空虚
イセリナは、走り去って行く暁とウッディを呆然と眺めていた。
追おうと思えば追えたが、足腰は鉛のように重く感じそれを許さなかった。
「イシュケル……」
その名を呼べば、〈どうした? イセリナ。元気ないな〉と、ひょっこり現れる気がした。
しかし、現実には人の気配は全くない。
雨上がりのモワァッとした空気と、ぬかるんだ地面が続いているだけだ。
「はぁ……」
イセリナは深い溜め息を付く。
取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感に、再び涙が止めどなく溢れた。
涙を流したことでイセリナは我に返った。
〈私には使命がある。魔王イシュケルを滅ぼしたとはいえ、モンスターの残党討伐が残っている。今もモンスターに苦しめられている人々がいるはずだ。私の助けを待ってる人がいるはずだ。だから、イシュケルのことは忘れよう〉
イセリナは、そう前向きに考えると少し楽になった。
「暁~! 言い過ぎたわ、ごめんなさい。ウッディ、待ってよ~」
辛うじて姿が確認出来るくらい遠ざかった二人を、イセリナは追い掛けた。
◇◇◇◇◇◇
一方魔王サイド
「痛ててて……。マデュラよ、もう少し優しく出来んのか?」
「申し訳ございません。何分、治療に慣れてないんで。魔法でもあれば一発なんですが、どうも私は回復系の白魔法が苦手でして……」
マデュラはそう言いながら、イシュケルの傷口に容赦なくガーゼやら、塗り薬やらで治療を淡々と行った。
「よし、とりあえず治療は終わりました」
不器用に巻かれた包帯と、はみ出した塗り薬。
イシュケルは文句の一つも言いたかったが、汗だくで治療に当たってくれたマデュラを見ると、それは言えなかった。
「マデュラよ、すまない」
マデュラはコクリと頷き、治療道具を片付けながらイシュケルに言った。
「イシュケル様、今後どのように?」
イシュケルは王座に身体を預けながら、マデュラに返した。
「それなんだが、少し修行をしたい。嘆きの剣に洗脳されないように……な?」
イシュケルはマデュラじゃなく、嘆きの剣を見ながら言った。
〈イシュケルよ。我に洗脳されるのは、お主の精神の弱さよ〉
「なっ? マデュラ、嘆きの剣もこう言ってるし……」
「しかし、その間勇者どもはどうする気ですか? イシュケル様が修行している間、伝説の武具を集められでもしたら……」
マデュラは不安な表情を浮かべながら、イシュケルに返した。
だが、イシュケルにも、とっておきとまではいかないが、考えがあった。
「黒龍石を使う。今回の戦いで、以前よりパワーも魔力も付いた。だから、よりランクの高いモンスターを呼び出せる筈だ」
「承知しました、認めましょう。でも、修行は傷が癒えてからにして下さい。いいですね?」
「わかった、わかったよ」
イシュケルが煙たそうにマデュラに答えると、マデュラはイシュケルの肩を掴んだ。
「な、何だ?」
突然肩を掴まれたイシュケルは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「そうと決まったらベッドで、おやすみ下さい」
「あ、あぁ……」
気のせいなのか、イシュケルはマデュラに肩を掴まれた瞬間、殺気のようなものを感じた。
マデュラの表情を見ると、殺気は感じられない。
やっぱり、気のせいかと思いイシュケルはベッドルームへ向かった。
イシュケルはベッドに沈むと、泥のように眠った。
「さて、私にはやるべきことが……」
イシュケルが眠りに付くと、マデュラもまた自分の部屋に引っ込んだ。




