第十三章 彼らは仲間になるのか 其の五
「静まれ!」
大音声の一喝だった。
短剣を持った男も、後ろで騒いでいた仲間も口をつぐむ。
チェルザードは仲間を視線だけで制裁するように彼らから目を離さないままゆっくりとラジュエルと彼らの間を歩いた。
「いつも言っているだろう。禍々しい力を手に入れるのはたやすいが、一度手にした悪い力は持ち主の心を腐らせていく。冷静に考えれば回り道だ。本当の力は正しく幸福な心根が手に入れる。『学びの塔』が『喜びの門』を設けているのはそのためだ」
「首領は『学びの塔』のエリートだからってこの子をかばい立てするんですかい! 結局は王室の犬だ!」
背の曲がった男がぺっと地面につばを吐いた。
その途端、ぴしりと男の顔の近くで音がしたと思うと、男の髪の毛の先がちりりと焼けた。
「ひえっ!」
「馬鹿。首領に逆らうな」
男が一歩下がり、仲間の一人がささやくように忠告する。
「俺は『学びの塔』がすべて正しいと言ってるんじゃない。今のマルリオス体制は明らかに間違っている。間違っているものは正さなければならない。だがそれとこいつを殺すのとはまた別の問題だ」
言ってチェルザードは今度はたった一つしかない右目に鋭い光をたたえてラジュエルをぐいと睨んだ。
「ここの連中はこの通り荒っぽい。敵と思うか味方と思うかはおまえ次第だ。どうする」
「……まだわからない」
「なんだと? 小僧!」
「おまえは黙っていろ!」
短剣を持った男がまたチェルザードに叱りつけられた。
「僕は、自分で考えて判断する。もし君たちが本当に悪い奴らなら、たとえ殺されても仲間になるべきじゃない」
「いい根性してるじゃねえか。え? 小僧。おまえ、身の程わかってんのか?」
詰め寄ろうとした男とラジュエルの間に、ひょいと長老のはげ頭が持ち上がった。
「ま、飯にしよっかの。準備ができたぞい」
見ると長老について、ふっくらとした頬の中年女性がおいしそうな匂いのする鍋を持って、にこにこと待っていた。
そういえばお腹はとてもすいている。
朝早くパンだけお腹に詰めて宿舎を抜け出してきたし、そのあとは逃げるのに必死、それからここへ来た。
幸いなことに管理人さんからもらったあの大きなパンは背負い袋に入れてしっかり持ってきていた。なくしていなくてよかった。
このパンのことを『荒野』たちに知らせてよいものかと思ったが、黙って袋から出して自分の分をナイフで切り取る。
長老がやってきて、近すぎるとも思える近さでとなりに座ってのぞきこんだ。
「ほう、『尽きないパン』か。まだ都にこんなもの作れる奴がおるんだな。わしにも一口くれんか」
「いいですよ」
老人はこのパンの魔法を知っているのかなと思いつつ一切れ切ってわたす。
「うん。なかなかようできとる。うまいの。覚えとるか、一日のうちに食べ尽くしてはいかんのだぞ」
「少しだけ残しておかないといけないと言われました」
「こういうものは旅立ちのはなむけとして昔はよく家庭でつくったものだ。愛されとるな」
もしゃもしゃとパンを頬ばりながら老人は懐かしそうに言う。
「はい。これをくれたのは宿舎の管理人さんでしたけど、とってもよくしてくれました。でも僕はご恩に十分報いることができなかった。竜を奪って逃げたことであの人に迷惑がかかってなければいいんですけど」
「ふむ」
とだけ長老は言ったが何も返事はもらえない。
鍋と木の椀を持ってさっきの女性がすこし具の浮いたスープを配りに来てくれた。
「ありがとう」
「あんた、悪い子じゃなさそうだ。みんなもそのうちわかってくれるよ。おかわりしていいからね」
その言葉にほっとした。スープは温かくおいしくて、なんとなく故郷の母の料理を思わせた。
ここではみんなが自分を嫌っていると思っていた。でも、長老とこの女性はそうではないようだ。そして、もしかするとチェルザードも。
でもチェルザードを本当に信頼していいのかどうかよくわからない。
確かに彼は助けてくれたし、『荒野』の荒っぽい連中から自分を守ってくれた。
だが、彼の真意はどこにあるのだろう。
彼らはマルリオス師や『学びの塔』の魔法使いたちをはっきりと敵だと言っている。
彼らの仲間になるということは、今まで世話になった師匠や友達や管理人さんを敵に回すことになるのか。
狼に会いたいと痛切に思う。
『学びの塔』に行ったときもカディオルと出会い『喜びの門』に入ったときも、村からずっと狼と一緒だった。狼はもうかけがえのない仲間だ。
「デュカス……」
そっと森に向かってつぶやく。今、狼はどこにいるのだろう。
この広い森の中のどこかに、彼はきっといる。
ダッジオ師の家もこの森のもっと東の方にあるはずだ。ラジュエルが連れて行ったバイソンやイノシシ、そのほかの獣たちも。
「ところでさ、あんた怪我してるでしょ。一通り食べたらちょっと手当てしておこう」
先ほどの中年女性が戻ってきてラジュエルについてくるよう促す。
女性について小屋に行くと、ミリュウより幼い感じの少女が乾燥した薬草を整理していた。
「この子の治療を頼めるかい?」
「治療? 病気?」
「ううん。怪我だよ」
「変な怪我。魔物?」
少女は、さっきマルリオス師にやられた脇腹の怪我を見て眉をひそめた。
「魔物じゃないよ。これは『学びの塔』の魔法使いに……」
ラジュエルが言いかけると少女の顔色がさっと変わった。
「それじゃあたしには治せない。長老か首領かフリーナか」
「ああ、フリーナは戻ってきてるね」
中年の女はもう一度ラジュエルを伴って外に出ると、周りの人々にフリーナの居場所を聞いて回った。
フリーナというのは、さっきラジュエルを見て顔をそむけた赤毛の美人だ。
嫌われているようだが果たして手当てをしてもらえるのだろうか。
女にフリーナのところに連れて行かれ、ついてきたさっきの少女が、
「魔法使いにやられた傷だって。マルリオスって奴みたいだよ」
と言った途端、フリーナの顔が嫌そうにくもった。
「あんた、ほんとに『学びの塔』の連中を裏切って逃げてきたの?」
「あ、うん、まあ……」
「どっちなの。はっきりして」
「結果としてそういうことになると思う。僕はただ、西へ行きたかっただけなんだけど、マルリオス師に止められて。都を出ようとしたら門番に止められたから、しょうがなくて」
フリーナはまだ疑わしそうな顔をしていたが、
「とにかく、傷の手当てだけはしてあげる。あんたの身の振り方は首領が決めることになると思うけど」
「せっかく傷を治しても、首領が殺しちゃったりするの?」
少女が高い声を上げた。
「そういうことも、ないとは限らない」
フリーナは淡々と言うと、小屋の一つから薬を持ってきて、周りの男たちに手伝わせてラジュエルの服をすこし上げ、傷に薬を塗った。
あれほど痛いと思ったのに傷は目立たない。
「なあんだ、これっぽっちの傷で、痛い痛いって大騒ぎしてんのか」
髭も髪もぼうぼうと伸ばした男が馬鹿にしたように言うと、フリーナは真面目な顔で首をふった。
「『魔傷』もそうでしょ。目立たない傷ほど根がふかい。『魔傷』と魔法の傷とはちょっとちがうけど、性質は似てる。これであんたも理論魔法の力を身に帯びてしまったかもね」
「怪我すると力がつくの? だったら『学びの塔』にいたころにもっと怪我しとけばよかった。数学魔法とか苦手で……」
思わず言うと周りの男たちがどっと笑った。フリーナもすこし笑みを浮かべる。
「勉強家じゃないんだ」
「うん。『学びの塔』に来るまで読み書きもできなかった。もとは羊飼いだもの」
「首領とちがう」
「あの人はエリートだったんだろ? そりゃ僕とはちがうよ」
「あんたって不思議」
くすっとフリーナは笑う。笑うととても綺麗だった。
食事の場に戻ると、荒くれ者の『荒野』たちも和やかな顔で食事をしていた。
さっきのラジュエルに剣で詰め寄った男たちはラジュエルからは離れていたが、大声なので何を話しているか聞こえてくる。
どうやらラジュエルが都から乗ってきた竜について話しているらしい。
「それにしても、もうちょっとのとこだったのになあ」
「あの小僧がもう少し肝っ玉が据わってたら、あいつも助けられたんだろう。かわいそうに」
この場合、かわいそうなのはラジュエルではなく竜のことなのかもしれない。
助けられたとは何のことだろうと、聞き耳を立てた。
「首領、あんな作り物みたいな竜でも、ほんとに助かるんですかい?」
「ああ、おそらくはな」
「しっかし、連中、ひどいことしやがる。こんなかわいい生き物の魂を抜くなんざ、人間のやることとは思えん」
「早く奴らを倒して、これ以上被害が広がるのを食い止めんとなあ」
被害?
なんのことだ。
かわいい生き物とは竜のことか。魂を抜くってどういうことだろう。
「都の青っちろい魔法使いどもが魂のある本物の竜なんぞ乗りこなせるわけない。連中、竜が生き返ったら、おったまげるだろうなあ」
「マルリオスなんざ、馬にすら乗れんのじゃねえか」
男たちはどっと笑った。
彼らが本当にマルリオス師を馬鹿にしているのはわかった。
これはもしかしたら重大なことなのかもしれない。
彼らが乗っているのは魂のある本物の竜だが、『学びの塔』の師匠たちや王侯貴族が乗るという竜、ラジュエルが逃亡するときに使った竜は本物ではない。
自分は『魔道具』だと思っていたが、魂を抜かれるとは。
「おい、ラジュエル」
急に長老に呼ばれて、びっくりして立ち上がる。
「なんですか?」
「おぬしのあの彼女、ええと、アンリュだったか」
「なんだと! ラジュエル、おまえ、ミリュウの他にも女がいたのか!」
怒気をふくんだ声でチェルザードが立ち上がり、慌てて否定した。
「ちがいます! 僕、そんなに器用じゃありません」
男たちがどっと笑って面白そうに手を叩いた。
「そら、器用だったら何人も女作れるわな」
「本音が出たぞ、おい」
チェルザードが片目でじろりと睨む。
「そういう意味じゃ……。ミリュウに気持ちを伝えるだけでも必死だったのに、これ以上誰かの相手なんかとてもできません!」
また男たちが笑った。
チェルザードがしぶしぶ、また座る。
「おっと、間違えたらしい。アンリュじゃなくてミリュウだったかの」
「長老のとこにはものすごくたくさんの情報が入ってくるから、細かいことは忘れちまうのよ。気にしなさんな」
さっき食事をくれた女性が、いつのまにかやってきて、となりから言ってくれる。
冷や汗をかいた。
長老にとってはどうでもいいことなのかもしれないが、間違われたままだったらチェルザードにどんな目にあわされるか。
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