第十章 魔法騎士団 其の一
第10章 魔法騎士団
日常生活は防御服を着せられる前に戻っていったように見えた。
これまではほかの生徒が習った呪文や道具で実習するのを、ただ見ているだけだったのだが、自分でもやれるようになった。
「じゃあ、ラジュエル。前に出てこの机を浮かせてみて」
「はい」
言葉学で習った呪文を唱え、精神を集中する。
獣学では身体を使って鍛えられたが、世界に分散している力を一点に集めて狙ったところに作用させるコツは同じだ。
重い机が最初はカタカタと動き、さらに気合いをこめるとすうっと見事に浮かび上がった。
おおっと講義室に賛嘆の声が上がる。
「ラジュエル、すげえ」
「さすがヒグマも従える獣使いだな」
友人たちに褒めそやされるのは、嬉しいような照れくさいような不思議な気分だった。 だが、獣使いと言われるのはどこか心が痛む。
獣に接するたびにファードル師に叱られるし、事故が起きるたびに獣が一頭ずつ減っていっている。
そしてダッジオ師の姿を、ここしばらく見ないことも気にかかる。あの日マルリオス師の前に集まった師匠の中にもダッジオ師はいなかった。
獣舎に行くことは堅く禁じられたし、獣たちがどうなったいるかもわからない。
デュカスとヒグマについて言えば、森にいるのが感じられるので心配することはないと思うが、ほかのバイソンやイノシシはどうなっているのだろう。あの取り憑かれたヒョウは森へ連れて行かれたと聞いたが、その後どうしているのだろうか。
そう思うと褒められて浮かれている場合ではないと思う。
魔法を少々うまく使えるようになったからといってこれで安心という気はしない。
学べ、力の限り学べとダッジオ師に言われた。
苦手な勉強だったけれど、自由時間も使って一生懸命本を借りて読む。その日習った呪文を何度もぶつぶつと繰り返して覚える。
わからないところをミリュウやカディオルが助けてくれるのもありがたかった。
あと三日で『白い火柱の儀式』という日、またトゥーリオ師の部屋に呼ばれた。
行くと、部屋の衣装掛けに防御服とは別の豪奢な服がいくつかかけてある。
ラジュエルが入ると師は椅子からにこやかに立ち上がった。
「いいかい? 今度は特別だ。とても栄誉なことだよ。こんなことは『学びの塔』でも滅多にあることじゃない。ええと、君は正装になるような服は持っていなかったよね? 何か準備してあげないと」
「何のことですか? 正装って?」
「王城へ行くんだ」
自分のことのように誇らしげにトゥーリオ師は衣装を見ながら言う。
「もっとも国王陛下との面会じゃないけど。マルリオス師の執務室は王城にあるから、そこへ参内することになる。僕も一緒に行くから心配しないで」
「えええっ?」
マルリオス師には叱られたと思っていた。
一体何だろう。それとも王城でもっと怖ろしいことが待っているのだろうか。
「そんなに怖がらなくていい。正式な叙任はまだだけど、実は君を魔法騎士団の一員にという話になっている。内定だけで発表はまだだからあんまり人には言わないようにね。でもこれは本当に素晴らしいことだよ。『学びの塔』に来てまだ一年足らずの学生が魔法騎士に叙任されるなんてチェルザード以来のことだ」
「チェルザード?」
「……ああ。彼は優秀な学生だった。君とちがって……って言っちゃいけないけど、彼は最初から神学の素養があったからね。ミリュウの叔父上なんだろう? 神学の素養があると特に言葉学や形而上学に強い。その基礎の上に『学びの塔』で魔法学が加わり、しかも彼の場合は剣の腕も立ったから。まあ、いわばエリートというか誰が見ても出世コースに乗る人物だろうと思われていた。彼を失ったのは本当に惜しいよ。それはともかく僕が驚いてるのは、君は最初、失礼ながら魔法がなんたるかもわかっていなかった様子なのに、こんなに短期間で憑依魔法を打ち破るほどの力を身につけたことだよ」
「でも、僕は自分がそんな立派な魔法使いたちの中に入れるとはとても思えません」
はは、とトゥーリオ師は明るく笑い声を上げた。
「その人柄が君のいいところだと僕は思うな。実力があって謙虚な人物はなかなかいない。出世してもそのいいところを失わないでほしいよ」
「はあ」
「ちょっと急だけど、明日の午前に参内するよ。参内のマナーも覚えないと。カディオルのような生まれながらの貴族じゃないから付け焼き刃だけど、気にしないでいいよ。魔法使いはいろんな身分の人がなる。君みたいに庶民階級の出身者も少なくない。僕も父親は流浪の吟遊詩人だし」
「ああ、それで言葉が」
「うん。歌や伝承はたくさん覚えてたから。魔法を志すに当たって当然、言葉学だろうと思った。君が羊飼いだから獣学を選んだようにね」
その日の午後いっぱい使ってトゥーリオ師から、王城に入るときには帽子を取り手を浄めて、武器などを持っていないか検閲を受ける話などをされ、マルリオス師に会ったときに述べる口上、騎士の叙任を受けるときの姿勢まで特訓された。
「……だめです。とても覚えきれません」
「まあ、あんまり時間がないからね。僕がついてるから大丈夫。一番大切なことは、与えられる力をちゃんと受けとるということだ」
「力を受けとる?」
「そう。叙任式でマルリオス師から力を与えられる。騎士団のメンバーとして大切なのはそこだよ。抵抗しないようにしてればちゃんと受けとれる」
儀式張った礼儀作法は慣れなくて肩がこる。
その日はすぐにぐっすり眠り、気づくと朝だった。
昨日貸し出されたカディオルが着ていたような形式張った服を着る。カディオルのものほど豪華ではないが、気軽な学生の制服や動きやすい羊飼いの服とはまるでちがう。
『学びの塔』ではトゥーリオ師が待っていて、一緒に馬で町を通りぬける。
都では王城の居住区と『学びの塔』を中心とする魔法区が高い壁で仕切られている。壁にはいくつか門があり、それぞれに門番がいる。
門の前は何度か通ったことがあるが、たいていいつも門は開いている。
門をくぐるのははじめてだ。
王城居住区は豪奢な建物が並ぶ。ここに屋敷を持っているのは貴族や豪商ばかりだそうだ。城門より外には商人や職人もいて、さらに壕のそとには農民たちの家々がある。
『学びの塔』の魔法区は壕の中にあってそこだけ独立している不思議な作りの町だったのだ。
道行く人々が、魔法使い様がお通りだよ、とささやくのが聞こえる。この居住区では魔法使いは多くないのだろう。
王城に入るにはまた内壕があり、跳ね橋の両側に護衛の兵士が並ぶ。
トゥーリオ師は顔見知りらしく、軽く挨拶しただけで橋を渡っていくので、となりに並んで橋を渡る。
跳ね橋も通常は降りたままだそうだ。渡りきった広場の馬留に馬を預け、案内されるままに宮殿の広場に向かう。
王城というものをはじめて見た。
磨き上げた石造りの廊下、彫刻のある柱。広場の噴水の彫刻も美しく見事だ。
艶やかな服装の女性たちがちらちらと二人を見ながらゆきすぎていく。
見とれているとトゥーリオ師に引っ張られた。
「どう? 王家の女中たちは綺麗だろ?」
「あ、いえ……」
あの美しさで女中なのか、とどぎまぎしながらうつむいた。
「マルリオス師の執務室はこっちだよ。国王陛下にお会いするわけじゃないじゃないから、謁見の間には行かない」
先に立つトゥーリオ師について廊下を行くと、豪華なドアがあり、ノックするとあの澄んだ声で、
「入りなさい」
と言われた。
今日のマルリオス師は一段と美しい。
金のベルトに飾られた白い衣に長い金の髪が映える。
昨日教えられたとおりに丁寧な礼をした。
「ラジュエル、ここへ」
満足そうな笑みを浮かべてマルリオス師は部屋の中央に立つ。
向こう側の壁には魔法の紋章である聖なる星印と、『学びの塔』にも書かれている魔法憲章が装飾文字で記された豪華な壁掛けがかかっている。
左右には見知らぬ顔が並ぶが、きっと王城づきの魔法使いたちだろう。
訓練で教わったとおり、師の前に片膝をついて頭を下げた。
マルリオス師は右手でラジュエルの額のあたりに星印を描き、印を結んだ。両手の人差し指を立てて組んだ両手を開きながら、右手で左手の中からすうっと何かを引き出す動作をすると、その手にいつのまにか剣の柄が握られ、何もなかった左手の中から剣の形をした光の束がするすると出てきた。
抜ききった光の剣をマルリオス師はまっすぐにラジュエルに向かって突き出す。
話には聞いていたがやはり怖い。
こらえてじっと頭を下げたまま膝をついていると、師はその剣でラジュエルの左肩をぽんと軽く叩いた。
光だけかと思っていたが、本物の剣のようにずしりと重みがある。
騎士の叙任のとき剣を首の横に当てられるのは、絶対服従を意味すると聞く。
――本当にいいのか、マルリオス師に絶対服従して。
ふと心の声が聞こえたが、ここに連れてきてくれたトゥーリオ師も『学びの塔』の師匠であるダッジオ師もマルリオス師を上官として敬っているのだから間違いではないのだろうと気持ちを奮いたたす。
「汝、ラジュエル。聖なる魔法の力を受け、魔法騎士団の一員として、我ら騎士団の力となり民を護る盾となり敵を討つ剣となることを誓うか。誠実にして謙虚、礼儀を尽くし裏切ることなく、常に勇敢に戦うことを大いなる方の名において誓うか」
「誓います」
「力を受けよ」
マルリオス師は一度引いた光の剣を、今度はラジュエルの目の前に差しだした。
教えられたとおり剣に口づけをする。
光が――。
ぱあっとまぶしい光とともに何かの力が身体に流れ込んできた。
魔法騎士団の、魔力――。
しかし、思っていたのとはちがって、なんだか身体が重い。
あの防御服を着せられたときほどではないが、ずっしりと重い鎧をまとわされたような気がした。
こういうものなのだろうか?
騎士団の一員として迎えられるということは、国のため、王家のため、『学びの塔』の魔法使いたちのために戦う戦士となることだ。
そのための鎧のようなものかもしれない。重くても仕方のないことなのかもしれない。
「面を上げよ」
目を上げて立ち上がると、満足したようなマルリオス師の顔があった。
「おめでとう、ラジュエル」
トゥーリオ師が言うと周りからまばらな拍手が起こった。
「ありがとうございます」
丁寧にマルリオス師に頭を下げ、トゥーリオ師とともに退室した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今週も読んでいただきありがとうございます<m(__)m>
騎士団に迎え入れられたラジュエルを、次回、友達が囲みます。そしてミリュウの態度は?
これからのラジュエルも、よろしくお願いいたします(^^♪




