったな。ほんとに強い魔法だね」
「トゥーリオ師!」
「触っただけで僕の変身魔法が解けるとは。君自身の自然な成長速度としては、どう考えても早すぎる。これが『風』の力か」
「正直なところ、すっかり騙されました」
「君にキスされたらどうしようかと思った」
トゥーリオ師は楽しそうに笑ったが、ラジュエルは笑うどころではなかった。下手なことを言ってしまわなくて本当によかった。最初に会ったとき抱きしめようとしたことがひどく恥ずかしい。
「あの、本物のミリュウは」
「ん? 心配しなくていい。彼女は無事だ。ある場所で保護させてもらっている。ただ君に会わせることはできないんだ。理由は……わかるね」
「人質ってことですか……」
「まあ、それほど悪い待遇じゃないと思うけど。僕もしばらく会ってないんだ。女性の魔法使いがついてるはずだけど」
「アンジェニカ師じゃなくて」
「うん。実はミリュウに化けるのも、本当はアンジェニカにやってもらいたかったんだけど、彼女が嫌がったから仕方なく僕が。アンジェニカはいろいろ自由だね、うらやましい」
「師匠は自由じゃなくてアンジェニカ師は自由なんですか。それって半分が『全きもの』だから?」
そう、とトゥーリオ師は目を大きく見ひらいてラジュエルを見た。
「もしかして出会った? 彼女の双子の妹って人に」
「会いました。植物魔法で助けてくれました」
「あっ、そうか。西の森でいきなり植物が僕らに攻撃をしかけてきたよね。あれは妹さんの魔法だったのか」
「あ、ええ……」
言ってはまずかったかと思って口ごもったが、トゥーリオ師は感心したように唇の端を上げた。
「すごかったね。っていうことは、アンジェニカにもあんなことができるのか……。今まで敵対したことなかったけど。植物魔法は怖ろしいね」
「もしかしてアンジェニカ師の立場が難しくなっちゃいますか? その……妹さんの方は師匠たちの邪魔をしたことになるから」
「アンジェニカと妹さんは一応別人格らしいから大丈夫じゃないかな。それに彼女の半分が『全きもの』だと知らない人も多いんだ。僕は本人から聞いたけど」
「不思議な存在ですね」
「うん。めずらしいと思う。彼女以外では聞いたことがない」
それでね、とトゥーリオ師はぱちんと指を鳴らして、いつものオレンジ色の飲み物をラジュエルの前に出した。
「おかしな真似して悪かったね。僕の仕事は君から『風』の力をどうやって持ってきたのか聞き出すことだったんだ。でも本当に何も持って帰ってないのかい? ミリュウが訊いても答えなかったところを見るとお土産はないんだろうけど」
「本当ですよ。別にミリュウに化けなくても師匠だったら正直に話したのに。秘密ではないんです。『風』の力は僕自身の内部に入ったらしいんです」
「内部に?」
ラジュエルに椅子を勧め、自分も座って飲み物を口にしながらトゥーリオ師がけげんな顔をするので、『谷間の風のはじまるところ』を出てからこれまでに体験したことを、思い出しながら順に話した。
「へええ。それこそ不思議な話だな。それでさっき僕に握手したとき魔法が解けたのか」
実はミリュウと勘違いして手を握ろうとしたことを思い出して顔が赤くなる。
ふうん、とトゥーリオ師は椅子にもたれてしばらく考えていたが、
「それは誰かに教えてもらったの? それとも偶然?」
「偶然なんだと思います。 アルダムド師もエスケレス師も、とくに何も予備知識を教えてくれませんでした」
「なるほど。古代魔法書に書かれている『魂と肉体と結びついた力』ってのは、そのことだったのか。あ、今では禁書扱いになってる本なんだけどね。でも賢い方法だなあ。考えてもみろよ。君の魂と『風』の力が結びついてるんだったら、たとえば君を殺して『風』の媒体を奪うなんてことはできないわけだ」
トゥーリオ師は真面目な顔で『殺す』という言葉を使った。ということは本気の話なのだろう。おそらくトゥーリオ師ではなく、他の誰かが。
「それで、僕は都に近づくなって言ったのに、君がのこのこやってきたのはどういうわけ? やっぱりミリュウ?」
「それもありますけど……」
それだけではない。たしかにミリュウのことは大切だし、護らないといけないとは思っている。しかしエスケレス師やアルダムド師が都に行くようにと勧めたのはミリュウのことだけではないだろう。
だが今の会話で味方ではないとはっきりしたトゥーリオ師に打ち明けるわけにはいかない。
「君の目的はなに? いや、今ここでどうこうしようというわけじゃないんだ。僕の役目はあくまで交渉役だから」
「師匠が来るなとおっしゃったから、都には入れないものと思っていました。僕がここまで来ることができたのは何故なんですか?」
「来ない方がいいだろうというのは、あの時点の僕の考えだったんだ。マルリオス師はまた別のことをお考えらしい。交渉次第では君の希望が通る部分もあると思うよ。たとえばミリュウのこととか」
ミリュウが人質に取られていると考えると胸が痛くなる。
何の罪も落ち度もないミリュウを、本当に彼らはひどい扱いをするのだろうか?
しかし、さっきはラジュエルを殺して力を奪うと口にした。そして自分自身が苦しめられるよりミリュウに害が及ぶ方をラジュエルは嫌がるということも、見透かされているのだろう。
「その、交渉っていうのはどういう内容なんでしょう」
「ううん、たとえばマルリオス師に忠誠を誓って彼の言うとおりにすると約束するとか、かなあ。僕もまだそこまでは。師は君が『風』の力をなにか媒介になるものを使って持ち帰ったと考えていらっしゃったようだ。というより、普通はそうだろ」
チェルザードやダッジオ師も同じことを言っていた。
「僕もこんな風になるとは思ってませんでした」
「そうか。それが君のいいところなのかもな。『いたるところにいる方』に君は気に入られてるみたいだ。いくつか不思議なことがあったけど、そう考えれば納得できる。ああ、たぶん、『いたるところにいる方』ってのはエスケレス師のことだと思うけど」
「エスケレス師には旅先でもお会いしました。あの方はどうもつかみ所がないです」
はは、と軽く笑ってトゥーリオ師は、
「今日は宿舎に戻っていいよ。僕の方もマルリオス師と話してみよう。君の希望はミリュウを無事に返してもらうこと? ほかには? 都にはなぜ戻ってきたの? 何をしようとしてる?」
矢継ぎ早に尋ねられたが、どう答えようか迷う。
「ミリュウのことはもちろんですけど……。そのほかはよくわからないんです。エスケレス師がここに入るとき、僕は何もしなくていいとおっしゃったんです」
「何も?」
「ええ。それでも都には帰った方がいいと何人かに言われました。でも、僕はマルリオス師と戦いたいわけじゃないんです」
わかった、と師は席を立った。
「帰りはシャボン玉を使っていいよ。塔の中で羽を使うのは目立ちすぎるから。学生たちがうらやましがる」
帰りがけ廊下まで送ってくれたトゥーリオ師はそっとつぶやいた。
「君にマルリオス師がどうしてあれほどの力を持つ方になったのか、彼のもっとも得意な魔法を教えておこう。若い頃から師は『模倣』を極め、学べる相手からは徹底的に術を学んだ。その勤勉さが今の師を作りあげている。その向学心は今も衰えておられない。よく覚えておくといい」
気をつけて、と、ぽんとトゥーリオ師はラジュエルの肩をたたいた。
そしてその瞬間、声にならない気持ちがトゥーリオ師の手から伝わった。
――君の力を師は奪おうとしている。気をつけて。
「ありがとうございます」
とっさに答えるラジュエルに、シャボン玉が待ちかねたようにふわりと入口を開く。 油断してはいけない。ここは『学びの塔』、下手なことを言えばマルリオス師に伝わらないわけはない。それでもトゥーリオ師は警告をしてくれたのだ。表向きはマルリオス師を賞賛する言葉を使いながら、いかにマルリオス師が人の魔法を我が物にするのか警告してくれたのだ。
シャボン玉から出て、今度は宿舎に向かうことにする。日は暮れかけていた。
管理人さんはラジュエルを見ると喜んで迎えてくれ、
「どうだった、あのパンは少しは役に立ったかね」
「少しどころか、あれがなかったらとっくに飢え死にしてたかもしれません。ほんとうにありがとうございました」
「君の部屋はそのままにしてあるよ。アンジェニカ師がそうするようにっておっしゃってね。きっと戻ってくるからって。ほんとだったねえ。いや、実は君が逃げたときはちょっとした騒ぎになってたんだよ」
「すみません」
「よく都に入れたよなあ、ほんと」
管理人さんの言うとおりだ。自分でも都に入るのは困難だろうと思っていたのにすんなり入れた。
考えようによっては、それはむしろ妙なことなのかもしれない。
「あれ? カディオルはいないんですか?」
「ああ、彼は今故郷に戻ってる。なんでもお父上がご病気だってことで。彼も一度戻ってくるみたいだけど、状況によってはこのまま国に帰ってしまうかもしれんと言っていた」
「そうですか……」
帰ったら真っ先に御守りを返してお礼を言いたいと思っていた。
またここに戻ってくるのだろうか。それとも彼の故郷までいつか返しに旅することになるのだろうか。
しかし、今は目の前のことが先だ。
部屋に落ちつき、荷物を整理していると、部屋に備え付けの荷物箱の中からなにやら気配がする。なんだろう、都の真ん中にまで魔物が来るとも思えないがと、いぶかりながら荷物箱の蓋を開けた。
「うわっ!」
開けた途端、紫の煙がぱあっと部屋中に広がる。
―――――――――――――――――――
今週も読んでいただきありがとうございます<m(__)m>
来週もよろしくお願いいたします(^^♪
iwajun様イラスト本当にありがとうございましたm(_ _)m




