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谷間の風のはじまるところ  作者: 猫洞 文月
イラスト大全集
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56/166

第十一章 『荒野』への誘い 其の三(イラストあり)

挿絵(By みてみん)

(チェルザード  イラストはiwajun様より)


*(注記:今回途中、生物学的にちょっと気持ちの悪いと感じられるかもしれない描写があります。苦手な方はトゥーリオ師が登場したら読み飛ばしてくださいますよう)


 身を護るものはトネリコの杖しかない。それでも無いよりましだ。

 とっさに一歩後ろに飛び下がり杖を構えて防ぐ。

 ガキッと杖に剣が当たり、刃が木の杖にくいこむ。すぐにチェルザードは剣を引き構え治した。

「ふん。祝福の杖か。なるほどな」

 チェルザードが口の中で何かぶつぶつと唱えると剣の刀身が、はじめは青く、次に虹色に変化していってぎらりと黄金色に輝いた。

「さあ、どこまで防げるか。おまえのその古代魔法で」

 敵は剣を構えなおす。全身を使って振り下ろす剣は軌道を描いて、身をかわしたラジュエルをかすめた。

 斜め上から、そして翻した刃先は今度は横からぶんと音を立てて空を切る。

 一歩、一歩と距離を詰められるが、その度に後ろに飛び下がる。このままいつまで逃げ続けられるのか。しかし諦めたら死ぬ。

 剣がうなるとき、何かの力が拡散されているのを感じる。

 はじめは逃げているだけだったが、その力の拡散に一定のリズムがあることに急に気がついた。

 これはダッジオ師と訓練したときに似ている。

 ならば、何か手はある。

 剣の技術だけの問題ではなさそうだ。

 しっかり見抜け。

 これが魔法なら、力の集中と拡散があるはずだ。規則をみつけるんだ。

 怖がって逃げるばかりではなく、全集注力を注いで剣の動きを見つめる。

 剣が目の前で風を切ってうなるのはやはり怖い。だがここでひるんでも誰も助けてはくれない。

 自分の力で勝つほかはない――。

 トネリコの杖を両手で持ち、目の前で構えた。

「大いなる方の名のもとに、我に正しい力を与えたまえ!」

 正しくなければいけない、と言ったのはファードル師だった。そのファードル師はダッジオ師を蔑(さげす)み苦しめた。

 心にまた苦いものが走る。

 大剣の切っ先が顔のすぐ近くをかすめ髪の毛に触れる。

 だめだ、迷っていては。

 なんのために戦うのか。自分のためだけか。殺されないためだけなら、大人しく『荒野』に下ればいい。そうしないのはなぜか。誰のためなんだ。

 そのときふっと心の中に温かいものが広がった。

 ダッジオ師、アルダムド師、エスケレス師。そしてデュカス――。

 彼らの誰も『荒野』の仲間じゃないじゃないか。だから自分は――。

「力を、力を与えたまえ」

 ブオン……と杖がうなったように聞こえた。 力が集まる。

 杖がかがやく。

「えいやっ!」

 渾身の力を杖の先に集中させる。その力が前に向かって解きはなたれる。

 杖から発した光が、びりびりと相手の剣に雷が落ちるように伝わるのが見えた。

 一瞬チェルザードがひるむ。

 攻撃をしかけていくのか護りに徹するのかとっさに迷った。その迷いをつくようにまた敵が一歩踏み込む。

 びゅん、と大剣がうなったとき。

「デュカス!」

 おおきな灰色のかたまりが現れたのは突然のことだった。

 何が起きたのかすぐには理解できなかった。チェルザードはもう目の前にいない。あとには向こうめがけてうなっている、懐かしい狼の後ろ姿がある。

「あれっ……?」

 どこへ消えたのだろう。

 思って見回してみると、先ほどの通り、顔が見えないぐらい遠くの草原に、彼らはいた。 それでは、さっきのチェルザードの姿も実体ではなく虚像だったのか。 

 遠く彼らに睨みをきかせていた狼が、ようやく優しく振りむく。

「デュカス……。来てくれたんだね」

 駆けよってがっしりとした首に腕をまわし、温かい毛皮に顔を埋める。

「また助けてもらっちゃったね。僕一人で戦えるようにならないといけないのに」

 狼が顔を近づける。一度腕を放して、狼の顔をなでた。

 狼が何か言おうとしているのがわかる。言葉としては聞こえてこない。

 だがわかる。

 助けられてもいいのだ、と言っている。助けられることを恥じることはない。共にあるものなのだから。

「ありがとう……」

――上出来だ、ラジュエル。

 高らかなチェルザードの嗤(わら)い声が響いてくる。

 悔しいが何もできない。自分一人で戦うことすらできなかった。

 何が上出来なもんか。

 きゅっと唇を噛んだが、獣たちは一頭、一匹も怪我もなかった。その意味では自分はやるべきことを果たしたといえる。

「森へ、行くんだ。デュカス、一緒に来てくれる?」

 狼から離れて杖を取りなおし、獣たちに語りかける。

 デュカス――導く者。

 今は狼を頼ろう。師匠のいない今、デュカスは自分の先導だ。

 獣たちは素直に森についてくる。デュカスが一緒なこともいい影響を及ぼしているにちがいない。

 森はすっかり冬模様だった。広葉樹は葉を落とし、まばらな針葉樹にも梢(こずえ)に雪が残る。ヒグマは冬眠をする季節だったと、ここに来て思い出した。

 もう少し暖かい季節だったらよかったのに。この時期の森はエサを獲るのも大変だ。獣舎に慣れた獣たちは自分でエサを獲って生きていくことができるのだろうか。

 本当は彼らが気になる。狼もいてくれることだし、もう少し一緒に森に留まりたいと思う。

 しかしダッジオ師のことがどうしても気になる。

 あれほどの爆発だった。しかも『荒野』のしかけてきた何かの攻撃にマルリオス師や師匠たちが戦っていた。

 一度都に帰らなければ。

「デュカス、彼らを頼む。僕はダッジオ師を見に行きたい」

 人間のようにうなずいたわけではないが、了解した、と狼が伝えてくれたのがわかる。

 後ろ髪をひかれながらも、森を離れて都に急ぐ。ダッジオ師のご家族に挨拶した方がいいかなともちらりと考えたが今は急ぎたい。また別の日にお礼を言いに来よう。

 馬もいないので徒歩になる。魔道具の羽を使ってみようかとも考えたが、いろんな異変が起きている今、慣れない道具を使ってまたおかしなことが起きてもいけない。できるだけ急いで、歩いて帰った。


 天気の異常はもう収まっている。

 街には、少ないが人通りも戻ってきている。『学びの塔』も見たところ変わりがないように見えた。

 ところが近づいてみるとなんとなく人々の様子がおかしい。

 どうしたのだろうと知り合いを探すと、塔の一階に集っている学生たちの中にカディオルがいた。

「カディオル! どうなったの?」

「ラジュエルか。どこに行ってたんだ。管理人さんが心配してたぞ」

「僕は師匠との約束で森に獣たちを連れて行ってたんだ。ダッジオ師は大丈夫だったんだろうか」

 するとカディオルは曇らせた顔をすこしそむけた。

「その……ダッジオ師なんだが……。ラジュエル、落ちついて聞け。師は……師は亡くなった」

「えっ……」

 咄嗟に言葉が出ない。

 冗談かと思ってまじまじと見るがカディオルの顔は真剣そのものだ。

「嘘だ……」

「気持ちはわかる。おまえが一番親しくしていたもんな。ダッジオ師だけじゃない。ファードル師も亡くなった。今、ケーファ師がいろいろ調べておられる。たぶん明日あたり葬儀になるだろうということだ」

「そんな……」

 まだ信じられない。なにかの間違いなのでは。

 自分は確かにあのときダッジオ師の声を聞いた。獣を連れ出せと。

 それではあの時にはまだ生きていて、自分が都を離れた後に亡くなったのだろうか。

 いや、そんなはずはない。死ぬはずがない。あの強い師匠が。殺したって死ななそうな強い人だ、絶対に死ぬはずなんてない。

 思わず駆けだしていた。

 何かのまちがいだ。誰が死んだと確認したのか。信じない。この目で見るまでは。

 冷たくなった師匠なんてどうしても想像できない。そんなことはあるはずがない。あの人のことだ、死んだと思ったら、冗談だと笑って起きてくるにちがいない。わっはっは、馬鹿だな、ひっかかってとかなんとか言いながら。

 どしんと誰かにぶつかり、

「すみません」

 と謝る。 

 トゥーリオ師だった。

「ああ、ラジュエル。どうしたんだい、そんなに急いで」

「今、あの、ダッジオ師が亡くなったって……嘘ですよね。何かのまちがい……」

「その話か」

 師は目をふせて顔を曇らせた。

「……残念ながら、まちがいではない。昨日の獣舎の事件は知ってるだろ。あ、そうか。君も一緒だったんだってね。君が無事でよかったよ。ほかにも犠牲者が幾人か出たんだ。ファードル師も、馬丁(ばてい)も、街の人たちの中にも。とりわけファードル師を失ったのは痛いね。今はケーファ師が代理を務めておられるが、早急に会議がある。そのときに次の総長が正式に任命されると思うが、まずは葬儀が先だろうな」

「その……ご遺体はどこにあるんですか? 亡くなったっていうのは本当に本当なんですか?」

「本当だと思うよ。いや、思うってのは、ファードル師と思われるご遺体はあったんだけど、ダッジオ師らしいのは見つからなかったんだ。あれだけの火だ、骨も残らず全焼してもおかしくはない。ファードル師も顔の見分けもつかないほどになっててね……いや、ごめん。こんな話、聞きたくないよね」

「……見せていただくことはできませんか?」

「見たいの? 相当きついよ。その……わかるだろ? 見た目もだし臭いとか……」

「大丈夫です。見たいんです。この目で確かめたいんです」

 しょうがないな、でもまあ、君なら、と言ってトゥーリオ師は塔に隣接した小屋へ案内する。

「こんなところで申し訳ないと思うけど、臭いがね。もちろん、葬儀の時にはちゃんと『学びの塔』から正式にお送りするよ」

 白い布をかけた何かが、簡易にこしらえたベッド状の台の上に安置してあり、師に、いいですか? と尋ねてそっと布をどけてみる。

 獣肉の焦げたような強烈な臭いがする。

 顔もすでに誰のものなのか、判別できなくなっている。

 ご遺体だと言われなければその塊が何なのかすらわからないかもしれない。

「ファードル師だと、どうしてわかるんですか? それにダッジオ師の方が若くて大きかったのに、どうしてファードル師は残ってダッジオ師のご遺体は残ってないんですか?」

「ううん、僕もよくわからない。ただ、あの業火は普通の火事じゃない、『荒野』がしかけてきた攻撃だろう。特殊な魔法が仕込まれていても不思議じゃないと思う。それにどのぐらい燃えたかは場所によってちがうかもしれないし」

「本当にこれがファードル師なんでしょうか。なにかのまちがいだってことは」

「それは状況からかなあ。あの場所でファードル師とダッジオ師が言い争いをしていたのは周りの人たちが見てたし、事件以来ファードル師とダッジオ師がいなくなったんだから、そう考えるのが妥当だと思うよ。こちらがファードル師だと思うのは身長と、杖の残骸が残っていたんだ。ほら、杖に金の飾りがあっただろう。杖そのものは燃えてしまったみたいだけど、その金が溶けて近くに固まっていた。でも、ダッジオ師の痕跡はまったくわからなかった」

「どこかに移動したとかは?」

「それなら事件が終わった今、連絡ぐらいくれそうなものじゃないかい?」

「僕は……、あの爆発の後、ダッジオ師の声を聞いたんです。獣を森へ連れて行けって。だから、そのときはきっと生きてみえたんだと思うんです」

「そうかもしれないし、もしかしたら、師が最後に発した言葉が魔法で保存されてゆっくりと君に届いたのかもしれないね。君と師の関係だったらそういうことがあってもおかしくない。信頼されていたものね。辛いだろうと思うよ」

「はい……」

 もう言う言葉はなかった。


――――――――――――――――――――――――――


今週も読んでいただきありがとうございます<m(__)m>

iwajun様のイラストはだいぶ前にいただいていたものですが、ようやく使うことができて嬉しいです(#^^#) iwajun様、ありがとうございます。


来週もよろしくお願いいたします(^^♪

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