第十章 魔法騎士団 其の二
魔法騎士団に入団したからといって身体などにとくに変化はなかった。
けれど『学びの塔』に帰ると、どこから聞きつけてきたのかスティーノが、
「ま、魔法騎士団に入団を許されたんですってえ?」
と慌てた声で話しかけてきた。
「ああ、うん。今日の午前にマルリオス師に会って」
スティーノが大声だったので周りの学生がいっせいに集まってきた。
「すげえ、ラジュエル!」
「まだ一年目だろ? それなのに騎士団なんて前代未聞じゃないか?」
「さすがだな。いったいどうやってそんなすごい魔法使いになれたんだ?」
「いや、僕はべつにすごくないし」
わいわいと囲む学生の向こうにミリュウの顔がちらりと見えた。
目が合うと彼女はちょっと微笑んだが、すぐにどこかに行ってしまった。
ミリュウとこそ、話すべきだ。悪いけど、友達じゃなく。
そう思って友達は適当にあしらってミリュウを探したが、休憩時間が終わってしまい、薬学の講座に出席しているのをなんとかみつけて同じ講義室の後ろの方に座った。
「ミリュウ」
講義が終わるのを待ちわびて、ようやく話しかけようとしたがミリュウはすぐに行ってしまいそうになる。走って追いかけてやっと声をかけた。
「ああ。ラジュエル。おめでとう。騎士団に入団したんですってね」
「うん。でもどうして選ばれたのかわからなくて。僕なんかが」
ミリュウは戸惑ったようにすこし黙った。
「叔父も騎士団だったの。でも……」
「でも、何? 君の叔父さんはすごく優秀だったっていうからそりゃ騎士団でもおかしくないよね」
「こんなこと、せっかく栄誉を受けたあなたに言うことじゃないけど」
言いにくいことを言おうとしているようにミリュウがあたりを見回したので、
「聞きたいんだ。ちょっと出る?」
と散歩に誘った。
外は寒い。今は降っていないが空には雪雲が重くたれこめている。
「雪になりそうだね」
「寒いのは苦手だわ」
ぶるっとミリュウがすこし震えたので、自分のマントを脱いだ。
「これ使ったら」
「あなたは寒くないの?」
「僕は雪国出身だから平気だよ」
「ありがとう」
ふわりと肩にかけたマントに、ミリュウが丁寧に身を包むのを見てなんだかぽっと自分も温かくなった心地がした。
「魔法かな」
「何が?」
「君が温かいのを見て僕も温かくなった」
「そうね。こういうのがいい魔法だわ」
ミリュウが微笑む。またぽかぽかと温かくなる。まるで寄り添いあっているみたいな。
「叔父さんのこと、話してくれる?」
「ええ……。なんだか縁起が悪いみたいでごめんなさい。でも、気になるの。あなたがもし……」
「いいよ。話して。どうも僕はファードル師やマルリオス師に嫌われてると思うんだけど、それなのにいきなり騎士団ってなんか変な話だと思ってた」
「騎士団にはその中でも身分があるの。王家の家来にはよくあることだけど。騎士団長はマルリオス師が兼任している。その下に副団長が二人。ファードル師ともう一人、『学びの塔』にはいない王室づき魔法使いの、名前は忘れちゃったけど、身分の高い人。その下に近衛護衛団。あとは正規の騎士団員と補助要員ということになるの。魔法騎士団の正規団員は竜に乗れるのが大前提だから、あなたはたぶん正規団員じゃないんじゃないかと思う。それとも、もう竜に乗れるの?」
「いや、無理だよ」
「ううん、じゃあ、補助要員ってことになるわね。でもなんかひっかかるのよ」
「あまりに話が急だってことだよね」
「そう。騎士団に入団するってとても名誉なことだから、そのまえにいろいろ準備があるのが普通だわ。でもあなたの場合、マルリオス師に面会があってわりとすぐに叙任だったでしょ。もちろん、気に入られたから叙任されたんでしょうけど、なんだか扱いが、ね。あんまり正式じゃない気がするの」
「それだ。たぶん、僕も気になっていたこと」
「叔父の出世も早かったわ。でも、それは叔父を……ううん、うまく言えないけど、結局は貴族階級の出身じゃない騎士って、あんまり大切に扱われないみたいな、そんなこと言ってた気がする。ごめんなさい、とりとめもない話で。私、前に叔父に会ったときにはまだ子供で、大人の事情はよく理解できなかった。あとから父に聞いた話なのよ。騎士団は叔父を利用しただけだって」
「チェルザードが結局、『学びの塔』を去ったのは、その辺でなにか仲違いがあったのかな」
「……まあ、そういうことでしょうね。穏やかな話しあいなのか戦いのような決裂があったのかわからないけど。でも、今は『荒野』の魔法使いとしてここに攻撃をしかけてるってことは、円満な別れじゃなかったんじゃないかしら。私、あなたにはそんな目にあってほしくない。あなたはもっと……」
ぱっとミリュウは振りむいて立ち止まり、両手でラジュエルの手を握った。
視線がぴたりと合い、胸の鼓動が高鳴る。
そのままミリュウの言葉を待ったが、彼女はすぐに手を放して、
「……ごめんなさい。いいの。頑張って」
と言うと、きびすを返して走り去ってしまった。
もっと、なんだったんだろう。
何か悪いことをしただろうか。
もっと話したかった。すくなくとも、自分の方は。
次の『白い火柱の儀式』、一年で一番寒い時期に行われた儀式の日は雪だった。
故郷のノコイディ村ではもっと早い時期から雪が降りはじめるのだったが、都はだいぶ南にあるからか雪の日はすくない。
しかし、さすがに冬至をすぎた真冬のこの時期は都も寒い。
歩けないほどの大雪ではないが、塔のてっぺんも町の屋根屋根もうっすらと白い雪をまとい、空からはさらに雪片がしずかに降りそそいでくる。
こんな寒い日に、暖房も何もない地下に閉じ込められなくてよかった。
思いながら、トゥーリオ師に言われたとおり『学びの塔』へ向かう。
カディオルも同宿舎の友達も、儀式の日は宿舎に居残るよう言われているので、宿舎を出るのは一人だ。
雪のせいもあるだろうが、町を歩く人影もまばらである。
塔の中も学生がいないのでがらんとしている。
どうしたらいいのだろうと上を見上げていると、シャボン玉でトゥーリオ師が降りてきた。
「やあ、来たね。今日は君にも重要な仕事がある。高いところは大丈夫だったね?」
「はい。アンジェニカ師と竜に乗ったときは大丈夫でした」
「今日は飛ばないけど、ちょっと外に出ることになる」
シャボン玉が上からふわふわと降りてきて、先にトゥーリオ師が乗り、次のシャボン玉でついていくとどんどん上に登っていく。
最上階はファードル師の部屋しか行ったことがないが、同じ階の廊下にもう一つドアがあるのを初めて知った。
「ここから屋上に登る」
扉を開けると部屋は狭く、反対側の壁に上に向かう階段が見えている。
「今日は冷えるね。大丈夫? マントをもう一枚貸そうか」
「長く屋上にいないといけないんですか?」
そのときドアがガンガンと乱暴にノックされた。
「ラジュエル、もう来てるのか」
ダッジオ師が怒鳴るのが聞こえた。
「師匠!」
トゥーリオ師が答える前にいきなりドアが開く。
「ったくファードル師は何を考えてるんだ。こんな危険な役目、素人にできるわけなかろうが」
「ラジュエルにやらせてみよとおっしゃったのはマルリオス師だよ。それだけ見込まれてるってことだ」
「見込まれて? はあ? どうせ死んだら死んだで別にいいと思ってるんだろう」
「言葉が過ぎるよ、ダッジオ師。これ以上言わないほうがいい。反逆罪に問われかねない」
トゥーリオ師に言われてダッジオ師は口の中でぶつぶつまだ言っていたが、ラジュエルに向かって言った。
「おまえ一人じゃ無理だ。せめて俺が一緒に行く」
「まあ、つきそいはいてもいいと思う。それに関してまで指示を受けていないから」
「じゃあ、やっぱり一人で行かせるつもりだったのか」
ダッジオ師が怖い顔で睨むが、トゥーリオ師はただ肩をすくめただけで、じゃあこれ使って、と分厚い毛織りのマントを渡して退室していってしまった。
「師匠、ずいぶんお久しぶりじゃないですか。どうしてたんです」
「まあ、いろいろとな。それより騎士の叙任を受けたんだって?」
「ええ、まあ……。でもよくわからないんですよ。いきなり呼ばれて、準備も一日しかやってないし、なんの説明もないし。これって普通のことなんですか?」
「俺もよく知らん。が、チェルザードのときと似てる」
ダッジオ師は不機嫌な口調で言った。
「それ、ミリュウも言っていました」
「連中も懲りてないこった。人材を本気で育てたいなら、ちゃんと手をかけるべきだ。新人は何もわからないと思って」
「ちゃんと……」
たしかに手をかけられたような気はしない。もう少し詳しく聞きたかったが、すぐに
「行くぞ」
とダッジオ師が壁際の階段を登るのでついていく。
登り切ると、そこは屋上だった。
遠くから塔を見たとき、取り囲む壁の周りにぐるりと胸壁があったが、今二人はその胸壁に囲まれた平らな石畳に立っていた。
降り始めていた雪はまだしずかにつづいて、足下はうっすらと白くなっている。
「もうじき儀式が始まる。今日はマルリオス師が自分で執り行うってことだから、おそらくは『荒野』が力をつけてきてるってことなんだろう。おまえの期待されてる役目は『魔法返し』を防ぐことだ」
「どうやってですか?」
「『学びの塔』はな、基本的に塔自体が力を集めて集中させる働きがある。地下防御室に入ると、なんだか疲れる感じがするだろう。あれは地下から上へ力を吸い上げるからなんだ。上へ吸い上げた力を外へ放散して王城を含めた町全体を護るのが『白い火柱の儀式』だ」
「吸い上げる……。そうなのか。死ぬかと思いましたよ」
「死ぬかと……。おまえ、いつのまに古代魔法の力をつけてたんだ?」
「どういうことです?」
「『学びの塔』で身につけた魔力は純粋だから、吸い上げたとしても眠くなるぐらいで、儀式が終わればまた塔から戻ってくる。死ぬほど苦しんだってのは、それがここで教えてる正規魔力に合わないからだ。普通、地下で死ぬのは『荒野』の連中だ。だが、おまえはそうじゃないだろう」
「そうじゃないと思ってます」
ふうん、とダッジオ師は屋上の石畳の上に、魔法で小椅子ふたつとたき火をぱっと出現させた。
薪がきちんと組まれ、ほどよく火が上がっている。ふたつ出してくれたということは自分も座っていいのかと、ダッジオ師につづいて火を囲んで座る。
「こんな日に屋上で火を炊いたら危険じゃないですか?」
「ふん。どっちみち火事なんぞ比べものにならんほど危険な任務だ。それにこれは魔火じゃなく普通の火だ。たとえ燃え移ってもすぐ消せる」
曇り空がだんだんと暗くなり、夜が天空を染めてきている。
火で両手を温めながらダッジオ師は肩越しにちらりと黒い影になっている西の山並みを振り向く。
「来るぞ。魔物や『荒野』がわんさかやってくる。そんな日にこんな子供を屋上に出すなんぞ……」
急に、はっとしたようにダッジオ師は立ち上がった。
「そうか。そういうことか」
「なんですか」
「連中、おまえを『器』として使おうと思ってやがるんだな。だから急いで騎士団の位を。……なんて奴だ」
「『器』って?」
「『学びの塔』中から集めた力を放散する、ろうそくで言えば芯みたいな存在が必要なんだ。それが『器』だ。これにゃ騎士団の一員しかなれない。儀式を執り行うのは騎士団の資格を持つ魔法使いだけだからな。器が十分大きく、その中をうまく通らなければ集めた魔力が放散できない。重要な役目だ。しかし非常に危険でもある。それをおまえみたいな初心者が。どうもいい予感がしねえ。重要ならそれなりに力も経験もある魔法使いがやるべき仕事だ」
「で、僕は何をすれば」
「儀式が始まると力が下から集まってくる。抵抗しないで自分の中を素直に通してやるんだ。抵抗するとおまえに害が及ぶ。ただ通すことに集中するんだ。そういうことは誰も教えてくれなかったのか」
「ええ。やることがあると言われただけで」
「……ちっくしょう。俺も実はよく知らん。俺は騎士じゃないからな」
話す間に、ゆっくりと下から光が登ってきた。
儀式が始まったのだろう。
『白い火柱の儀式』は最初の日に一度宿舎から見ただけで、あとはいつも地下に閉じ込められていたのであまりよくわからない。
あの日は、塔全体がろうそくが燃え上がるように白く光っていたことを覚えている。
光の中にいると、まるで昼が戻ってきたように全体が明るくみえる。
ダッジオ師の言った力がどうのという感じはまだわからない。
しかし、次第になんだか下から身体が持ち上げられるような感じになってきた。
「うわ……」
「どうした」
立ち上がったラジュエルを見てダッジオ師が心配そうな声をあげた。
「浮かびそうっていうか……」
「浮いちゃだめだ。踏みとどまれ」
こんな感覚は初めてだ。押さえられるのを我慢するならなんとなくわかるが、下から上へ持ち上げられるのをどうやって踏みとどまるのかわからない。とりあえず両手で椅子につかまってなんとか座った姿勢を保とうとしてみる。
力はどんどん強くなり、周りは明るくなる。
「……ちくしょう」
ダッジオ師がまた悔しげな声をあげる。何が悔しいのかよくわからない。
そのとき、空からドロドロと雷がとどろくような低い音が響いてきた。
「雷?」
「魔物だろう」
見上げると夜の空に分厚く垂れ込めた黒い雲がぐるぐると渦を巻き、頭の真上に向かって吸い込まれていくように見える。
空の真上、渦巻く雲の中心には澄んだ濃紺の星空が見える。
急に思い出した。
故郷ではじめて魔法を見たときもこんな風だった。
あのときはまだ昼間だったが、進退窮まって祈りを捧げたとき、急に雲が渦巻くように引いて、西の空に光がぴかりと降っていったのだ。今にして思えばあれがアルダムド師だったのかもしれない。
どろどろと鳴り響く音は次第に近づきおおきくなり、見れば周囲の雲の中に何かの影が黒々と踊っている。ひとつ、ふたつ、次第に影の数は多くなり10を越えるようになってきた。
風のなかった空にビュウビュウと風が巻き起こる。西からとか東からとか決まった方向からではなく、嵐のときのようにあちらから吹いたかと思えばこんどは急に向きを変えこちらから吹き上げる。
身体は浮きたくてしょうがないように地を離れようとする。
しっかりつかまっているはずの椅子がカタカタと揺れ、椅子ごと飛んでいきそうになる。
「踏みとどまれ! 飛ばされたらおまえはまだ魔道具を使えんだろう。落ちたら死ぬぞ」
「はい……」
風に飛ばされるというより、椅子そのものが、竜が飛び立とうとしているときのように地を離れようとしているように思える。
ドオオンと轟音が鳴り渡る。
つづいて目のくらむ光に包まれた。
『喜びの門』をくぐったときの温かい祝福に満ちた光ではなく、攻撃的な強さのある鋭い光だった。
「うわっ!」
「ラジュエル!」
そのとき急に、つかまっている椅子ごと、『学びの塔』の上空、天空高くに急に投げ出された。
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