第七章 狼と少女 其の五
「え、いや……」ちょっとどきりとする。当然、また会えるのだと思っていた。「君が『学びの塔』に来たら、僕もまだいると思うよ」
「でも……私は『喜びの門』を入れないかもしれないわ。難しいんでしょう? 魔法使いになる試験みたいなものだって聞いたわ」
「大丈夫だよ。僕だって入れたんだから。君は僕より頭が良さそうだし」
ううん、と控えめに微笑んでミリュウは首をふる。
「もし、もう会えないならお礼を言わないとと思って」
「お礼?」
わざと気づかないふりをした。
彼女は魔法特訓のことを、気づいたのだろうか。気づいていたとしても、彼女からトゥーリオ師にばれるとはあまり思えないが、今はまだ内緒にしておいてほしかった。
「助けてくれたでしょ? でも、よくわからないの。魔物に追われてたのに、気づいたらあなたが庇ってくれて。でも、それまでいたところとは全然別の所に突然、移動してたの。あなたの魔法なの?」
「魔物に?」
混乱して、一度考えた。あの時は魔物はいなかった。しかも別の場所からという。そういえば、狼が彼女を保護して連れてきたとダッジオが言っていた。
「よくわからないけど、それは僕じゃなくてきっと狼だ。狼が君を護ったんだよ。君はどこで狼に出会ったの?」
「出会ったのは村を出てすぐのところよ。泊まるところがなくて森の木のうろに泊まろうとしたら狼がやってきたの。最初、普通の狼だと思って、私、もう死ぬんだと思ったけど、よく見たら叔父の連れていたあの『力あるもの』だってわかったの。それから、狼が私と一緒に旅してくれて……。魔物に会ったのはイルジーノ峡谷に近いところだったわ。もうちょっとで魔物に食べられるって思ったら、あの森にいたの。都にはまだ遠いと思ってたのに、突然こんな所まで来ちゃうなんて。魔法ってほんとにすごいのね」
「たぶん、狼にも魔法が使えるんだ。それで君を危険な場所から移動させたんだと思う。僕が居合わせたのはたまたまだよ」
「そう」
女将はこちらをちらちら見ながら、魔法でホウキを器用に操りあっというまに宿の周りの掃除をすませると、なおも二人が気になる様子を見せながらもう一度中へ戻っていった。
ミリュウは口数が多くない。
「不思議なひとね」
唇にわずかな笑みをたたえてて見上げる表情にまたどきりとする。
「どうして?」
「魔法使いに見えない」
「僕はまだ魔法使いじゃないんだ」
「でも、修行中なんでしょ? きっと、いい魔法使いになるわ」
「……ありがとう」
「じゃあね」
「君も頑張って」
宿の中へ入ろうとする後ろ姿に声をかけると、ちょっと振り向いて、にこりと笑みを見せ、そのまま扉の中に消えていった。
いい魔法使いになる、不思議なひと。
何度も彼女の言葉を頭の中でくりかえす、表情のひとつひとつを思い浮かべる。
まずいことを言わなかっただろうか、彼女は僕のことをどう思っただろうか。
そんなことを考えながら、ぼうっと歩いているうちにいつのまにか『学びの塔』に着いていた。
いい魔法使いにならなければ、そしていつかきっと立派な魔法使いになって、今度こそ自分の力で何か役に立つことをしてあげるんだ。
持ち歩いている縄ばしごを、上から吊してもらう知り合いはいなかったが、思い切って知らない人に声をかけてみたら快く引き受けてくれた。
いい魔法使いにならなければ、と思うと今まで聞き流していた物理魔法や数学魔法のよくわからない講義も真剣に聴かなくてはと思う。防御服を着ているから魔法実習はできないが、他の人が教えてもらっているのを、今度森で練習するために覚えようと真剣に見つめる。
気合いが入りすぎて、その夜は早々に疲れてしまった。今日は獣使いの訓練がなくてよかった。
彼女はいつ『学びの塔』にやってくるだろう。きっと入れると思うが、もし入れなかったら、もう二度と会えないのだろうか。どこの村と言っていたか。ダッジオだったら覚えているだろうか。だが尋ねるのは気恥ずかしい気がする。あのとき、もっとちゃんと聞いておけばよかった。
狼は獣舎でエサをもらってきたらしく満足して足下にうずくまっている。
「ねえ、彼女とはどこで出会ったの? どうして君が連れてくることになったの?」
狼の毛を手でくしけずりながら、つい尋ねてしまう。狼はやさしげにぱたりと尻尾を振るが言葉としての返事は返ってこない。
もし彼女が『学びの塔』に入ることができなくて村へ帰ることになったら、狼はその村を教えてくれるのだろうか。
考えながら狼の毛皮に顔を埋めたりしているうちに眠くなった。
次の日はまた獣使いの訓練がある。
『喜びの門』の外、彼女の泊まっている宿の近くを通るとき、ついちらちらと姿を探してしまうのをダッジオに知られないように気をつけた。
相変わらず手加減なしの攻撃である。逃げてばかりではいけないと思うのだが、なかなか「守る」ことができない。
「やれやれ。かわいい子がいなきゃ力が出せないってなあ困ったもんだ。いつまでもデレデレしてんじゃねえぞ」
「デレデレしてません。もう一回お願いします」
「ほう、根性だけはついてきたな」
やる気になるのも、いい魔法使いになりたいからかもしれない。なったからといってもう一度会えるかどうかすらわからないのだが、もし会えたとき、もっと強い魔法使いになっていたいという気持ちはある。
しかし何度やっても同じだ。攻撃を受けても魔法で防ぐということができない。
ふと、森で獲物を捕らえて食事を終え、近くでのんびり寝そべっている狼が目にとまる。
「デュカスに協力してもらうってのはどうでしょう。思うんですけど、護るべき相手がいるときには本気が出せるような気がするんです。ただ、デュカスはちょっと強すぎるかもしれないけど……」
「そうだな。たしかに、デュカスだったら間違えて俺の攻撃をよけそこなっても被害は受けないだろう。あのかわいい子がいればできるのかもしれんが、素人に協力してもらうわけにもいかんからなあ」
「だから彼女は関係ありませんってば!」
獣使いはにやにやして、
「よし、ほんじゃあ」
魔法攻撃をぶつける直前の構えをした。狙いはデュカスである。
ぼん、と音がしてデュカスのすぐそばの草が黒焦げになる。
「ちゃんと防げ」
ぼん!
また今度は、後ろの樹木の樹皮が焦げる。
「ああ、ごめんなさい、大自然」
「あとで俺がまとめて謝っとく。それよりおまえだ」
いくらやられても、やはり護れない。
「甘えてるだろう。デュカスは俺の攻撃程度じゃやられないってな」
そうかもしれない。デュカスは強い。わかっている。もしかしたら本当に獣使いよりも強いのかもしれないと思っているから、本気で護ろうと心から思えないのかもしれない。
ふうとため息をつく。のんびり寝そべってあくびさえしているこの状態でも、デュカスは強い。
「護らなきゃいけない相手だと思わないといけないんだろうな」
独り言が聞こえたかのように、急にデュカスの様子が変わる。
巨大な身体がみるみる縮んで毛がふわふわになり、愛くるしい子犬のような姿になった。
次の瞬間、
「来る!」
獣使いの力が、彼の振り上げた片腕に集中した瞬間が、見えた。
どおおん、とすさまじい音と光が、子犬を庇ったラジュエルのすぐそばではじけ飛ぶ。
できたのだ。
くうん、と子犬ならぬ子狼が甘えた声を出す。
「大丈夫だった?」
思わず抱き上げようと子狼に近づいてみると、それはいつもの巨大な狼だった。
獣使いが近づいてきて、ぽんぽんとデュカスの背をたたく。
「いいデュカスだな。おまえが見たいものを見たい形で見せてくれた」
「はい」
かわいかったな、とすこし名残惜しい気持ちで狼を見上げた。
「ありがとう」
でも、自分がもし子供の姿になって護ってもらわなければならないと考えると、屈辱的な気もする。
――頑張るよ。もうそんなこと、してもらわなくてもいいように。
狼はまたあくびをして、仕事がすんだとでもいうように寝そべった。
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今回、文字数少ないので、次章の初めを一時間後にアップします。
よろしくお願いいたします。




