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谷間の風のはじまるところ  作者: 猫洞 文月
イラスト大全集
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第八章 侵入者 其の二

 師はほう、と声をあげ笑みを浮かべた。

「じゃあ、前回の講義で習った、手を触れないでものを動かす呪文、あれをやって……、ああ、だめだったな、ラジュエルは今は。また別の時に見せてもらおう。スティーノ。やって見せて」

 突然順番が回ってきて、あたふたとスティーノは教壇のとなりに進み、呪文を唱える。カタカタと教壇の上のペンが揺れて鳴るがまだ動かない。

「呪文の言葉は正しいよ。まだ力が分散されているね……」

 トゥーリオがスティーノの手を取ってここに力を入れてみるといいよと教えている。

 力の分散……。そういえばダッジオとの訓練の時にも感じた。周りの力が師の構えた腕に集中する瞬間がある。そうか、もしかしたら……。


 森での訓練は進んできていた。

 魔法攻撃がかなりの確率で、かわせるようになっている。

 だんだんと魔法の正体も見えるようになってきた。魔法の力というのは誰にでも、どこにでもあると言われていたがその意味がわかる。トゥーリオ師が力の集中と言っていた意味も。

 魔法使いは自分の力と周りにある力を集めて一点に凝集する。集めた力を思うとおりの方向へ思うとおりの形で作用させる。それがわかると対策もわかる。敵が集めて強くした力をまた分散させればよいのだ。

 攻撃の波動が襲ってきてからではなく、力を集めた瞬間に邪魔をすることもできるようになってきた。

「む。なにをする」

 最初にラジュエルが仕掛けたとき、獣使いは振り上げた腕を何者かに掴まれたような顔をした。

「こういうことじゃないんですか?」

「うーむ。確かにまちがいじゃないが、おまえのやり方は普通の魔法使いたちのやり方とはちがうぞ」

「僕がちゃんと学んでいないからでしょうか」

 ダッジオは振り上げた腕を降ろし、ぱっぱっと水を払うように払った。

「それもあるかもしれんが……こういう奴はめずらしい。デュカスに何か習ったか?」

「いいえ」

「頭のいい奴は、防御呪文やら使うんだ。自分の周りにだけ防御シールドをはる。シールドの届く範囲は護られるが、力そのものがなくなるわけじゃない。おまえのは俺の力の集中を邪魔した。そんなことは『学びの塔』では教えてないはずだ。古代の魔法に近いことだからな」

「そんな呪文があったんですか……師匠はないって言ってたのに」

「馬鹿もん、ないとは言ってないぞ。呪文にたよる前に自分の力を使えって言ったんだ。おまえの場合それはできた。だが……」

 ダッジオは近づいてきてラジュエルの頭をわっしと大きな手で掴むとゆさゆさ揺すぶった。

「うわうわうわああ」

「おまえって奴はなあ!」

 何を怒られているのかよくわからない。そもそも怒られたのだろうか。

 その日、ダッジオはそれ以上の訓練を中止して早めに都に帰った。


 ある日、いつものように『学びの塔』に行ってみると、常にない人だかりがしている。いつもだったらすでに生徒たちが塔に入る時間なのに、中に入らず遠巻きに見ている。

 スティーノを見つけたので、何が起きたのかと問うと、

「しっ! 悪い奴が捕まったみたいですよ。今、師匠たちが……」

 塔の中からギャアと引き裂かれるような悲鳴があがった。

 固唾を呑んで見守る群衆をかきわけて、スティーノとそっと前に出ると、ちらりとシャボン玉が見えた。

 いつものように丸くない。

 中に人がいる。しかしふわふわと包んでくれるはずのシャボン玉は今はぴっちりと中の誰かを包み込み閉じ込めているようにしぼんでいる。いや、むしろ締めつけているように見える。

 誰かを捕らえたままシャボン玉はふわふわと浮かび、上にではなくいつかラジュエルが獣使いとともに軟禁された地下の階段へと向かっていく。

 階段の入口でシャボン玉はぱちんと弾けた。

 またギャアアと悲鳴が上がる。地下の階段を転げ落ちたらしいその人物が、暴れているのかばたんばたんと物音がする。苦しげな悲鳴もとぎれとぎれ聞こえてくる。

 師匠たちの姿は見えないのに、その人物は自力で階段を上がることもできないでいるようだ。

――ここに入れられて無事でいるはずはない。

――のたうち回って苦しむ。

 地下防御室について、魔法防御の服について、ダッジオやトゥーリオが言っていたことが思い出されて、ぞっとした。

 自分には平気だった防御室が、悪い魔法使いにはあんなに怖ろしいものなのだ。

 塔の中からケーファ師が出てきて集まっている学生たちを見回すと、春の野原のような穏やかな声で告げた。

「諸君。心配せずともよい。だが、少々後始末に時間がかかる。講義は今日の午後からにするから、午前中は塔に近づかないように」

 追い立てられるようにして塔から離れ、カディオルも見つけて、今の出来事を話し合いたかったので宿舎の食堂に戻る。


「第三宿舎に入りこんでいたらしいですよ。ほら、あの子、ミリュウが泊まっているところです」

 スティーノは、朝から周りの人にいろいろ尋ね回ったらしく、知っているかぎりのことをしゃべりまくる。

「あそこは女子宿舎だろう」

「ええ。だから、あの悪者は女性ってことなんでしょうね。僕が聞いたところによると、ミリュウと同じ日に入ってきたそうなんです。彼女、疑われるかもしれませんね。あ、そういえば、その日ラジュエルも森から一人で帰ってきたんでしたっけ?」

「狼と一緒だよ。でも、『喜びの門』をくぐれたのはどうしてなんだろう。ああいう悪い魔法使いを排除するために門があるんじゃないの?」

「そこなんですよ。師匠たちも悩んでるみたいです。何か変な魔法が使われたんじゃないかって。たとえば禁止されている古代魔法みたいなものが」

「ミリュウが入ってきたのは、もう一月近く前だろ? その間に一度『白い火柱の儀式』もやっている。それなのに、どうして今まで悪者が排除されなかったんだろう」

 それにはスティーノも答えられない。カディオルもじっと考え込んだ。

 ラジュエル自身は『白い火柱の儀式』の間はまた地下防御室に軟禁されていた。軟禁といっても別になにも苦しいことはなく、石材を通してほんのり部屋は明るいし、拘束されるようなこともなかった。ただ、今回は獣使いとは別の部屋で、言葉を発することや歌うことは禁じられた。

 学生がわかるような情報は、スティーノが調べつくしていたので、あとは師匠の誰かが教えてくれるのを待つしかない。

 午後からはまた『学びの塔』も平常に戻り、いつものように講義があった。

 だが、あの悪い魔法使いがどうなったのかは師匠たちも何も言わない。あのまま地下に閉じ込められているかと思うとなんとなく気味が悪い。


 そのあともスティーノがいろいろ情報を集めたところによると、その女子学生はそれまでは何の異常もなかったのに、今日になって突然、悪い魔法を使おうとして『学びの塔』の中で捕らえられたという。

「別に特徴もない、普通の学生だったらしいですよ。出身はビルディラ州のカルモノン村。地方神官の娘さんだそうです。ミリュウと一緒ですね。同じ日に都に入ってますけど、ミリュウとはそれまで知り合いではなかったらしいですよ。今は同じ宿舎なので話したことはあると言ってました。神官の子女は『喜びの門』をくぐれるのが早いですね。やっぱり神学の素養があると強いんですかねえ」

「ビルディラ州ってラジュエルの来たところじゃないか?」

「うん。でも、僕は、これまでほとんど遠出したことはなかったんだ。領主様のいるブラナに行ったぐらいかな。羊の放牧はほとんど村とその周辺の山や丘ばっかりだし。ビルディラ州っていっても広いからね」

「それにしても、ある日突然ってのは怖いですねえ。本当にもともと何でもない人だったとしたら、僕らにだって無関係じゃないかもしれない。もっといろんな人に訊いてみようと思ってます。ラジュエルもあの獣使いに訊いてみたらどうですか?」

「教えてくれるんだろうか」


 結局、その後の顛末てんまつは誰も何も教えてくれず、皆、気にしながらもいつもの日常に戻っていった。

 だが、その日からダッジオの姿が見えない。もしかしてまたあの地下牢に軟禁されているのだろうか。

 心配する間もなくラジュエルもファードル師に呼ばれた。

「おまえはずっと防御服を着ていると聞いたが」

「はい。洗い替えを洗濯することはありますが、沐浴の時以外はずっと身につけています」

「森でもか?」

 問われて戸惑う。

 内緒ではないとダッジオは言っていた。

「いえ、森では脱いでいます」

「そうしていいと誰が言ったのかね」

 かっと顔が熱くなる。なぜか師の名前をあげたくなかった。

「……僕の一存でそうしています」

「嘘はつかなくてよろしい」

 ファードル師が咳払いすると、とつぜん目の前にトゥーリオ師が現れた。

「お呼びですか」

「防御魔法をもっと強化した方がいい。地下の防御室の魔法も見直さなければならん」

 トゥーリオ師が一礼すると、ファードル師は軽くうなずき、

「もう行ってよろしい」

言われたので、一礼し退室する。トゥーリオ師が声をかけた。

「ああ、4階の僕の部屋においで。縄ばしごをてすりに結んでおくから」


 トゥーリオの部屋には、またずらりと服が並んでいた。

「言っておくけどね」

 机に座ったトゥーリオは澄んだオレンジ色の飲み物を勧めながら、組んだ両手に顎を乗せてラジュエルにやさしい目を向けた。

「僕自身は君のことを疑ったりしてるわけじゃないよ。君のことはずっと見てきたけど、いい心根をしてると思う。ただ、すべての師がそうではない。いや、君自身が悪いというよりも、君の周りに付随するものたちがね」

 飲み物はすっと喉をとおり、身体が軽くなって元気が出る感じがする。

「狼とかですか?」

「それもあるけど、体質のようなものかな。魔物や獣と関わるたびに、君の中に古い魔法が呼びさまされている。これ以上その力が強くなれば、『学びの塔』の魔法使いたちにも君を護りきれなくなるかもしれない」

「古い魔法……」

思い当たるふしがないでもない。

 アルダムド師は、自分は古い魔法の担い手だと言っていた。

 ダッジオ師も先日、ラジュエルの使った防御を『古代の魔法に近い』と言っていた。

「僕はそんなつもりじゃありません」


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今週も読んでくださってありがとうございますm(_ _)m

これからもよろしくお願いします♪♪♪

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