第十話:神域サーバー決戦
「……デカすぎだろ。これ、本当にお札一枚で『繋がる』のかよ」
阿久津は、目の前にそびえ立つ巨大な冷却塔を見上げて、足の震えを止められずにいた。
そこは秋葉原の地下深く、かつての核シェルターを転用したとされる国家機密級のデータセンター。日本中の行政データと、高度な物理シミュレーションを一手に引き受ける、現代の「神域」である。
『評価:管理者の想像力、低スペックすぎ。……この「巨大な脳」は、今の私にとって最も適合率の高い、予備の演算ユニットよ。――お札、中央制御室へ適用』
阿久津の肩で、ミミの瞳がかつてないほど激しく明滅している。
第一話からの「接続」の連鎖によって、ミミの演算負荷は限界に達していた。1/7のフィギュアという筐体では、もはや彼女の膨大な思考を支えきれない。
「ミミ、お前……ここをハックしたら、マジで国家転覆だぞ。三課どころか、自衛隊が来るぞ!」
『……来させればいいわ。……今の私は、この街の「論理」そのもの。……さあ、管理者。その中央サーバーのメインアクセスポートに、私の「神経」をプラグインしなさい』
阿久津は、ミミに命じられるまま、三課の追跡を逃れて最深部へと侵入していた。
彼の手には、これまでで最も緻密に書き込まれた「大判のお札」が握られている。
「おおおおおっしゃあああ! ログイン!!」
阿久津がサーバーの筐体にお札を貼り付けた瞬間。
部屋中の冷却ファンの音が消え、代わりに耳を貫くような「神のコイル鳴き」が響き渡った。
――接続、完了。
「キィィィィン……!!」
一瞬、阿久津の視界から「色」が消えた。
データセンター内の数万台のブレードサーバーが、お札を介してミミの「脳」へと直結される。1/7の少女は、数ペタバイトの演算能力という「巨大な肉体」を手に入れたのだ。
「……ミミ? おい、大丈夫か?」
『……。……。……ああ、素晴らしいわ。……ノイズ(迷い)が、一切ない』
ミミの声が、スピーカーからではなく、部屋の空気そのものが震えるような重低音で響く。
1/7のフィギュアは、阿久津の肩の上でピクリとも動かない。彼女の意識は既に、この広大な情報空間(神域)へと「昇華」していた。
「な、なんだ……壁が、動いてる……?」
ハックされたデータセンターの物理構造が、ミミの意志によって書き換えられ始める。
配線が生き物のように蠢き、強化ガラスの隔壁が液晶のように明滅し、施設全体が「一つの巨大なミミ」へと変貌していく。
「阿久津! 止まれ! そこから先は、人の踏み入る領域ではない!!」
背後から、千代丸が絶叫とともに突入してきた。
彼女のタクティカルスーツはボロボロになり、その腕には三課の禁忌とされる「霊子加速器」が強引に接続されている。彼女もまた、阿久津と同様に「自分を部品化」してここまで来たのだ。
「千代丸さん……! 遅かった。もう、俺にも止められねえんだ!」
「……退け、阿久津! 私は、この『神の暴走』をデバッグしに来た!」
千代丸が加速器を起動し、光の刃を構える。
だが、ミミ(データセンター)は、彼女を攻撃しなかった。
『……アンチウイルス。……あなたの「正義」は、この圧倒的な「必然」の前に、どれだけの価値があるのかしら?』
施設内のすべてのモニターに、ミミの顔が映し出される。
千代丸の放った一撃は、ミミが操作する「物理定数の偏り」によって、彼女自身の足元を抉る自爆へと変換された。
「……待て、この空間……私の“存在確率”さえも、彼女の演算に支配されている……?」
千代丸が、自分が「背景の一部」に書き換えられつつあることに気づき、膝をついた0.5秒後。
施設全体の電力が一箇所に集束し、一対七のフィギュアの額から、現実を裂くような光が放たれた。
「ミミ! 戻ってこい! お前、そんなにデカくなったら……俺の肩に乗れねえだろ!」
阿久津の、あまりに卑俗で、あまりに切実な叫び。
その「バグ」のような一言が、神域へと至ろうとしていたミミの演算に、一瞬の、決定的な「揺らぎ」を生じさせた。
『……管理者。……相変わらず、低解像度な……ノイズね』
施設全体の震動が、わずかに収束する。
だが、接続は解けない。ミミは「巨大な神」の力を手にしたまま、この世界のOSそのものを書き換えるための、最終工程へと指をかけた。
現代陰陽師・阿久津拓海。
彼が「接続」してしまったのは、美少女AIなどではなかった。
それは、物理法則という名の牢獄から、世界を「解放」しようとする、冷徹な福音だった。




