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谷間の風のはじまるところ  作者: 猫洞 文月
イラスト大全集
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66/166

第十三章 彼らは仲間になるのか 其の四(イラストあり)

挿絵(By みてみん)

(『0からはじめるドラゴン』の宮出サキ様にイラスト頂きました。ありがとうございます<m(__)m>)


「僕の力を奪う?」

「『学びの塔』の地下に閉じ込められたり、変な布を身につけさせられたりしなかったか?」

「ええ。それは、僕が魔物を呼び寄せるかもしれないから……」

 老人に答えていると横からチェルザードがずばりと言った。

「『魔傷』があるためだろう。魔物と真剣に戦えば傷ぐらい負うのは当然だ。ここにはそういう奴らが多い。魔物を呼ぶのが怖いんじゃない。連中は原始の力そのものを怖れている。マルリオスにはそれが制御できないからな」

 魔物と戦えば『魔傷』を負うのは当然で、傷なんぞ怖れるなとダッジオ師も言っていた。

「制御できない? あんなにすごい魔法使いなのに」

 聞くと老人とチェルザードは顔を見合わせておかしそうにすこし笑った。

「そうさの、マルリオスには、ある意味では突出した才能がある。生まれ持った力がない分、あいつは徹底的に理論魔法を組み上げた。ところが原始の力ってやつは、どうしても理論で制御しきれんところがある。計算しても計算しても理屈に合わないところが出てくる。おまえさんは、その制御しきれん力をわんさか持っとる。だからマルリオスにはやっかいだったんだろうよ。もっと力が弱ければ、その力を吸収して奴の力にしてしまえるところだったんだろう。ところがどっこい、おまえさんは抑えれば抑えるほど強くなっていった。奴め、どうしたらいいのか頭を悩ませておったところよ」

「いや、僕なんかなんにも……。せいぜい獣を従わせることぐらい」

「いやいや。『学びの塔』のあんなガチガチに防御された環境で、一年学んだぐらいでよく獣を従わせることができたもんだ。獣学っちゅうのはな、あれで原始の力がずいぶんと消費されるものなんだ。おぬしは力を抑えられてもびくともしなかった。それは、おぬしの力が『学びの塔』の連中の持ってる力と本質的にちがうものだからだ」

「僕の持ってる力?」

「そう。だからこそ、狼はおまえに従うし、獣たちも言うことを聞く。おまえでなければダッジオが教えるのにももっと苦労がいっただろう。その点ではダッジオの見立ては正しかった」

 チェルザードに言われてあらためて自分の両手を見てみる。

 自分に力があるとは思ってみたこともない。すべては師匠たちに鍛えられた訓練のたまものだと思っていた。

「力というものはだな、生まれ持っているものなのか、育つ途中に手に入れたものなのかはよくわからん。だが、おぬしは羊飼いだろう。羊たちと野山で暮らし、気づかぬうちに獣の力を手に入れていたのかもしれん。ビルディラ州にはまだ魔物がたくさん残っているそうじゃないか。もしかしたらそういう魔物の古い力の影響を知らんうちに受けて育ったのかもしれん」

 そのときまた扉のところに人影が現れた。

「首領。竜たちもみんな無事です。返す前にお言葉かけられますか」

 扉の向こうからくる光に見事な赤毛が透けて見える。若い女のようだ。

「ああ。行こう。おまえも来るか。本物の竜は見たことがあるか」

 あの飛んでいた『本物の竜』が――。

「いえ。見たいです」

 思わず弾むように立ち上がる。

 明るいところに来てみると彼女はとても美しかった。だが顔から首にかけての大きな傷跡が目立つ。彼女はラジュエルを見るとぷいと顔をそむけた。

 嫌われたのか傷をじろじろ見てしまって失礼だと思われたのか。

 ここでは嫌われてもしょうがないのかもしれない。ついさっきまで、自分は王権側の魔法使い集団に所属していたのだから。

 赤毛の女についていくと森の開けたところに竜が何頭も休んでいた。まだ上空をゆうゆうと旋回している竜もいる。チェルザードの乗っていた黒い竜は空のはるか高いところをとんでいて、とても小さく見えた。

 赤毛の女が手をさしのべると竜は素直に首を垂れて顔を撫でられるままになっている。

「……懐いてるんですね」

 羨ましくなって思わず声をかけた。

 女はちらりとラジュエルをふりむいたが、またぷいと顔をそむける。

「フリーナは王権側の魔法使いが大嫌いだ。あの傷はおまえと同じ『魔傷』だ。彼女は子供のとき村を襲った魔物にやられた。村にいられなくなった彼女を、長老が拾ってここで育てた。それなのに、王権側の魔法使いはいまだに魔物なんかいないと言い張る。馬鹿としか思えない」

 ふん、とチェルザードはすこし悲しそうに嗤(わら)った。

「魔物は姿を見えなくして、まだ国のあちらこちらにいると聞きました」

「見える魔物はたいしたやつらじゃない。姿の見えない魔物ほどたちが悪い」

 『学びの塔』で聞いたことを、チェルザードも言った。

「見えない魔物に襲われた『魔傷』は魔物を呼びよせるとも」

「『魔傷』がすべて悪いわけじゃない」

 チェルザードはゆっくりと仲間と竜の間を見てまわりながら言う。ときおり、首領、と声をかけられ、仲間の竜に手を当ててはなにか助言をする。

 この人は本物の獣学を習得している人なのか。自分もそんなことができるようになりたいと、ダッジオ師についていたころ憧れていたことを思い出す。

「『魔傷』を負うということは、魔物の力を身に持つようになるということだ。魔物は同じ性質を持つ仲間を好むから、傷が魔物を呼ぶというんだろう。だが、魔物の力を持つことが邪魔になるのは、それが制御された環境にいるときだけだ。魔傷はちゃんと治せば大きな武器になる」

「武器に?」

「そうだ。魔物の力は古代魔法に近いものがある。というより、古代魔法というのは、そもそも人間も動物や魔物も持っている原始的な生命の力のようなものだ。魔物や動物と関わっているとしぜんとそういう力は強くなる。おまえがたぶん、そうだったのだ」

「だから僕は『学びの塔』の魔法使いにとって、都合の悪い存在だったんですね」

「居心地が悪かったんじゃないか」

 言われて考えた。

「……いえ。友達もいたし、管理人さんは優しかったし。マルリオス師には嫌われたと思いますけど。それに『学びの塔』に行かなければダッジオ師には会えなかった。あの人には本当にいろいろ教えられました」

「ダッジオか」 チェルザードはふんと鼻を鳴らした。「あいつは馬鹿だったが悪い奴じゃない。俺は嫌いじゃなかったぞ」

「師匠のことを馬鹿と言うな!」

 思わず、並んで歩いているチェルザードをきっと睨んだ。

 チェルザードは、ほう、と見下したようにラジュエルを軽く見つめて言った。

「ずいぶんと慕っているようだな」

「おまえが殺したようなものじゃないか!」

 チェルザードは悪い人間じゃないと、ここの人々に聞かされた。本物の竜をかるがると扱い、かわいがっている。

 その様子からつい、彼のことを信頼できると勘違いしそうになっていたが、ダッジオ師が死ぬことになった元凶は、そもそも『荒野』だったんじゃないのか。

「ダッジオが死ぬことになるとは思ってもみなかった。あの間抜けなファードルだったらそういうこともあると踏んでいたが、ダッジオならわかると思っていた。あいつも『学びの塔』で暮らすうちに勘がにぶっていたのか」

 すこし眉間に皺を寄せるチェルザードに、さらに腹が立った。

「ファードル師なら死んでもいいと思っていたのか! 人の命を何だと思ってるんだ!」

「俺は戦いを怖れないが、死ぬ必要のないものが無駄に死ぬのは好まない。ダッジオは馬鹿だがいい奴だった。あいつがもっと賢ければおまえのように都を去っていただろう。もう意味のない権威にしがみついていたのは愚かだった」

「師匠のことを悪く言うな。師匠は義理を守ったんだ。獣学を『学びの塔』からなくさないために。ダッジオ師に会えたから僕は獣学を学ぶことができた」

「言っただろう。おまえは最初からここに来て学ぶべきだった」

「ちがう! 僕は……」

 そのとき、長老のはげ頭がひょいと二人の間に割って入った。

「気にせんでええよ。おぬしは導きに従ったまでのこと。狼がこの子を導いた。『学びの塔』での経験は無駄ではなかった。そう思ってるんだろう、ぼうず」

 穏やかに言われてほっとした。

「はい……」

 長老は今度はチェルザードの方に顔を向けた。

「敵を倒すには敵のことをよく知らねばならん。その意味では首領やこの子のように『学びの塔』出身のエリートは、我らにとって必要な人材だ」

「敵?」

「そうだ。王権につく魔法使いたちは我らの敵だ」

 チェルザードは傲然(ごうぜん)と言いはなった。

 なんと言ったらいいのだろう。

 確かにマルリオス師とファードル師には嫌われていたと思う。だが、それは自分が彼らの考え方に合わなかっただけなのではないだろうか。

 こうまではっきりと『敵』と言われると、かえって反発をおぼえる。

「僕は、彼らと戦うつもりは……」

「ほう。では、どうする。私が悪うございましたと頭を下げて『学びの塔』へ帰るつもりか」

 見下すような視線でチェルザードが問う。

 悔しいが、もうそれはできない。

 竜を勝手に使って逃亡し、マルリオス師が追いかけてきても逃げ続けた。そのうえさらに『荒野』の魔法使いたちに助けてもらった。

 今さら帰らせてくださいと言っても無理だろう。

 いつのまにか人々が周りに集まってきている。

「首領、こんなガキ、本気で仲間にしようってんですかい」

 背の曲がった男が片手に持った抜き身の短剣の刀身を、もう片方の手にぽんぽんと当てながらたずねる。

 チェルザードがよく通る声で群衆に向かってこたえた。

「俺がこいつを見所があると思ったのは、身につけている力のためではない。なぜ、大魔法使いアルダムドは俺でなくこいつに狼を託したのか、ずっと考えていた。何度か接触して答えが見えてきた。こいつは、力を自分で持つのではなく、大きな力を通す。いつかマルリオスがこいつのことを『器』として使ったことがあったが、あながち見当はずれではない。『器』に耐えられるのは、自分自身が十分強く、それでいて邪魔になるものを持っていない人間だ。その意味ではこいつには可能性がある」

「ちっ、甘いなあ首領は。こいつが自分で仲間になるって言わなきゃどうしようもありませんや。嫌がるのを従わせたって、こっからまた逃げ出して都に帰りかねませんぜ。そしたらこっちの戦力がばれちまう。殺しちまうのが一番でさあ」

 背の曲がった男がぎらぎら光る目で睨みながら一歩、短剣を持って近づいた。

「殺して手に入る力もあると言う話か。たしかに強い魔法使いを殺せば力は手に入る。だが、そういう力には禍々しい呪いがまとわりつくものだ。いいか。忌まわしい方法でなくても力は手に入る」

「首領!」

 さっき竜をてなずけていた赤毛の美女が澄んだ声をあげた。

「忌まわしい力と獣の力と、どうちがうのですか。首領はいつも、原始の力は我々にとって大切なものだとおっしゃっています。獣たちは殺戮もします」

「なるほど」チェルザードはラジュエルに近づこうとする『荒野』の人々の前をゆっくりと歩きながらよく通る声でこたえた。「獣たちの殺戮はなんのためか。おまえたちがこの子を殺そうとするのはなんのためか」

「こいつは『学びの塔』のスパイかもしれない!」

 背の曲がった男が叫び、つめよせた仲間が、そうだそうだと口々に叫ぶ。

「マルリオスならやりかねない」

「王権づきの魔法使いはみんな嘘つきだ!」

「殺しちまえ! こいつの持ってる魔力を奪え!」

―――――――――――――――――――――――

今週も読んでいただきありがとうございます<m(__)m>

竜とフリーナのイラストは猫洞がお願いして宮出様に描いていただきました。

ありがとうございます<m(__)m>

来週もよろしくお願いいたします(^^♪


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