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谷間の風のはじまるところ  作者: 猫洞 文月
イラスト大全集
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69/166

第十三章 彼らは仲間になるのか 其の七(イラストあり)

挿絵(By みてみん)

(イラストはiwajun様)


「あの地下はなんだか変です。地下に閉じ込められて命を落とした人もいた。僕は最初は平気だったけど、最後の頃は苦しかった。あのとき誰かが助けてくれなければ僕も死んでいたかも」

「誰かとは?」

「……確信は持てないんですけど……『全きもの』の誰かかと」

「ほう」

 チェルザードは眉根を寄せた。

「『全きもの』は今はもう肉体を持っていない、いわば過去の魔法使いだ。過去の魔法使いは現在の『学びの塔』の施政には関わらない決まりがあったと聞くが」

「あ、ええ、そんなことを……。僕の夢かもしれませんけど」

「規則はあくまで規則であり、決して破られないというわけではない」

 にやりと笑ってチェルザードは二人の前にぽんとたき火を出現させた。薪が組まれ温かく燃える火が、彼の白い髪を照らす。

 だんだんと日が暮れてきて、今いる岩棚は山の西側にあるので影に入っている。

 高いところから、背後に沈んでいく西日が落とす山の影がだんだんと東に長くなっていくのが見える。

 大陸の東、ずっと向こうにかすんでいるのが、海というものなのだろうか。ミリュウの故郷は海が近いと言っていたな……などと考えていると、チェルザードがたき火に何か放り込んだ。

「これで今夜一晩、火は燃え続ける。おまえが冷えることもないだろう」

 突然、チェルザードはぐいとラジュエルの首元に長い腕を伸ばした。

 首を絞められるのかと驚いて一瞬、身を引いたが、その手には首から下げている何かが握られていた。

「これは……」

 カディオルのお守りは必ず返さないと……と言おうとすると、ぶちっとそれを引きちぎられた。

 お守りの方ではなく魔法の羽だ。

「返してください」

「これなしで戻ってくることができたら、その時には返してやろう」

 高らかに笑いながら、チェルザードは立ち上がるが早いかぱっと絶壁から飛び立った。

「返せ! それはダッジオ師にもらった大切なものなんだ」

 すでに空中を、手の届かないところまで離れてしまったチェルザードに向かって必死で叫ぶ。

「心配するな。捨てはしない」

 西風に逆らってチェルザードのあざけるような声が飛んでくる。

「返せ!」

 魔法の羽がなかったら飛べない。

 こんなところからどうやって帰るというのだ。人の足では絶対に登ることも降りることもできないこんな絶壁の真ん中で。

 ちらりと狼が助けてくれないかと考えたが、いくら野生の獣でもこんな断崖は降りてくることもできないだろう。

「ちくしょうー!」

 去って行くチェルザードはもう点のようにしか見えない。その後ろ姿に向かって思い切り悪態をついた。

 一度でも彼を信頼できると思った自分が馬鹿だった。やはり『荒野』は悪い奴だ。


 すっかり日が暮れてきて頭上には藍色の夜が広がり星々がきらめき始めている。

 不幸中の幸いは背中のパンを持ってきたことだった。肌身離さず背負い袋を背負っていてよかった。

 パンを出し、残った分からすこしだけ残して切り分け食べる。

 チェルザードの残していったたき火は薪もくべないのに赤々と燃え、確かに身体は冷えないし、パンも軽くあぶることができる。

 ナイフで切り分けたからといってすぐに元通りになるわけじゃないんだなと考えながら、これは本当に明日の朝になったら増えているんだろうかと心配にもなる。もし管理人さんの言ったとおり元通りになっていなかったらこの崖の真ん中で飢え死にしてしまう。

「くそー、こんなところでどうすれば……」

 チェルザードが高らかにあざ笑う声が思い出されてますますくやしい。

 しかし悔しがっていてもどうにもならない。夜は次第に更けてくるし、誰も近づけないということは泥棒や猛獣などの敵も来ないということでもある。マルリオス師が気づいて飛んでやって来れば別だが。

 たき火は温かいし、風の来る西側が崖になっているので冷たい風も吹かない。ともかくマントにくるまって横になることにした。

 いったいいつまでここに閉じ込められているのだろう。食べ物はあるが、水がない。ここに来る前に腹ごしらえをしてきたので今は大丈夫だが、ずっといることになればすぐに乾いて苦しくなるだろう。

「水を出す魔法をしっかり覚えておくんだったな……」

 しかしいくら魔法といってもたくさんの水を継続して出すには水源が必要だ。こんな岩山に水源があるのだろうかと考えながらいつのまにか眠っていた。

 ホウと優しい啼(な)き声で目が覚めた。目を開くとすぐ前に金色の目が、首をかしげてのぞきこんでいた。

 いつか森に連れて行ったフクロウだ。

「やあ、来てくれたの」

 微笑んで見せると、フクロウは横たわっているラジュエルの顔の前に森のりんごをぽとりと置いた。

「これを僕に?」

 食べていいといってくれているように思える。喉も渇いているのでありがたく食べた。

りんごの水分で喉の渇きがうるおう。

 食べおわってほっと息をつき、突然気がついた。

 今はりんごの季節じゃない。

 最初に出会った『荒野』の少年も、まだ実がなっていないリンゴの木から実を実らせていた。

 ということは、誰かがこのリンゴを季節はずれに実らせてくれたのだ。それをフクロウに持たせてくれたのか、それともフクロウが見つけて持ってきてくれたのか。

「持ってきてくれてありがとう。でも、君をここに遣(つか)わしてくれたのは一体誰?」

 フクロウは少し首を傾けてホウと優しく啼く。答えてはくれない。

 そういえば狼のときもそうだった。言葉がわかるわけではない。ただ気持ちが伝わるのだと。

 天候はよい。星明かりの下に、森の向こうの都の明かりがうっすらと見える。ここからは見えないが森の中に『荒野』の連中が暮らしている、その煮炊きする火も見えてもおかしくない。

 問題はここからどうやって生きて戻るかということだ。

 『荒野』たちのところに戻る必要はない。ただチェルザードにダッジオ師からもらった魔道具は返してもらいたい。

「帰らなくちゃ」

 決意を固めて岩棚から下を見るが、足下はまっ暗で何も見えない。おそらくこの下は森なのだろう。今は暗いからどのぐらい高いか見えないが、何もなしに飛び降りたら間違いなく命を落とす。

「どうしよう、ねえ?」

 まだ止まっていてくれるフクロウのなめらかな羽にそっと手を滑らす。

 首をかしげてホウ、と啼いてくれるだけなのだが、誰もいないよりずっと気持ちが楽になる。

 なにをするにしても、今はまっ暗で見えないし、方法もない。

「しょうがない。寝るか。来てくれてありがとう。もしできれば僕のこの状況を狼に知らせてくれないかな」

 デュカスが知ったとしても、狼の足ではここまで来るのは無理だ。でも、せめて知恵がほしい。

  ふと、喜びの気持ち、という言葉を思い出す。こんなひどい状況でどうやって楽しい気分になればいいのだ。

 魔道具なしで戻れたらとチェルザードは言った。

「あいつは自分では魔道具を使ったくせに」

 ぶつくさ言うラジュエルの手にフクロウはそっと頭をこすりつける。その仕草が愛らしくて、思わずほほえんだ。

「文句言うのは止めるよ。おやすみ」


 目の前の朝の光で目が覚めた。

 断崖絶壁は東の方を向いており、目の前に昇りかけたばかりの太陽が輝いている。

 フクロウはもういなかった。

 絶壁の淵まで行って下を見ると、目がくらみそうな高さだった。

「よくこんなところで眠れたもんだ」

 見るだけで足がすくんで、後ずさりして山肌に近い方に戻る。

 背負い袋を確認すると、管理人さんの言ったとおり、パンはすっかり元の大きさに戻っていた。そしてフクロウがもう一度来てくれたのか、リンゴが一つあった。たき火はまだゆるやかに燃えていた。

 パンとリンゴで朝食を済ませて、もう一度考える。

 魔道具なしでここから飛べる方法。あるいは崖を登るか降りるかする方法。

 一生懸命習ったことを思い出そうとするが、生身の身体のまま空を飛ぶ方法なんて習っただろうか。自分が不勉強なだけだったかもしれないが、まったく記憶にない。

 一か八かでやってみるにしても、失敗したら後はない。

「デュカス、聞こえてる?」

――必ず導きは訪れる。

 アルダムド師に言われた言葉が唐突に浮かんできた。

「アルダムド師、僕はここでどうしたらいいんですか?」

――魔道具の材料は鳥の羽と鉱物と……。

 ダッジオ師が魔法の羽を作ってくれたときの言葉も浮かんでくる。

「鉱物。そうか、山には鉱物ぐらいありそうだな」

 物質を純化する魔法だったら思い出せる。あとは鳥の羽だが……。

 ホウ、と声がしてまたフクロウが飛んできた。

「鳥の羽……導き?」

 飛んできてラジュエルの肩に止まったフクロウにそっと声をかけてみる。

「君のいらない羽を一枚、僕にくれないだろうか。もちろん、無理だったらいいけど。その場合は……」

 フクロウはすぐに首を丸めて羽をもち上げ、自分の脇腹から一枚の茶色い羽をくわえて、ラジュエルに渡してくれた。

「ありがとう」

 あとは魔法だ。

「ええと、なんだったか」

――『司(つかさど)るものよ、あまねく力を為すものよ、我が道具に力を込めたまえ、我が道具が求めに答えていつでもその力を我に与えんことを。求めざる時はその力を内に秘め、ただ形あるものとして我と共にあらんことを。大いなる方の名の下に』だ。

 いきなりダッジオ師の、生々しいとさえ思える声が聞こえてきて、一瞬、本人がいるかと思って周りを見回した。

 誰もいない。

「師匠、そこにいるんですか?」

 崖の上、そして崖の下に向かって呼びかけてみる。こんなところに人間が来られるわけはない。

 自分の頭の中に響いてきたものか。

「よっぽどどうかしてきたな。こんなところにずっといたら、ほんとにおかしくなっちゃいそうだ」

 早くここから逃げなくては。

 山の岩肌から必要な鉱物を取り出して純化する。マンガン石、石英、金剛石。本当は金があるといいのだが、ここでは金はなさそうだ。あるもので合成するしかない。

 フクロウの羽を取り出し呪文を唱える。ただ唱えるだけではいけない。利己的にならず大いなる方のご意志に恭順することを誓わなくてはいけない。

「大いなる方の御心に従い、ここに魔道具を作成いたします」

 できた!

 ダッジオ師にもらったものより少しこぶりだが、同じようなものができあがる。

 そのとき、まるで祝福するようにあのフクロウがまた飛んできてくれた。

「ありがとう。君のおかげで帰れそうだよ」

 フクロウは何か言いたげにまだラジュエルの周りを飛びまわっている。

「どうしたの?」

――その道具では少し弱い。『力あるもの』の力も借りんとな。

 またダッジオ師の声が聞こえる。

 不思議な気がする。さっきの呪文については、もしかしたら講義で聞いていたものが、思い出されたものかもしれない。だが、この道具が弱いなどと、自分が知っているわけはない。

「師匠、ほんとにいるんじゃないですか?」

 返事はない。

 しかし今は探しようがない。魔道具の羽を握りフクロウに問いかけた。

「僕を助けてくれるの? でも君はずいぶん、その、小さいけど」

 竜ぐらいの大きさがあれば背中に乗れるが、胸に抱けそうな大きさのフクロウでは大して助けになるとは思えない。

――背中に触れて。

 聞いたことのない声が聞こえる。フクロウの意志か?

 言われたとおり魔道具の羽を片手に握りフクロウの背中に触れる。

 その途端。

 ばっと背中に羽が生える感じと共に身体そのものが浮かび上がる。

「そういうこと?」

 確かに魔道具の羽は、ダッジオ師のものに比べると小さく弱い。だが、その代わりに身体そのものが、羽なしでも飛べるのではないかと思うほど軽く感じる。

 身体は浮かぶ。

 だが浮かんでいるだけでは方向が定まらない。その方向を定め行きたい方へ向かわせるのが背中の羽だと感じる。

「ええと、『荒野』の人たちはどこにいるんだろう」

 答えるようにフクロウが先を飛ぶ。

 森の上の空をフクロウについて滑るように飛び、やがて先導されるままに木々の枝が少なくなっているところに飛び込んだ。

 下には小屋がいくつも並んでいて、『荒野』の人々が朝食の支度をしているところだった。

「おや、戻ってきたのかい!」

 以前食事をくれた女の人が上を見上げて声を上げた。人々のどよめく声がする中を羽をたたんで降り立つ。

 いつのまにかフクロウはいなくなっていた。

「ありがとう」

 聞こえているのかわからなかったけれど、上に向かってそっとつぶやいた。

 ぱちぱちと拍手が聞こえてきた。

 チェルザードだった。

「自力で戻ったか」

「ダッジオ師の道具を返してください」

 むっとして言うと、ああ、と言ってとなりにいたフリーナに声をかけた。

 フリーナは近くの小屋に行くとすぐ、ダッジオ師の魔法の羽を持って戻ってきて、ラジュエルの手にそっと渡してくれた。

「はい。大切なものなんでしょ」

「うん」

「もうおまえには必要ないがな」

「必要だよ!」

「自分の力で飛べたじゃないか」

「そういう問題じゃない!」

 見下ろすように言うチェルザードにくってかかろうとするとフリーナがぴしりと口をはさんだ。

「あなたは人の気持ちを軽く見るけど、いるとかいらないとかじゃなくて、大切にしたいものってあるのよ。そうなんでしょ」

「うん」

 この人は気持ちをわかってくれた。それが嬉しくて、そして久しぶりに握る師匠の道具が懐かしくて、ぎゅっと魔法の羽を握りしめた。

「君が預かってくれてたんだね」

「フリーナは俺の妻だ」

 言われてなんとなくむっとした。

 別に彼女に特別な気持ちがあるわけではないのだが、ここでチェルザードが結婚もして、首領とあがめられているのが、なんとなく嫌な気持ちがしただけだ。

 

 その日、もう一ついいことがあった。

 『荒野』の人々と話していると、集落の片隅からざわめきが起きた。

 何ごとだろうと見に行く途中、嬉しくて思わず走り出した。

「デュカス! 来てくれたんだね!」

 狼の首に腕をまわして顔を埋める。懐かしい香りを胸いっぱいに吸い込む。

 狼も嬉しそうに顔をこすりつけてくる。

 ふと気づくと人々が遠巻きに眺めているのに気がついた。

「あ、この狼は大丈夫です。僕の……導き手というか」

「ようやくジュートではなくデュカスと呼べるようになったのか」

 しかしチェルザードにそう言われるのはまたむっとした。初めて彼と出会ったときジュートと呼んで嗤われたのを思い出したのだ。


 チェルザードが心底悪い奴なのか、それとも信用できる部分があるのか、まだよくわからない。だが、好きではないのは確かだった。 でも今日は狼がいる。

 ひさしぶりに狼と二人きりになりたくて、その夜、ラジュエルは狼と一緒に集落を少し離れた。

 満天の星々が空にきらめく中、狼の毛皮に温められて横になる。

「デュカス、僕はいったい、これからどうしたらいいんだろう。もう『学びの塔』には帰れない。でもこの人たちと一緒に師匠たちと戦う気持ちにはなれないんだ。わかってくれる?」


――――――――――――――――――――――

今週も読んでいただきありがとうございます<m(__)m>

来週もよろしくお願いいたします(^^♪


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