第十一章 『荒野』への誘い 其の五
次の朝、カディオルが食事に呼びに来るまで部屋でぼうっと横になっていた。
「大丈夫か、ラジュエル。こういう時は何か腹に入れた方がいいぞ。気持ちはわかるが、お前まで身体を壊してどうする」
「うん。そうだね」
カディオルについてふらふらと食堂に降りると、管理人さんが
「大丈夫かね」
と心配して食事を並べてくれる。
「ありがとうございます。自分でやれます」
「そういえばダッジオ師にはご家族がいらしたんだったな。もと師匠であれば遺族年金が出るんだろうか。それとも森番の身分になったから保証はないんだろうか。もし、ご家族が困っておられるんなら、私の領土で力になれないこともないと思う。一度尋ねてみようか」
カディオルが言うのを聞いて、ようやく現実に戻る。
「そうか。ご家族の生活の心配をしなくちゃいけないな」
「私が言うのも差し出がましいかもしれない。一度、それとなく困っていないか聞いてみてくれないか」
「うん、ありがとう、カディオル。今日にでも行ってみるよ。先日、お世話になったことだし、一度行かなきゃと思ってたんだ」
やるべきことがあると思うと気持ちがしゃっきりする。
ようやく食事もしっかり食べることができて、その日は講義を受けず、森へ行くことにした。
天気はいい。
前に森から帰ったときは、師が心配で急いでいた。その前は羽を使った。
――ちゃんと練習しておけよ。
ダッジオ師の声が聞こえるような気がする。空耳か。
ずいぶん師のことが慕わしいんだな、と思う。
今日は穏やかで都も落ちついていた。
見渡しても『荒野』の怪しい姿はなさそうだったので、首から魔道具の羽を取り出して呪文を唱える。
「ウォルフェス・ペナンタ・マジョリス!」
ばっと背中からつまみ上げられる感触があり、身体が宙に浮く。
だめだ、やっぱりつらい。
この羽で師は自分を助けてくれた。
もし獣舎の事故の時、魔道具があったら彼は助かったのだろうか、などと考えてしまい、魔法に集中できない。
はっと気がつくと、地面をずるずると引きずられていた。
――何やっとる、馬鹿もん。
師の声が聞こえてくるようだ。
もちろん、見回しても誰もいない。
「馬鹿だな、僕は。一人で頭の中で師匠と会話するなんて」
自分で自分を叱り、今度は真面目に練習しながら、少しずつ森へ近づいていった。
師匠の家はすぐわかった。
森の入り口から近い、夏には心地良い日陰になりそうなところにある。
よく見ると建物自体は少々古そうだ。あちらこちらに修繕した跡がある。
彼の父親は森番だと言っていたから、もしかするとこの小屋はもともと父親が住んでいたものを直して使っているのかもしれない。
家の外で、まだ幼さの残る長男が薪割りをしていた。
「こんにちは」
「ラジュエルか」
外は寒いが、全身をつかって斧をふるっていた少年はうっすら汗をかいている。
「お母さん、いる?」
「いるよ。母さん、ラジュエルが来た!」
「あら、まあ!」
むきかけのジャガイモと包丁をもったまま奥さんが出てきた。
「よく来てくれたね。入って」
「手伝いましょうか」
「ありがと。じゃあ、お願いしようかな。これが終わったら水くみに行かなきゃと思ってたところ」
「わかりました。行ってきます」
両手にふたつバケツを持って小川に出かける。
小川の表面は氷が薄く張っていたが、それは簡単に割れてバケツに水を汲んで戻り、水瓶に入れる。水瓶の水はだいぶ減っていたので、三往復した。
師匠のことを、何から話したらいいか迷って、なかなか切り出せないでいると奥さんの方から話しだした。
「都はどう。ちょっと落ちついた?」
「ええ、たぶん……。その、お宅の方はどうですか。あの、もし経済的にお困りなら、学生で貴族の子弟がいるので、彼ができることがないか訊いてほしいって……」
「ああ、そのこと。今朝ケーファ師が来た。今は身分は森番だけど、師匠として長く務めてくれたから遺族年金が出るように手配してくれるって。だからお金のことは大丈夫。それよりあなたは」
「僕ですか。僕は……」
言葉に詰まる。
考えると泣きたいばかりだが、奥さんが泣いていないのに自分だけ泣くのも失礼な気がした。
「変ですよね、師匠の声が聞こえるような気が、ときどきするんです。何やっとる、馬鹿もんって」
奥さんがぱちぱちと幾度かまばたきして、口元にちょっと笑みを作った。
「そう、私もよ。あの人の声が聞こえるような気がする。今にもドアを開けて帰ってくるんじゃないかって。腹減った、なんかあるかって。いつもみたいに」
「師匠、たくさん食べそうですね」
「ほんとよ」
まばたきが追いつかず、奥さんの目から涙が溢れる。
「もっともっと、食べさせてあげればよかった。もっといっぱい優しくしてあげればよかった。子供たちのことばっかりにかまけてないで、一緒にいる時間をもっと無理矢理作ればよかった。こんなに早く……」
言葉がつなげず、あとは嗚咽になる。
なんと言葉をかけていいかわからない。
自分が非力なのが悔しい。カディオルのように、具体的に力になれることがあったらいいのに。
「ラジュエル!」
割った薪をかかえて長男が戻ってきた。
「おまえ、剣を使えるか」
父親に似て態度がでかい。
「いや、使えないよ。僕は戦士じゃない。訓練を受けたこともない」
「なんだ、へなちょこだな」
父親に似て口も悪い。
普段だったらこんな子供に罵られて腹を立てるところだったが、ダッジオ師を思い出して微かに笑う。
「剣が使えるようになりたいのかい?」
言うと彼はうなずいた。
「仇討ちしてやるんだ。父さんを苦しめた悪い奴らに」
その気持ちは痛いほどわかった。自分もできるならそうしてやりたい。
でも、敵って誰だ。
『荒野』が悪いのか。それとも、師匠の地位を剥奪して危機に追い込んだファードル師や『学びの塔』の魔法使いたちが悪いのか。
「まず落ち着けよ。仇討ちしたい気持ちはわかるけど、君の父さんは戦うことを望んだのか? 君の父さんは本当に強い人だったよ。我慢しなきゃいけないことは我慢し、困ってる人は助ける。僕は『学びの塔』で、ダッジオ師のことを一番尊敬していたんだ。もっと彼から学びたかった。悔しいよ。でも、師匠だったら、それを仇討ちの形で晴らせとは言わないよ、きっと。悔しかったらしっかり学んで、奴らを見返せるほどの魔法使いになれって言うよ」
どさりと長男はかかえた薪を下ろした。
「ちくしょう! 俺も魔法使いになれるか? 『学びの塔』に入れるのか?」
「僕からケーファ師に頼んでみる。ダッジオ師は両親を亡くして、アルダムド師に連れられて『学びの塔』に来て師匠になった。君だって受け入れてもらえるかもしれない。僕も神官様の推薦でここに来ることができた。もとはただの羊飼いだもの」
「私からもお願い、ラジュエル」
奥さんが涙を払って言った。
「今はこのぐらいしか僕にはできません。でも、できることがあったら、何でも言ってください。僕ができなくても、誰かに訊いてみることもできるし」
「ありがとう」
昼食のパンとスープをご馳走になり、長男に取っ組み合いのケンカのやり方を教えて、まだ明るいうちに都へ帰ることにする。
別れを告げるラジュエルに奥さんが、ああ、そうだったと呼び止めた。
「あの人が言ってた。あいつはきっといつか旅立つって」
「旅立つ? 故郷に帰るんじゃなくて?」
「そう。きっと、いつか。『谷間の風のはじまるところ』へ」
『谷間の風のはじまるところ』へ――。
またそこに戻ってきた。
村を出てすぐに、根性の悪い神官に言われた。
以前は、そこに行けばなんでも願いが叶う理想郷のようなところだとおぼろげに考えていた。
でも今ならわかる。
強い魔力をはらんだ風の吹いてくる、その源のところ。
そこにはいったい何があるというのだろう。
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読んでいただきありがとうございます<m(__)m>
ちょっと文字数少ないので、今日の12時、第12章の最初の部分を投稿いたします。
これからもよろしくお願いいたします(^^♪




