第十九章 都に戻ってくるな 其の二
近くの宿で一晩泊まり、都には朝、向かった。
野宿ではなく宿に泊まったのは、なにか情報がないかと思ったからだ。お金は持っていなかったが、チェルザードが薬草をすこし持たせてくれて、それを宿賃にして泊めてもらうことができた。
「変わったこと、か。そういえば、なんかものものしいよ、最近。敵が攻めてくるって噂もある。でも他国との戦争って話も聞かないし、例の『荒野』の襲撃かねえ」
「『荒野』なんか怖がるこたあねえぞ。前の襲撃の時だって魔法騎士団があっさり撃退してたじゃねえか。マルリオスに任せとけば間違いねえ」
そんな話を、女将さんや宿の客から耳にした。
前の襲撃、というのは、どうやらラジュエルが竜を奪って逃げだし、チェルザードが助けに来てくれたときのことらしい。
あっさり撃退と男は言ったが、騎士団が勝利を収めたとういうより、ラジュエルを逃がすという目的を達成したチェルザードが、深入りせずにすぐ撤退したのだと思われる。
「『学びの塔』に行くのかい。大変な時機だね。いい魔法使いになりなさいよ」
初めて『学びの塔』に向かう若者だと勘違いした女将に、ねぎらいの言葉をもらったが、本当のことを話す必要はない。丁寧にお礼を言って宿を後にした。
都の門番はラジュエルのことを覚えていた。
止められるか、ここでつかまってマルリオス師のところへ引っ立てられるかと覚悟をしていたが、あっさり通してくれた。
ひとつ驚いたのは、門番の持っている槍が、ラジュエルが近づくとするすると短くなったことだった。門番自身も驚いて、
「これはどうしたことだ。何が起きたんだ」
と、原因がラジュエルだとは気づかず慌てていた。
「どうしたんでしょう。ずいぶん長い槍だと思ってたんですけど」
しらばっくれて尋ねてみる。
「ああ。実は実際の長さはもう少し短いだろうと思っていた。この長さじゃ、門の下を通すときいちいちぶつかるはずだが、一度もぶつかったことはないからね。それにしても、いったい何故なんだろう……」
本当はラジュエルから放出している『風』の力のせいなのだ。正直に言わないことに良心が痛んだが、こういうことはこれからもあるのだろう。心の中で謝って先に進む。
――気にすんな。もともとあの長さだったんだ。見た目が変わっても働きは変わらないはずだ。
今は目に見えないダッジオ師がとなりからささやく。
――そうですか……。でも、長い方が怖そうですよ。
――本当に長い槍が必要なのは、戦場で騎馬隊を相手にするときぐらいで、実際に騎馬の戦士がやってきたら門番程度じゃ相手にならん。あれはただの脅しだ。
ラジュエルは戦争のことは何も知らないが、師匠が言うのだからそうなのだろう。
どこに向かったらいいのだろう、とりあえず、前に住んでいた宿舎に行こうと都の中を歩く。
通り過ぎるだけで、そこかしこで小さな変化が起きる。店の看板は色あせて小さくなり、美女は普通の容姿になる。誰もいないのにひとりで掃除していた魔法のホウキはパタンと倒れて動かなくなる。
初めて来たときにお世話になった白ビールの宿の前を通りかかると、例の騒がしいオウムが飛び出てきたが、ラジュエルに近づくとだんだんと茶色っぽい羽に変化していった。あざやかな緑や赤の羽は魔法の産物だったのかと驚きながら黙って行き過ぎようとすると、女将さんに声をかけられた。
「おや、ラジュエル。……ずいぶんボロボロの格好だね。長旅から帰ってきたって感じだね。うちでこぎれいにしてったらどうだい」
「ありがとうございます。でも、僕お金持ってないんで」
「一人お客を紹介してくれただろ。ヒグマも落ちつかせてくれたし、立派な獣使いになったっていうじゃないか。サービスだよ」
「すみません」
ありがたく扉をくぐるとオウムがさっそくやって来る。
「マホウ! マホウ! ツヨイマホウ」
「わかるの? 君、魔法が解けて色は変わったけど、しゃべることはできるんだね」
「シツレイ! シツレイ!」
結局怒られてつつき回された。
宿も久しぶりなので記憶違いかもしれないが、綺麗だったテーブルはすり切れた木の机になっているし、ドアも田舎の家のようなごく普通のドアに見える。もっと綺麗な宿だと思っていたはずだ。
「お礼に僕、どこか修理とかしましょうか?」
「本当かい? そりゃ助かるね。今日はなんだか変な日だよ。うちだけじゃない。門の方から来たお客も門番が変だって言ってたし、お隣のホウキも働かなくなった。いったい何が起きたんだろう。『荒野』が攻めてくるってのはほんとの話しなんだろうか。あんた、都の外から来たんだろう。なんか聞いてない?」
「さあ……でも『荒野』はそんなにすぐ攻めてこないような気がします」
言われてみれば確かな情報ではない。チェルザードはミリュウの様子を見てほしいとは言ったが、マルリオス師を攻撃するともしないとも言っていない。だが、都に攻め入るつもりならひと言ぐらい注意してくれるだろうとは思う。
あまり詳しいことを知っていると怪しまれる。どうしてそう思うのか女将にたずねられたが、よくわかりませんと頼りなさそうなふりをして話題を避けた。
壊れかけている扉の蝶番を直し壁のペンキを塗り替え、お礼に食事をご馳走してもらう。泊まってもいいんだよと言われたが、丁寧に断って『学びの塔』へ向かう。
ここに来るのは久しぶりだったので『喜びの門』をくぐれるかどうか不安だったが、門のところに立っていたエスケレス師がにこにこ笑ってあっさり通してくれた。
「ありがとうございます。僕、ここで何をやったらいいんでしょうか」
――何も。
――何もって……。でも、僕はマルリオス師と戦わないといけないんじゃないですか?
誰かに聞かれるとまずい内容なのでこっそり心の声で会話する。しかし、ここは『学びの塔』なので、エスケレス師との会話も師匠たちになら聞こえてしまうのだろうか。その心配をくみ取ったようにエスケレス師は言う。
――心配するな。声にならない会話は、相手を選んで伝えることができる。おぬしはまだ十分その力を使えとらんが、わしが気をつけておる。そのうち、こういうことも学ぶといい。
――はい……。
そのうち。自分はこれからどうなるのだろう。師匠たちと敵対したとしたら、いったいどこで魔法をこれ以上学べるのだろう。
マルリオス師のことといい、エスケレス師に尋ねたいことは無数にあったが、師はすぐに消えてしまった。
光の道を通り、気がつくと目の前にケーファ師が立っていた。
「師匠、お久しぶりです」
ケーファ師はゆっくりうなずくとしずかに口を開いた。
「行ったんじゃな。『谷間の風のはじまるところ』に」
「はい。師匠はあの日、僕がそうするってご存じだったんですか?」
「未来のことは『知る』ことはできんよ。そうだろうと考えることはできるが」
来なさい、とケーファ師はゆっくり踵を返して塔の中に向かう。
ふわふわとシャボン玉が降りてきた。それに入るケーファ師につづいてラジュエルも入ろうとすると、シャボン玉がぱちんと爆ぜてしまう。
「僕は乗れないんですね。拒否されてるということですか」
師匠たちに歓迎されないのは仕方ない、そう思ってケーファ師に尋ねた。
「自分の力で上がってきなさい。できるじゃろう。むしろ、わしらはそれが見たい」
シャボン玉の中のケーファ師はふわふわと先に上の階へ向かう。
自分の力で。羽を使うということか? しかし、他の魔法使いや学生は誰もそんなことをしていない。
「どうしたのかね。飛べる、と聞いているが」
上を行くケーファ師から声がかかる。やはり羽を使うのか。
「ウォルフェス・ペナンタ・マジョリス」
魔法の羽がぱっと背中に開く。塔の中にいる学生たちから、おおっと驚きの声が上がる。まだほとんどの学生は魔道具を使うことができないでいるのか。
すこし恥ずかしいような誇らしいような気持ちでケーファ師のあとをゆっくりと飛んで上階に上がる。途中の廊下からサマル師が賞賛のこもった目で見つめている。
ケーファ師が先に降りたった最上階の部屋の前ですっと羽をたたんで降りたつ。最初は不格好にしか飛べなかった魔法の羽だが、『谷間の風のはじまるところ』に行くとき苦労したせいで知らないうちにずいぶん上達したようだ。
ケーファ師は難しい顔で施設長の部屋へ行くと、ラジュエルを先に入れて、
「ここですこし待っていなさい。君に会いたがっている人がいる」
と自分は外から扉を閉めて行ってしまった。
マルリオス師のことか。たしかに師が自分に会うならこの場所だろうなと覚悟を決める。いつか初めてマルリオス師に会ったときも場所はたしかここだった。あのときの施設長はファードル師だったが。
今度も突然空中から現れるのだろうか、いったい何をされるのだろうかと拳を握りしめて待っていると、扉がノックされた。
扉からマルリオス師が入ってくるとは思わなかった。いったい今日はなぜ、と思いながら扉のところに行って、
「あの、今、ケーファ師はいらっしゃらなくて……」
「ラジュエルなの? 私よ。開けてくれない?」
ミリュウの声だ! 思わず扉を勢いよく開けた。
「ミリュウ!」
「ラジュエル!」
「ミリュウ、会いたかった!」
「私もよ!」
思わずここが施設長室だということも忘れて、抱きしめようとしてしまったが、ミリュウの方がそっと身を引いた。
「あ、ごめん、こんなところで」
「ううん」
恥ずかしそうなその仕草も以前のままだ。
「帰ってきたのね。無事でよかった」
「うん。いろいろあったけど、狼とヒグマが護ってくれて」
それから『全きもの』たちも、と話そうとしたとき、妙な胸騒ぎをおぼえた。『全きもの』についてあまり話さない方がいいと幾度も言われたせいだろうか。ミリュウならいいのではないかと考えたが、今は直感に従うことにした。
「そうなの。さすが獣使いね」
「いや、僕なんてまだまだだよ。狼が熟練だから」
ジュートと呼んでもいい、と言われたことも、話したいのに話す気になれない。どうしてだろう。
いや、今はまだいい。これからゆっくり話をする時間は作れるだろう。チェルザードはミリュウに何か悪いことが起きたのではと心配していたが思いすごしだったようだ。『荒野』に知られるといけないから気配を消されていただけだったのだろう。
そのチェルザードのことも話す気になれない。ここが施設長室だからだろうか。『荒野』が『学びの塔』では憎むべき敵だから話す気になれないのかもしれない。
これは自分が成長して慎重になったということなのか。以前のラジュエルだったら無邪気になんでも話していたにちがいない。
「ラジュエル、ね、お土産はないの?」
考え込んでいるとミリュウがにっこり笑って、いたずらっぽくラジュエルの後ろをのぞき込んだ。
「お土産?」何故だろう。なにか違和感がある。「いや、お土産があるようなとこじゃなかったから」
「でも、何か持ち帰ったんでしょ? 隠さなくていいのに。師匠たちが言ってたわ」
「いや、なにもないよ」
「ほんとにないの? べつに水晶とか宝石がほしいって言ってるんじゃないの。木の実とか石ころとか、そういったものでいいのよ。もしあなたが手放したくないなら、見せてくれるだけでも」
「いや、本当に何もないんだ」
答えながらどんどん不安になってくる。
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