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谷間の風のはじまるところ  作者: 猫洞 文月
イラスト大全集
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55/166

第十一章 『荒野』への誘い 其の二(イラストあり)

挿絵(By みてみん)

(マルリオス師。イラストはiwajun様。ありがとうございます。)


「全魔法使いは『学びの塔』に結集せよ! 住民および学生は建物の中に避難し外出を控えよ!」

 響き渡るマルリオス師の声がつづく。

 次の瞬間、ラジュエルと獣舎の間にマルリオス師が出現していた。

「何ごとじゃ」

「わかりません。ファードル師とダッジオ師が対立して、ファードル師が火を出したから僕は思わず水を出して、ファードル師を怒らせてしまって。それから突然、獣舎から緑の火が上がって」

「へまをしおって……ファードルが」

 ちっとマルリオス師は美しい顔を歪めて舌打ちした。

 すうっと、精霊が滑るようにマルリオス師は獣舎に向かって信じられない速さで移動する。

 あれは実体ではないのか。人間の歩き方、人間の移動する速度には思えない。

 獣舎の前でマルリオス師の姿は急に白い大きな炎になった。

 白い炎は立ち上がり、緑の竜に挑むように空に昇る。やがて炎は巨大なマルリオス師の形になった。

 マルリオス師は人間の形になったり炎になったりしながら、宙を踊る緑の竜と絡み合ったり離れたり、それぞれ白と緑色の炎を吹き出したりする。

 朝の空に黒雲がうずまき、ときおりぴかりと雷光が走る。

 慌てふためく人々がときおり悲鳴をあげながら家や建物に駆け込んでいく。

――獣を連れ出せ。安全なところに、早く。

 突然、どこからかダッジオ師の声が、頭の中に響いてきて、はっと我にかえった。

 声がするということは、姿が見えなくても師はどこかにいるのだろう。

「行こう、早く。みんな、大丈夫?」

 師匠は、師匠は大丈夫だ。あんなに強い人なのだから。

 胸の奥にわずかな不安を残しながら、獣たちが一頭、一羽も欠けていないことを確認し、立ち上がって都の門を目ざす。

「さあ、行くよ。僕と一緒に、森へ行こう」

 獣たちは素直にラジュエルに従って歩き出す。飛ぶものは周りを飛んで、小さなものはバイソンが背中に乗せてくれた。

 外出禁止令が出て人々が慌てて家に駆けこんだ街は怖ろしいほど静かだ。その静かな街の空に、白と緑の炎が猛り狂っている。

 『学びの塔』には今頃、師匠たちが力を集結してマルリオス師を補助しているのだろう。 獣たちを連れてひたすらに西の門をめざす。

 門の外の村人たちは大丈夫なのだろうかとちらっと考えたが、ここでも人の姿はないところを見ると、外出禁止令のマルリオス師のあの声はここにも届いていたのだろう。


 村の畑や牧草地を過ぎて森に向かう途中、草原に何かが見える。

 どうも妙だという気がして足を止めた。

 イノシシが不機嫌になっているのがわかる。イノシシというのは見た目とちがって意外と繊細で、いつもとちがう状況だと敏感に反応することがある。

 しかし森へ行くにはここを通るのが一番近い。今は早く森へ行きたかった。都で起きている異変からなるべく遠くへ。

 近づくにつれ、それは数十人の集まりのように見えた。外出禁止令が出ているというのに、草原に不自然に集まっているのはなぜだろう。羊飼いや木こりといった村の外で働く人の集まりのようにも見えない。

 こんな状況で怪しいものは避けた方がいい。迂回して森へ行こうと、進路を少し北へ向け草原の川沿いに近いところに向かった。

 ところが迂回しているはずなのに、どこまで行っても彼らは真正面にいる。

 ラジュエルが立ち止まれば彼らも止まる。しかし動き出せばまた、まるで歩くにつれて月がついてくるように常に森との間に彼らがいるのだ。

 急に一緒に飛んでいたフクロウが彼らの方に向きをを変えた。

「見てきてくれるのかい? 気をつけて」

 注意してフクロウを見ていると、おかしなことが起きた。

 彼らの一人が腕を上げると、それに引き寄せられるようにフクロウはその人物の方へ飛んでいく。

「近づいちゃだめだ」

 離れているが、伝わることを願ってつぶやく。

 しかしフクロウはまるで見えない糸で引かれているように腕を上げた誰かの元へ飛んでいき、その腕にとまった。

「だめだ。帰っておいで」

 その誰かがこちらを見た。

 顔が見えないぐらい離れているが、それでもはっきりとわかる。

 気がついて、はっとした。

「チェルザード!」

――生き残ったか、ラジュエル。

 頭の中に直接聞こえる。

 いつのまに名を知られていたのか。『白い火柱の儀式』の日か。あの日、落ちていくラジュエルを師匠が呼んだ。そのとき覚えられてしまったのかもしれない。

「フクロウを返せ!」

 笑い声がする。まるで楽しいことでもしているような。

――このフクロウはおまえのものか。それともフクロウ自身のものか。

「それは……」

 考えたこともなかった。自分のものかと言われればそうではない。誰のものだろう。

「まさかおまえのものだとは言わないだろうな。獣使いならそのぐらいはわかっているはずだ」

 そうか。以前、ダッジオ師に言われたことがある。狼は自分の行きたいところに行きやりたいことをやっているのだと。

 『力あるもの』は誰かに支配されるものではなく、アルダムド師の言ったように『共にある』ものなのだ。

 ということは、あのフクロウは自分の意志でチェルザードのところに行ったということか。

――今ならおまえにも選ぶことができる。『荒野』に来るか。それとも奴らと共に我らに敵対するのか。

「……『荒野』には、下らない」

 絞り出すように、言った。

――ほう。

 なぜか、遠く離れたチェルザードの顔が浮かぶように思えた。感心したように驚いたようにすこし眉を上げてこちらを見ている。

「僕の師匠はダッジオ師だ。おまえたちの配下にはならない!」

 あざけるような笑い声がする。

――儀式の日におまえを見捨てた奴らにまだ隷従(れいじゅう)しようというのか。奴らの駒となって都合よく使われたいというのだな。

 ずきりと胸が痛む。

 ダッジオ師もそう言った。

 マルリオス師は本当に自分を見捨てようとしたのだろうか。ダッジオ師が助けてくれなかったら死んでいた。

 それではダッジオ師は、師はなぜ、それでもマルリオス師に従おうとしていたのだろうか。

――あさましく王室魔法の権力にしがみついていたダッジオはどうなった? その努力は報われたのか? 能力を正しく評価され十分な待遇を受けたと言えるのか。

 唇を噛む。

 ダッジオ師はあんなに我慢して、服従しなければならないと言っていた。それなのに、ファードル師は彼をあざけり馬鹿にした。ラジュエルのために憤(いきどお)ってくれた彼を、身の程知らずと言って痛めつけた。

 それでも彼が、『学びの塔』を裏切らず『荒野』に下ろうとしなかったのはなぜなのだろう。

 ふふ、とまた笑い声がした。

――来るがいい。その『力ある』戦士たちを連れて。『荒野』は志あるものを歓迎する。

 ファードル師が『ガラクタ』と呼んだ獣たちのことを、『戦士』と呼ぶ。

 胸の奥でなにかが喜んでいる。

 正しく評価され十分な待遇を受ける。そう、獣たちについて、もしかしたら『荒野』は、少なくともファードル師より好意的な見方をしてくれるのかもしれない。

 ふと浮かんだその考えを頭をふって打ち消した。

「僕は師匠と約束した。獣たちは森へ連れて行く。おまえたちの好きなようにはさせない」

 お腹の底から力一杯の声で叫んだ。

 ダッジオ師がそれでも『学びの塔』を裏切らなかったのは、きっと信念があったからだ。あの人に限って、仕事や金がほしいという理由だけで留まっていたはずはない。

 ダッジオ師を育ててくれたアルダムド師、『喜びの門』を作ったエスケレス師、きっとまだ語ってくれていない大切な信念があったにちがいない。

 そして今、自分はダッジオ師を信じるから、『荒野』には下らない。

 フクロウがチェルザードの腕から羽ばたいた。

「帰っておいで。森へ行くんだ」

 声の届く距離ではなかったが、語りかけてみる。言葉で言う以外の魔法を知らない。まだ師匠にはすべてを教わったわけではない。

 フクロウはすこしふらふらしながらもこちらへ飛んできて、ラジュエルの伸ばした腕にとまった。

 ほっとしてあらためて森へ向かおうと歩き始める。

 前方の空はいつのまにか暗くなっている。

 戦いがあったのは都だけで、都の外はよく晴れた穏やかな日だったというのに。

 急な天気の変化だろうか? それにしては天気の変化に特有な風などなかった。

 いぶかしんでいると、草原に高らかな笑い声が響き渡った。

――では我らに敵対すると。それでよいのだな。

 強烈な風が吹きつけ、一瞬視界をなくす。

 思わず目を閉じて腕で顔をおおって、風が収まったと思って目を開けると、すぐ前にチェルザードと仲間たちが立っていた。

 チェルザードの姿をはっきりと見たのは、都へ来る途中の宿以来だった。

 潰れた片目、顔は若いが白い髪が乱れている。隠すように深く帽子をかぶり、その手には見たことのないほど大きな剣が握られていた。

 動けないラジュエルを見てチェルザードはふんと鼻で嗤(わら)った。

 目の前に立ったチェルザードはじりじりと距離を詰めてくる。あの大剣で一撃されたらもちろん命はないだろう。

 急に『おまえは訓練を受けていないから大きなナイフはかえって危ない』と出発直前に言われた父の言葉が浮かぶ。

 戦いを望んでいるわけではない。ただ、従わないと表明しただけだ。

 ここで命を落とすわけにはいかない。それに獣たちもいる。彼らをなんとしてでも無事に森に送っていかなければならない。

 ヒュウ、と音を立てて目の前の敵は大剣をふりあげた。


――――――――――――――――――――――――

読んでいただきありがとうございます<m(__)m>

待望のマルリオス師のイラスト、iwajun様、ありがとうございました! すごいイメージぴったりでさらに期待以上の素敵なイラストでした。

今回ちょっと文字数少なめなのですが、次回のイラストとの兼ね合いでここまでになりました。

次回、またiwajun様のチェルザードのイラストが入ります(o^―^o)ワクワク


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