第十三章 彼らは仲間になるのか 其の六
「あの、彼女がなにか……」
「獣学をやっとったかの」
「いえ、とくには。『学びの塔』でダッジオ師の弟子と公認されていたのはたぶん僕だけじゃないかと」
ふうん、おかしいな、と長老は首をひねり、
「狼があの子と一緒におったがの」
とつぶやいた。
「彼女が最初に『学びの塔』に来たときのことでしょうか? 村を出てすぐ魔物に襲われたところを狼が保護して、この森まで連れてきてくれたと聞きました」
「そうか、そういうことか」
長老が言ってまた食事の続きを始めると、チェルザードの通る声が群衆のざわめきを越えて聞こえてきた。
「俺もそうだが、ナラスタ州もビルディラ州と同じで魔物の力を受けやすい。ミリュウもそういう理由で古代魔法の力を身に帯びていたのかもしれない。彼女は竜に乗ったか」
「僕は聞いてませんけど……。僕の周りで竜に乗ったのはもっと経験のある上級生だけでした。僕も一人で乗ったのは今日がはじめてです。最初はアンジェニカ師と」
「ふうん」
考え込むチェルザードに、思い切ってたずねた。
「あの、魂を抜くってどういうことですか。僕はあの竜はまるで魔道具のようだと感じたんです。獣の力ではなく、呪文で意のままに操られているから、生き物じゃないのかと思いました」
驚いたような『荒野』たちの視線が一斉にラジュエルに集まる。
「おまえ、そんなことも知らずに乗っとったんか」
「どんな呪文で飛んだんだ?」
今度の口調はからかっているというより、純粋に好奇心から出たように聞こえた。
「普通に……魔道具に使う呪文を、竜に」
『荒野』にどこまで明かしていいのか戸惑いながらこたえる。
「魔道具……そうか、魔道具か!」
意外なことにチェルザードが、はっと気がついたように立ち上がった。
「ラジュエル、その話、もう少し詳しく聞かせてくれないか」
問われるままに、呪文を唱えたら飛んでいる竜が反応したこと、獣の息吹は感じられなかったが、魔道具と同じように扱えたことなどを話した。
「僕も訊きたいんです。魂を抜かれたって、さっき言ってたけど、どういうことなんですか」
ふうん、とチェルザードは考え込み、
「はっきりわかっているわけではない。おまえはなぜ魔道具だと思ったのか」
そう問われて竜に乗ったときのことを思い出す。
「馬になら乗ったことがあります。当然だけど、生き物に乗るということは、その肉体を感じることになります。でも、竜にはそれを感じなかった。まるで高級なクッションに座っているみたいな感じだった。だから作り物かと思ったんです」
「なるほど」
言ってチェルザードはまた考え込んで、急に立ち上がった。
「人払いをしよう。ついて来い」
急に現した背中の羽を大きく広げ、彼はその場から羽ばたいて飛び上がった。
魔道具だ。
急いでラジュエルも魔法の羽を手で握った。
「ウォルフェス……」
「呪文を口に出すな! 心の中で唱えろ!」
「えっ、心の……」
慌てて黙り、言われたとおり心の中で唱えた。
しかし何も起きない。
「無理みたいです!」
すでに上空、木の梢ほどの高さまで飛び上がっているチェルザードに叫ぶ。
「無理だと思うからできない。ここで飛ばなければ殺されると思って飛んでみろ!」
そんな無茶な、と思うが、ついて行かなければ本当にここでは何をされるかわからない。
「えい!」
魔法の羽を握りしめ、目をつぶって口に出すのと同じ、いやそれ以上の気持ちを込めて呪文を心の中でとなえる。
――ウォルフェス・ペナンタ・マジョリス。
ふわり、と身体が浮かび上がった。
おお、と見ていた『荒野』たちがどよめく。
ばさりと大きな羽を広げてラジュエルも空中のチェルザードに追いついた。
空中で静止していたチェルザードは、ラジュエルが来るのを見るとさらに高度を上げて飛んでいく。
目の前には西の山が見える。北のプトロ・アリ(白大山)に対して南のプトロ・モリス(黒大山)と呼ばれる山で、その山腹に王の砦がある。『学びの塔』の西側にいつも見ていた山だ。
ぐんぐんと滑空しチェルザードは砦のすこし上の岩棚に飛んでいった。西からの風が強く流されそうになるが、頑張ってあとにつづく。
岩棚は一部屋ほどの広さがあり、その上も下も絶壁で、ここなら誰も近づけそうにない。下を覗くとはるかに高く、羽がなければ怖くて足がすくみそうだ。
「人払いですか」
風に逆らって頑張って飛んできたので息を切らしてたずねた。
こんなところに連れてこられるとは思わなかった。
ここで彼を怒らせてしまったら命がないだろう。もっとも、森でも怒らせたら大変なことになっていたのだろうが。
「仲間を信用してないわけじゃないが、まず話を聞いてから広めていいことか判断する」
ようやく息を整えて、羽を消して座っているチェルザードに向きあうように座る。やはり怖いのでなるべく岩棚の端から遠いところに座った。
「俺自身は奴らの『竜』に乗ったことはない。というより、俺がいた頃はまだマルリオスは王室づき魔法使いの総長じゃなかったからな。マルリオスになってからだ。いろいろと体制が変わったのは」
「ダッジオ師が亡くなる直前もいろいろ変えようとしていました」
「そうらしいな。獣学をなくすと。マルリオスらしい考え方だ。獣学さえなくせば原始の力を排除できると、そう考えてるんだろう。あさましいことだ」
ふんとチェルザードは嗤った。
「僕、よくわからないことがたくさんあります。獣学と原始の力は同じものと思っていいんですか? ダッジオ師はどうも冷遇されていたように見えましたが、それと関係あるんでしょうか」
「そうか、冷遇されていたか」
横顔のままチェルザードは言う。表情は読み取れなかったが、声の響きはすこし寂しそうに聞こえた。
「厳密に言えば、獣学がそのまま原始の力と同じというわけではない。獣学は獣だけに関するものだが、原始の力はすべてを司る。そもそも、太古から伝わる魔法というものは、原始の力をよりよく使える者が、あたかもそれを特別な力のように見せて呼んだものだ。魔法は誰にでも使えると習わなかったか」
「習いました。都の外では誰もできなかったようなことを、都の普通の人たちはあっさりやってしまうのに、初めて来たときは驚いたんです。覚えれば誰にでもできるって」
「そうだ。だが、強い魔法となると使える人間は限られる。俺やおまえのように、器そのものが十分強くなければ、その中を流れる力が強いと耐えきれない」
「僕もですか?」
驚いて思わず大声を出してしまった。
「気づいてなかったのか」
「だって、『学びの塔』ではいつもみんなに迷惑ばっかりかけていました。魔物を呼びよせてしまったり、あの獣舎の事故も……」
「それはおまえというより、連中が悪いな。魔物が都に来たぐらいでいちいち騒ぐようじゃ魔法使いとしては三流だ。獣舎の事故だって、ダッジオは気づいていたそうじゃないか。十分気をつけていれば大事故にはならなかった」
「あれはいったいどういうことだったんですか」
ダッジオ師のことを思い出すと今でも胸が苦しくなる。だが、はっきりさせておかなければいけない。本当にチェルザードは敵なのか、そうではないのか。
「たしかに獣舎に力を溜めていたのは我々だ。それはおまえたちを害するというより、獣たちのためだ。あんなところに閉じ込められていたんじゃ、野生の獣は耐えられまい。それはわかるだろう」
「はい」
言われてみればそれは納得できる。いくら魔法でエサを出してやっているとはいえ、狭い獣舎にいろんな獣がいっしょくたに住まわされている環境は、不自然だと気づいていた。
「魔法はいわばエネルギーだ。獣たちを逃がしてやることができなければ、野生に近いエネルギーレベルに導いてやる必要がある。もちろん、ダッジオは気づいていたんだろうが、あいつも都生活が長いと、不自由に慣れてしまって感覚が衰えていたのか。だから定期的に我々がエネルギーを整えていた。均衡が狂ったのは、上の連中が獣舎を取り壊すと決めたからだろう。きちんとエネルギーを再編してからことを行えばあんなことにはならなかった」
ラジュエルから見えるチェルザードの横顔は醜い傷に埋もれてつぶれた左目の方だけだったので、表情はわかりにくかったが、声には悲しみが籠もっていた。
「じゃあ、あなたがダッジオ師を殺そうとしたわけではないんですね」
「俺はあいつが嫌いじゃなかったと言っただろうが。好きでもないが、認めていたとは言える。ちょっと鬱陶しい存在だったが」
「ダッジオ師とは友達だったんですか?」
「友達ではない。だが、お互い、相手の存在を意識していたし、あいつも俺をそれなりに認めていたんだと思う。どちらが真にアルダムド師の後継者かという話をしたことがある。結局、アルダムド師は俺と都を出た。だが、師は別の意味でダッジオを弟子だと思っていたらしいと後からわかった。『学びの塔』の獣学は奴に残していったんだから」
「アルダムド師は獣学の師匠だったんですか?」
「獣学は古代魔法に通じる。師はすべての古代魔法の担い手だった。そこがマルリオスとの確執の原因になり、師は都を去った。師が求めていたのは都だけを守ることではなく、あまねく世界に魔法のことわりを広めるためだった」
しばらくチェルザードは黙り、ラジュエルも黙っていた。
彼はダッジオの敵ではなかったのだ。そう思うと胸のつかえは下りた気がした。
「僕が故郷の山で出会ったとき、アルダムド師は狼だけと一緒にいて、お一人でした。あなたはなぜ彼と別れることになったのか、訊いてもいいですか」
「なかなか核心に迫ってくるな」
チェルザードは顔を少しこちらにむけて軽く笑った。
「すみません。言えないことなら……」
「いや、いいだろう。おまえにもいずれ話さなければいけないことだ。早くても遅くても同じことだ」
チェルザードは座る向きを変え、ラジュエルに向きあった。
「『学びの塔』の奴らは根本的にまちがっている。その点ではアルダムド師も同意されていた。だが、俺と師では取ろうとする方策がちがった。マルリオス倒すべし、と俺は言ったが、師はそれに賛成ではなかった。師はあくまで自然のことわりにまかせるべきだと言ったのだ。しかし、それでは何も変わらない。こうしている間にも、正しい力がどんどん歪められている。マルリオスを放置すればそれはますますひどくなる。おまえのあの竜の話もそうだ」
「そう、竜の話でした」
「おまえは魔道具だと言ったな。それははずれてはいないと思う。だが厳密には道具ではない。あんな竜でも、もとは生きていた。いや、もしかしたらまだ死んではいないのかもしれない」
「さっき、魂を抜かれたと言っていましたね」
チェルザードはうなずいた。
「おそらくは。竜やら巨人やら、太古からの生き物は魂を別の場所に隠すという昔話を聞いたことはないか」
「ええ、でも、そんなのはただのおとぎ話だと……」
「おとぎ話の中には真実が語られていることもある。俺が『学びの塔』にいたころにはあんな乗り物はなかった。マルリオス体制になってからだ。妙な竜が都の上空を飛ぶようになったのは。あれは魂をなにかの形で支配されているんじゃないかと俺は考えている」
急にはっと思い出した。
『学びの塔』の地下から響いてきた、あの鼓動のような力。生きている本物の力のようなものを、自分はあそこで感じた。
「もしかして、『学びの塔』の地下……?」
「やはりおまえもそう思うか」
チェルザードはぐいと身体をこちらに向けて座り直した。
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