第十五章 森の西、そしてさらに谷の奥へゆく 其の二
「強大な力の器となる、と言いたいのか」
長老が添えた言葉に、チェルザードは、ああとうなずいた。
「この世には、道とか器とか媒体とか呼ばれる存在があるんだそうだ。めったにあるものではない。だが、その存在の周りでは大きく何かが変わる。歴史的な転換点には、たとえ史実に残っていなくても、そういう媒体のような存在が関わっていたといわれている。もしかしたら、おまえがそうなのかもしれない。あまり詳しく語られたものはないから、俺にもよくわからないが」
「僕が、そんな……」
「そういうぼんやりした性格だから歴史に残らなかったのかもな、過去の媒体たちは」
ようやくチェルザードはすこし笑う。
ぼんやりと言われたのは悔しかったが、チェルザードがようやく彼らしさを取り戻したことは嬉しかった。いつのまにか、この強大な魔法使いを大切に思う気持ちが芽生えていたようだ。
次の日からも訓練はつづいた。今はチェルザードも怒ることもなく、ラジュエルも余計なことを言わずに真面目に訓練を受ける。
身体は疲れるが、いつかダッジオ師に魔法の訓練を受けたときのように心地のよい疲れ方だ。
最初はチェルザードのすることに懐疑的だった男たちも、暇を見ては短剣の投げ方を教えてくれたり、まだ未熟な木の実を熟させる魔法を教えてくれたりした。
狩りをする、水くみに行く、薪割りに食事の支度。その合間合間に魔法の訓練をする。
『荒野』の魔法使いと言っても、チェルザードのように並外れた能力の持ち主はなかなかいない。未熟な魔法しか使えない子供たちに、ラジュエルも魔力を使うときの集中について指導したりもした。
必死にならなくても剣から光を出せるようになるのに、それほど長くはかからなかった。チェルザードは一度かまえた剣をふとゆるめた。
「よさそうだな」
「何がです?」
「いや、おまえに剣術の稽古をつけなくてはと思ったとき、実はなぜ剣術なのかよくわかってなかった。ここから西には生きた人間はあまりいない。長剣を使って戦うような事態もそれほどあるとは思えないのに、なぜかおまえに剣術を教えなくてはと感じていた。それは、剣の腕前ではなく魔法を教えていたのだと今気づいたのさ」
「魔法ですか……」
「そう。高度な魔法には強い集中力がいる。それを鍛えるのに、命をかけた剣術は役に立った。死ぬと思えば必死になるからな」
チェルザードは剣を鞘に収めた。
「やり方がわかれば剣はいらない。あの岩を飛ばしてみろ」
彼の目をやる方を見ると、小さい滝のきわに小屋ほどの大きさの岩がある。
「飛ばす?」
「おまえのやり方でいい。俺にぶつけるなよ」
冗談なのかすこし笑う。つられて笑って、そんなことあるわけがないと思いながら魔力をこめてみた。
ドガアンとものすごい音がした。
集落の方から男たちが走ってくる。
「どうした? 大丈夫か!」
「……すみません。大丈夫です」
大岩が大小の石に割れ粉々になった。まだ破砕のあとの土埃がただよっている。一人が滝の周辺の景色が一変したことに気づいたようだ。
「あれ? なんか変わってるぞ」
「ラジュエルだ」
ふふんとチェルザードが、満足げに割れた岩を顎で指し示す。
「ありゃあ、こいつは派手にやったな」
「足下に気をつけろ」
崩れた岩がごろごろして足場が悪くなっているところに一人が近づき、しげしげと崩れた岩を眺める。チェルザードも服にかかった埃を払い落とした。
「力としては十分だ。こういうのを連続してできるようになるといい。しかし、ここではこれ以上やられては困る。場所を変えよう」
「これ、ほんとにこいつが一人でやったんですか?」
「だから言っただろう。ラジュエルは力があると」
仲間に割れた大岩を指し示すチェルザードは誇らしげにすら見えた。
ラジュエルもあらためて近づいて自分が破壊した岩を見た。背丈よりはるかに高く重量もある岩が木っ端みじんに割れている。以前の自分ならとても歯が立たない大きさだった。そもそも破壊する魔法は『学びの塔』では習ってこなかった。
「この魔法って、岩意外にも使えるんですか? その……たとえば相手が魔物とかでも」
「そうだ。しかし、相手が生きているものの場合、覚悟が必要だな。生き物ではないと思えば力を行使できても、おまえの場合、妙な情があるからな」
たしかにチェルザードのように、目の前の敵を殺すつもりで戦うことができるかと言われれば自信がない。
「戦って相手をこんな風に破壊しなきゃいけないことも、出てくるんですよね……」
「中途半端に情けをかけると後で痛い目にあうぞ。やられた相手はな、参りました、もう刃向かいませんと口で言ったとしても腹では憎しみが渦巻いているものだ。隙あらば反撃しようと狙ってくる。戦うなら徹底的に潰しておくべきだし、そうでないなら最初に戦略を作っておくべきだ」
「あなたが僕に最初斬りかかったときのようにですか?」
「まあ、そうだな」
チェルザードは仲間の方を向き直った。
「俺はもう少しこいつに訓練をつける。夕方には戻るが、都の方に偵察を出す必要がある。大きな魔法が近くで使われていたら奴らにも気づかれるかもしれん。目立たないように見張っておいてくれ」
「了解しやした」
ついてこいと言ってチェルザードは、羽を広げて空へ飛び立つ。
今回は一人で置き去りにされることはないだろうなと思い、ラジュエルも羽を使ってついていく。
大空を飛んで向かったのは『谷間の風のはじまるところ』から都の北に向かって流れているヴァリーニャ河の河川敷だった。上流のほうに行ったので大岩がゴロゴロしている。
「これを続けて?」
「そうだ」
河原に降りたつ。チェルザードは今度は見ているだけだったが、言われるままに大岩を次から次へと破壊して粉砕する。
最初は面白いと思ったがだんだんと疲れてきた。重い荷物を運ぶときのように体が疲れる。額には汗がにじんできた。
「体力を使いすぎてるな。バランスをとれ。そこまで力を入れなくてもおまえならできるはずだ。一回に力を使いすぎてしまうと、あっというまに力尽きてしまう。余力を残して同じ作業ができるように訓練するんだ」
言われるとたしかにそうだとは思う。思うが、できない。
ふと、以前ダッジオ師との訓練のときに言われた言葉がうかぶ。
『自然に感謝するんだ』
ダッジオ師のことを思い出してまた悲しくなった。
――師匠、僕は自然に逆らったことをしているんでしょうか?
「どうした、ラジュエル。集中力が途切れてるぞ」
すぐチェルザードに見とがめられる。
「大丈夫です」
すぐさまもう一つの岩を破壊する。砕けた岩の下に隠れていた小魚やカニが慌てて這い出てくる。小さな生き物を潰してはいけないと、思わず砕いた岩を浮かせた。
「何をやってる」
空中に浮遊した岩や小石がゆっくりと地面におりていくところにチェルザードが足早に近づいてきた。
「いえ。僕のやってることは無駄に生き物の棲みかを奪ってるんじゃないかと」
一瞬叱られるかと思った。これから魔物たちと戦わなくてはいけないというのに、小さな生き物などに気持ちを奪われている場合じゃないと言われるのではないか。
チェルザードは足下の浅い流れのなか、急いで石の下に隠れようとしている小魚に目をやり、ラジュエルの方を見つめた。
「岩が粉砕されるのは、大雨が降って川が増水しても、地震がきても起こることだ」
「そうですね……」
答えたが、なんとなく悲しい気持ちは変わらない。
「壊すのがいやなら直したらどうなんだ」
「そんなこと、できるんですか?」
「できる。ただし、直すのは破壊するよりはるかに大変だ。ものは壊れる方が自然だ。つくりあげるためには大きなエネルギーがいる」
「直す魔法って、どうやって……」
壊すならなんとなくイメージできるが直すとなると、どんなイメージを作るのかよくわからない。
「基本は同じだ。壊すときには自分でたたき割るつもりでやるだろう。直すときは、そうだな、たとえばパンを作ったことはあるか。小麦をこねて形を作る。ううん、うまく言えないがそんなイメージだ」
パンなら故郷で母の手伝いをして作ったことがある。
岩を直す……つなぎあわせてくっつけるのか。目を閉じて、さっきばらばらにした大小の石つぶてがゆっくりと浮かび上がって集まっていき、もとの形に戻っていくさまを頭の中で思い浮かべる。その下では小魚やカニたちがゆったりと暮らしている。
それから目を開けて両手を前に出し力を込めた。パンをこねるときのように手でそっと形を戻していく。今度は生き物たちをびっくりさせないように、そうっと。
チェルザードは黙っている。
石や小岩、砕けた砂礫などが浮かび上がりすうっと時間を戻すように大きな岩の形に戻っていく。戻ったところでぎゅっと握ってくっつける。
できた!
多少形はいびつで、さっきと全く同じではないようだが、大きさはほぼ元通りの岩が、河原に復元した。下をのぞくと小魚が素早く位置を変え、新しい環境での隠れ場所を探しているようだ。
「できました。これでいいんですか?」
思わず頬がゆるむ。今まで習ったことのない、まったく新しい魔法だった。
「ああ」
チェルザードはちょっと戸惑ったように見えた。
いいと言われたので、続いて、さっきから連続で壊した岩を次々に戻してみる。最初の方に砕いた岩は、もうどんな大きさでどの辺に粉塵が飛んだのかあまり覚えていなかったが、ともかくもある程度の大きさの岩をいくつも復元させることができた。
楽しい。直すたびに心が温かくなるようだ。
川の中を見るとまだ砕いた破片が残っていたり、水が濁っていたりはしたが、魚たちは元気よくすいすいと泳いでいる。
チェルザードが近づいて同じように川の中をのぞいた。
「これがおまえの力か……」
しばらく黙って並んで川を見ていたが、チェルザードは横顔のままつぶやいた。
「直す方が得意な魔法使いを、俺は初めて見た」
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今週も読んでいただきありがとうございます<m(__)m>
一身上の都合のため、文字数少なくてもうしわけありません(公募小説の締め切り間近なのです(-_-;))
来週もよろしくお願いいたします(^^♪




