第十一章 『荒野』への誘(いざな)い
第11章 『荒野』への誘い
先日の『白い火柱の儀式』の被害はまだ町のところどころに残っていた。
実際に町の建物が壊れたところもあるが、変な魔法があちらこちらで発動してしまっているそうだ。
身体の前の部分は羊、後ろの部分は牛になってひょこひょこ変な歩き方で歩いている動物がいる。女性の羽織っていた毛皮のマントがいきなり動き出して咆吼をあげる。窓辺の美しい花がひゅるひゅると枝を伸ばし、家中が深い蔓草で覆われてしまう。
いつどこで、どういうタイミングで魔法が発動しているのかわからず、住民は困ると師匠たちを呼ぶので、『学びの塔』の講義はなかなか進まないということだ。
学生のうちでも、すでにいくつかの魔法がつかえるようになっている上級生やカディオルも呼ばれて対処に当たっているそうだ。
「本当は動物系の魔法はおまえかダッジオ師がいいんだけどな。ダッジオ師は解雇されたしおまえはいなかったから」
時間ができたら手伝ってくれと言ってカディオルは『学びの塔』に出かけた。
ラジュエルは師匠との約束があり、朝から獣舎に向かう。
すでにヒョウとヒグマは森に放された。あとは大きなものはバイソンとイノシシ、小さなものはフクロウやコウモリ、ネコ、カラスやネズミ、中ぐらいのヘビなどだ。
飛ぶものたちは飛ばしていけばいい。カラスやネズミ、ネコはいつでも移動できる。都の人々が嫌がりそうな大型獣やヘビは、師匠と一緒に連れて行かなければならないだろう。
準備と言われてもよくわからなかったが、とにかく朝のエサを出してやり、バイソンには丁寧にブラッシングし、イノシシも堅い櫛で背中を掻いてやり、カラスには水浴び用の水を出してやった。
「もうここでは最後だな。寂しいけど、君たちにとっては悪くないよ。森はいいところだもの。ヒグマやヒョウも先に森に行ってるし、ダッジオ師もいる。ここよりずっと広くてエサも自由に捕れるし、楽しい暮らしが始まるんだ」
バイソンが大きな鼻面をこすりつけてくる。
「遊びに行くよ、僕も」
こんもりと盛り上がった大きな背中を撫でていると、ダッジオ師が入ってきた。
「餌やりはすましといてくれたか」
「はい」
「獣舎におかしなところはなかったか。先日の『白い火柱の儀式』以来、どうも気にかかる。明らかにちがうところはないんだが、なんとなく、な」
「ちがうって?」
「あの日は『荒野』の連中が仕掛けてきただろう。マルリオス師が追い払っていたが、町のあちこちに爪痕を残してったらしいな。獣舎は古代魔法に近い力を残しているから何事もないとは考えにくい。詳しく調べたかったが、いろいろあったからな」
「すみません」
ダッジオ師が忙しかったのは、自分を助けてくれて師匠を解雇され、森に引っ越ししたりしていたからだろう。
「本当はもっとゆっくり調べた方がいいが、時間がない。ファードル師が早くここを明け渡せと言っとる」
「そんなに急がなくてもいいのに」
「言うな。向こうにも事情があるんだろう」
またここでもダッジオ師は我慢している。
師が我慢しているのに、自分が勝手な真似をするわけにはいかない。
獣舎のあちこちに、妙な力を感じるところはないか気をつけて探してみるが、よくわからない。
ダッジオ師を手伝って獣たちの檻を開け、出ておいでと話しかける。
外に出ようとすると、ちょうどファードル師がこちらに向かってくるところだった。
別の方向に向かう途中だろうと、軽く会釈して通り過ぎようとしたら、立ち止まった。
「まだ連れ出しておらなんだか。早くせよ。さもないと獣舎ごと燃やし尽くすことになるぞ」
「燃やすんですか? ここを?」
反抗するなとダッジオ師に言われていたが、ついむっとしてしまう。
「そうじゃ。ここには魔道具工房が建つ。獣の残った力を一掃せねばならんから、早くせよ。なんならわしが……」
「あんたは手出しするな!」
ぐい、とダッジオ師がラジュエルをかばうように一歩前に出た。
「ほう、まだここにおったのか。大人しく森へ隠れておればいいものを」
あざけるようなファードル師の言い方に、また怒りを我慢する。
「獣舎を処分するというから獣たちを連れに来たんだろうが。どうせお前らにゃ獣は扱えん」
「こんな訓練も中途半端な獣たちなぞガラクタと一緒じゃ。なんなら今すぐ森まで飛ばして見せようぞ」
「すでにこいつらは中途半端じゃない。それに、こういう古代の力が強いところには『荒野』が仕掛けてる可能性がある。下手すると獣舎どころか都ごと吹っ飛ぶかもしれんのだぞ。そんな危険もわからんで、よく総長が務まるもんだな」
「なんじゃと……!」
きらっとファードル師の目が光ったかと思うと、ダッジオ師の大きな身体が獣舎の壁までふっ飛ばされ、壁に背中が強くぶつかった。
「師匠!」
慌てて駆けよったラジュエルにファードル師が嫌な顔を向けた。
「もうすでにこの者は『学びの塔』の師匠ではない。掟を破りおった」
「掟?」
「『白い火柱の儀式』の最中にはなんびともそれを邪魔する魔法を使ってはならん。そのぐらいはわきまえておると思ったが」
ファードル師はぶつぶつ言うと獣舎の床に杖で何やら文様を書き始めた。
「止めろ!」
言ってダッジオ師はファードル師の杖をたたき落とした。
「だいたい、なんだ、あんたらは。儀式の最中に魔法を使ったのが悪いか。誰も何もしなければラジュエルは凍え死ぬか、塔からまっ逆さまに落ちて死んでた。それを助けて何が悪い!」
「それは何度も申したじゃろう。あの場所に椅子を出したのは誰じゃ。ラジュエルの身体が持ち上がるのは計算ずみじゃった。それが椅子ごと持ち上がってしまったがために質量の計算に狂いが生じ、重心がずれて軌道がそれてしまった。マルリオス師はお怒りじゃ。死罪に値してもおかしくないのに、仕事まで与えてもらっておいてこのざまか。身の程を知れ」
「うるせえ! この際だから言うが、あんたらにとっちゃ、ちょっとした計算違いだったかもしれないことで、こいつを失うところだったんだ。それが『学びの塔』のやり方か! マルリオス師は人でなしか!」
ぼん! と音がしてダッジオ師の周りの干し草が燃え上がる。
「師匠!」
とっさにラジュエルも水を出した。
しかし加減がわからず、火が消えたはいいが、獣舎全体がバケツの水をぶちまけたように水びたしになってしまった。
「小僧……」
頭から水をかぶったファードル師が、不気味なほどしずかに言った。
服従しろ、とダッジオ師に言われた。だがどうしても謝る気になれない。
そのとき。
急に、はっとした顔でダッジオ師が叫ぶ。
「獣を外に出せ。身を護れ!」
返事をする間もなかった。
獣たちはまだ全部、外に出し切っていなかった。
その獣たち全部を覆うように、とっさに魔法の膜を張る。
ドオオンと大きな爆発音がして、獣舎が燃え上がるのが同時だった。
包まれた膜ごと、ラジュエルと獣たちはもつれるように獣舎の外に転がり出る。
その勢いで獣舎からはかなり離れて、上半身を起こすと、獣舎全体が緑色の炎に包まれて燃え上がっているのが見えた。
「師匠!」
燃え上がる緑色の炎が、空に昇る竜の形になっていく。
大空に雲がどろどろと渦巻き、まだ朝だというのに真っ黒な雲がドームのように覆う。登り切った炎から緑色の竜が立ち上がって天に登り、口から緑の炎を街に向かって吹き付けた。
周りの人々から悲鳴が上がる。
街のあちらこちらから、その天変地異に呼応するように奇妙な生き物の形の炎が立ち上がって天に向かう。
ダッジオ師とファードル師はどこだ。
火の勢いが強くてとても近づけない。空と獣舎の方から熱い風が吹き付けてくる。
突然、ラッパのような音が街中に強く鳴り響いた。
―――――――――――――――――――
続きまで読んでいただきありがとうございます<m(__)m>
これからもよろしくお願いいたします(^^♪




